見出し画像

明治という時代~『御坊日々』(畠中恵)~

毎度おなじみ畠中恵の時代ミステリーです。主人公のもとに厄介ごとが持ち込まれ、それを解決するというスタイルもお馴染みですし、連作短編が本全体で1つのお話を形成するというのも、いつものパターン。

↑kindle版


ただし今回は、主人公がお坊さんというのが初めてのパターンですね(相場師でもありますが)。周囲の大勢の人間に助けられるのはお馴染みですが、ワトソン的な弟子が付いているというのも、珍しいかも。


割とするする読める作品ですが、ちょっと嫌になったのは、厄介ごとを持ち込む人や、厄介ごとの原因になった人たちの身勝手さ。もちろん、良い人ばかりが出てくるのでは小説になりませんが、あまりに身勝手な登場人物が多く、ちょっとストレスでした。


あと、徳川の埋蔵金の話がからむのですが、埋蔵金にも3種類あるという設定がややこしかったです。ちょっと最後まで、よく分からなかった部分もありました。


心に残った部分。

(江戸の頃は)若い年代は、新しきことをすんなり覚える力と、腕っ節で、暮らしていけた。歳を経れば、溜め込んだ経験と分別で、危機を回避し、より良きものを選び取れるようになった。どの歳の者にも、ちゃんと役目があり、皆、納得して生きていたのだ。

なのに明治の世になり、どんどん新しいものが登場したことで、「歳を重ねて、当然得る筈であった、経験豊かな者という立場が吹っ飛」び、「年配者への褒め言葉も尊敬も、明治の世が、減らしてしまった」と。

令和の世では、その傾向はますます加速していますね。私は主人公冬伯とそう年は変わりませんが、彼の言いたいことはよく分かります。別に古いものに固執する気はありませんが、新しいものはすべて正しく、取り入れなければいけないのか、と暴れたくなることもあります。

それでも可能な限り、「新たなことを楽しむ若さを、保ちたい」ものです。


「今は亡き我が師など、私よりずっと優しいお方だった。足りないところを叱るより、良いところを見つけて、褒めて下さった」

教員として、かくありたいです。


「不思議です。別のものになった途端、毎日見ていた場所でも、昔何があったか、直ぐに思い浮かばないんですから」

これ、本当にそうですよね。


薬とて、明治の今は、おいそれと人に譲ったり、売ったりすることは出来ない。江戸が消えて程ない頃の明治三年、薬に関する法律が出来、禁止事項が増えたからだ。
(中略)
「そりゃ、西洋医学は進んでいるんだろうけど。日の本の薬にだって、良く効くものもあるのに。おまけに西洋から来た薬より、ずっと安く作れるぞ」
 すると万事そつなく、真っ当な弟子は、この時もきちんと返事をしてきた。
「師僧、その安いってところが、駄目なんじゃないですか? 西洋の薬は、会社を名乗っている新しき店の稼ぎ頭です。古い漢方薬のせいで売れなくなったら、大事ですから」

うーん、安く作れる既存薬が排除されるというのは、現在のイベルメクチンの問題につながりますね。


廃仏毀釈が、東より西で盛んに行われたというのは、知りませんでした。

「討幕運動が盛んだった地域では、何と、町や村から、寺が無くなった所も多かった」そうです。何かを排除する動きになると、極端になるというのは、昔も今も変わりませんね。


「明治になって、政府が立場を変え、神社と一緒にあった神宮寺が、無くなることになった。神社にて仏事を行っていた社僧は還俗し、神職となるよう決められた。従わなければ本当に、廃職となり追放されるのだ」
 社僧は妻帯が許されており、敦久にも妻子がいたから、社僧とは違う僧にはなれない。

これも、初めて知りました。


今が気に入らないなら、政治を自分でやれと、亡き師僧の敵が言ってくる。考えが違うと言い、責め、しかし責任は取らず、金も出さないというのは、不可なのだそうだ。

痛いところをついてくる一節です。だからといって政治をやる気はありませんが、せめて選挙では投票権を放棄せず、払うべき税金を払った上で、政治に文句を言いたいです。


「総理大臣は、月俸八百円。年俸は九千六百円です」
 教員の年俸の百年分を、明治の世、総理大臣は一年でもらう。
「ならば百年分の働きを、して頂かねば困ります。大臣、俸給は、国中から集めた税から、出ているのでしょうから」

これ、総理大臣だけではなく、議員の皆さん、公務員の皆さんに言いたいです。もちろん圧倒的多数の議員さん、公務員の方々は俸給分の働きをなさっているでしょうけど、明らかに俸給泥棒的な方々のことも耳に入るので。


もちろん畠山さん流の解釈ではありますが、明治という時代についての認識を新たに出来た1冊です。


見出し画像は、奈良の元興寺のお庭です。


↑単行本



この記事が参加している募集

推薦図書

読書感想文

記事の内容が、お役に立てれば幸いです。頂いたサポートは、記事を書くための書籍の購入代や映画のチケット代などの軍資金として、ありがたく使わせていただきます。