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「山月記」のファンは、読まない方が良いかも~『虎と月』(柳広司)~

*この記事は、2020年5月のブログの記事を再構成したものです。


少し前、たまたま違う本を探していた時に、「山月記」にヒントを得た作品があることを知り、読んでみました。それがこの『虎と月』です。


「山月記」で虎になった李徴の息子が、父がなぜ虎になったかを探るため、旅に出る話なのですが、うーん、「山月記」のファンは、もしかしたら読まない方が良いかもしれません(^-^;


作者の柳広司自身が、本当に「山月記」が好きで書いたのであろうことは、よく伝わります。でも、いろいろひっかかるのですよ。

まず文体が、好きになれない。作者が違うのに、なぜか『医学のたまご』と似た文体です。どちらも中学生くらいの年頃の一人称で書かれ、読者として中高生を想定しているのですが、分かりやすく親しみやすい文体を意識しているところが何か鼻につくと言いますか……。逆に中高生を馬鹿にしているようにも思えてしまいます。変な風にひらがなが多いし。



そして李徴の妻、つまり『虎と月』の主人公のお母さんが、ひどすぎる……。これだと芸術に対する妻の無理解への絶望が、李徴が虎になった一因であると言っているように読めてしまいます。妻は幼子も育てなければいけないのだから、夫が詩ばかり作って働かなかったら、そりゃ苛立つでしょうとも。


あと、「山月記」の記述と一致しない点があるんですよね。袁傪は嶺南に向かう途中に虎になった李徴と遭遇したはずなのに、『虎と月』では帰り道に遭遇したことになっています。そしてそもそも袁傪は李徴が虎になったことを李徴の家族には言わないと約束したはずなのに、ばっちり言っているし……。


でも「山月記」自体や、「名人伝」や「文字禍」へのオマージュがさりげなく盛り込まれている点は、なかなか良いです。私が知らないだけで、他の中島作品へのオマージュも隠れているのかも。そういう意味では、中島ファンの心をくすぐると思います。



あと、以下の記述は心に残りました。

誰だってまちがうことはある。お上だって、例外じゃない。
だから、まちがったことばには、はっきりまちがっていると言い返すことが必要なんじゃ。
ところが、この国のお役人たちはたいてい、お上のまちがったことばをまちがったまま実行しようとする。すると当然、そこにはさまざまな問題が起きる。問題が起きると、お役人たちはお上の言葉がまちがっていたのではなく、まちがったことばにしたがわなかった者が悪いといい、さらには、ことばにしたがわない者たちに、”匪賊”という札を張りつけるんじゃ。


ここでの「この国」とは唐王朝のことですが、日本をはじめ世界の国々がそのような国になる道を歩まないよう、切に祈ります。



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