横浜の震災遺構巡り①(開通合名会社の煉瓦遺構ほか)
「特別展 足柄の仏像」を観た後は、友人の発案で横浜の震災遺構巡りをしました。
横浜の震災遺構については、例えば以下のサイトにまとめられています。
↑これを見て気付きましたが、私たちは「山下居留地遺跡」は見ていません。「旧横浜居留地48番館」には行ったのですから、すぐそばだったんですけど。
・開通合名会社の煉瓦遺構
この遺構は、どう撮って良いか非常に難しかったです。街中に、唐突にレンガの建物の一部が残っている感じなので。震災後の復興建築の中に残っていて、解体時に発見されたそうです。
裏側はこんな感じです。
・横浜市開港記念会館
いわゆる「ジャックの塔」です。
2024年3月まで休館なので入れませんでしたが、これも関東大震災で被害を受けた建物です。詳しくは、以下のサイトをどうぞ。
・旧横浜居留地48番館
これは一見、言われないと(言われても)震災遺構だとは分かりません。遺構そのものは、この建物の中に保護されているので。
写真を見て、気づきました。創建時のキーストーン、見落としました。恐らくガラス越しに、内側から見る感じだったのでしょう。
<追記>
気になったので、後日改めて見にいきましたが、建物の周囲を不審者のように3周くらい回ったものの、どれを指しているのか分かりませんでした。もしかしたら、下の写真のアーチの一番高い位置にある石のことかなと思いましたが、違うかもしれません。そもそもガラス越しなので、うまく写らないし。
当時の敷石と思われます。
内部の小屋組トラスです。
これまた後から気付きました。この案内板の台座が、「この建物で使用されていた煉瓦によるフランス積み」だったそうです。うーん、台座をもっとしっかり撮れば良かった。
<追記>
これはばっちり撮影しました。
・インド水塔
これは正確には震災「遺構」ではなく、震災後に建てられたものですが、震災関連なので。なお、この水塔がある山下公園自体が、震災のガレキを埋め立てて造られました。
これ、以前は水が出ていたような? 勘違い?
外観がイスラム風かは今ひとつ納得がいきませんが、天井のモザイク装飾はアラベスクで、見事です。
英語での説明もあります。
・旧横浜税関事務所
背後に写っている赤レンガ倉庫も、震災遺構と言えます。1号館は地震で半壊し、現在のサイズに縮小されたそうなので。
ちなみに、この遺構もどう撮って良いか分からず、何枚も写真を撮ってしまいました。なぜなら花壇として使われているので、撮り方によっては以下のように植物だらけになるのです。
ランドマークタワーをはじめ、みなとみらいの建物群と共に。
「硝子張天井」のホールって、すごいですね。
ちなみに震災後に建てられた、横浜税関現本関庁舎が、いわゆるクイーンの塔です。
なお、横浜市開港記念会館がジャック、横浜税関現本関庁舎がクイーンで、キングはとお思いかもしれませんが、神奈川県庁がキングの塔です。
歩き疲れ、赤レンガ倉庫2号館の中のGRANNY SMITHでお茶にしました。
店舗限定というキャッチフレーズに負けました。定価は870円ですが、アイスクリーム抜きにすると、60円引きなのです。ちょっとカロリー過多かと思っていたので、気づいてくれた友人に感謝!
https://grannysmith-pie.com/index.php
いわゆるアップルパイのイメージとは違う、柔らかめのケーキですが、一緒に頼んだブレンドコーヒーとよく合いました。
・おまけ
震災遺構とは関係ありませんが、歩いている途中で見つけたものを、おまけでご紹介します。
懐かしの、たねまるです。明らかに「碑」が後から焦って彫ったような感じなのですが、何があったんでしょう。別に「横浜開港150周年記念」で止めてもいいのにね。
上の「横浜開港150周年記念碑」の隣にあったのですが、なぜ伊勢山さんから結構離れたここに、記念植樹が? 150つながりでしょうか。ちなみに横浜開港は1859年、伊勢山さんの創建は1870年です。
ついでに言うと、先ほど名前を挙げた神奈川県庁(キングの塔)の最上階は修養塔となり、そこの皇大神宮の月次祭には伊勢山皇大神宮の神職が奉仕していたそうです。
赤レンガ倉庫では、創建当時に使われていた、後の八幡製鉄所製の国産鋼材を見ることが出来ました。
模様入りの強化ガラス越しにしか撮れないので、非常に分かりにくいですが。詳しくは、以下のサイトをどうぞ。
赤レンガ倉庫の近くでは、ポケふたの写真も撮ることができました。
この日の総歩数は、11,591歩でした。
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