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自分のペースを取り戻すということ

 ふと思い立ってラジオを聴きながら文章を書いてみようと、ラジオのスイッチを入れた。途端に賑やかな音楽とラジオDJの声が部屋を満たして、静かだった部屋に楽しいお客さんが来てくれた雰囲気になる。いつもより賑やかな部屋で本を読んだ。

 そろそろ文章を書こうと、文字を打っていくが何故かうまく進まない。ご飯を食べないと頭が働かないからかな、そう思ってキッチンで準備をし始めて気がついた。そうだ、何かしながら別のことするの得意じゃなかった。

 ずいぶん前に友人とご飯を食べに行った時の話。目の前にご飯が運ばれてきても、深刻な顔で話を続ける友人から目を逸らせず相槌を打ちながら、どのタイミングで食べたら「こいつ、話聞いてないな」と思われないかと瞬間瞬間を見極めようとするような、まるで戦いのような食事を思い出した。もうその時点でちゃんと聞けてはいない。「あ、食べてね」と話の途中で何度か言ってくれるけれど、どうしても味に集中できない。友人は話を続けつつ、注文したご飯をゆっくりと平らげた。

 20代の頃はこういうことはなかったように思う。むしろ友人との食事は会話の味付けのようなものだったし、味がしてもしなくても変わらず楽しかった。今は食事は食事でちゃんと楽しめる人とのご飯じゃないと楽しめない。何でかはわからないんだけど。

 つけたラジオは何時間も経っていて、クリアに聴こえていた音も電波がずれたのか今は雑音が混じっている。スイッチを消すと、さっきまで隠れていたのかと思うほど蝉の声がして窓の外から見える緑も鮮やかになる。きっと時を経て、自分の中の感覚が変わったのだ。そう思ったら妙にスッとした心地がした。


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