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プリニウスの遺言~『プリニウス 12巻』(ヤマザキマリ、とり・みき)~

『プリニウス』の12巻、ついに完結です。


発売前から知っていたのに、ちょっと忙しかったり、先に読まねばならない本があったりで、結局発売から読むまで、1ヶ月経ってしまいました。でも忙しさとかは言い訳で、読んでしまったら、もう新刊は読めないので、ある意味読みたくなかったというのが大きいです。プリニウスの死という結末は、分かっているわけですし。


でもいつかは読まねばならない、というか、基本的にはもちろん読みたいわけですから、ふと思い立って今日、読んだわけです。


読んでどうかというと、「あぁ、終わってしまったな」というのが一番です。前の11巻がプリニウスの少年期・青年期だったからこそ、今巻のプリニウスの言動が際立つ一方で、前巻がもう手の届かない輝きのようにも思えます。


とはいえ読み始めは、戸惑いました。10巻の終わりとも、11巻の終わりとも繋がらないので。要するに、ネロの死からウェスウィウス山の噴火までの11年間が飛んでいるんですね。語られない年月の間のエピソードが、ちょっともったいない気がしますが、必要ないと判断したのでしょう。


以下、心に残ったところを引用しつつ、振り返ります。


金ってのは貯めておくとロクな事がないものなのだよ…
金が動くことで人々は自ずと怠惰ではなくなる
逆に金がある事に安心すれば人は怠け者になる

p.9

皇帝となったウェスパシアヌスの言葉です。


人間が乱暴な力でこうまで自然の姿を変えていいものか…
いずれ自然から手痛いしっぺ返しをくらうのではないか

p.20

プリニウスのセリフですが、マリさんたちの現代文明批判でもあるのかな。


人間は腹を膨らませるだけでは不完全な生物だ
教養という栄養の吸収を怠ってはならんぞ

p.52

今巻はプリニウスの遺言的なセリフが多いです。


あと今巻は、ウェスパシアヌスが『博物誌』を読む(正確には聞く)62ページ・63ページと、プリニウスの最期の178ページ・179ページという、『プリニウス』全体を振り返るような見開きページの力が際立ちます。


また、今巻はドラマの最終回のように、これまでに出てきたキャラクターが次々に出てきます。エウクレス、プラウティナ、描かれなかった11年の間くすぶっていたフェリクス、それぞれがプリニウスの下で幸せを見つけられたようで、良かったです。他にも懐かしい顔ぶれが、次々に出てきます。


興味があり知りたいと思う事物があれば、時に人は危険を冒してまでも、そこへ行って自分の眼で見たくなるものだ
そしてそうやって知識と経験が増えれば、今度は危機を回避できる能力も高くなる

p.91

これもプリニウスのセリフです。一見、そう言いつつあなた、最後は危機を回避できなかったでしょうが、と突っ込みたくなるセリフですが、この『プリニウス』では、プリニウスの死はどっちにしろ遠くなかったようにもとれるんですよね。まぁもっと早く逃げていれば、もう少しは長生きできたでしょうけど。


お前にはこれまで通り、わしの直属護衛士をやってもらう

p.92

最終巻にして、フェリクスの仕事に「直属護衛士」という名があったことを知りました。この名称、今までに出てこなかったような……。


我々人間は地球によって生かされているに過ぎない
にもかかわらず我々人間は、自分達がいかなる生物とも異なり特別だと信じ込んでおる
どんな生物よりも生き長らえると信じ、どんな生物よりも優秀だと思い込んでおる
何と愚かな事か…
天災も病も我々の無力さを知らしめるために発生する
そもそも死にも生にも特別などというものはない…

p.144

人間がどれだけ知識と知性を駆使したとしても、自然による審判にあらがう事はかなわない

p.146

これまたプリニウスの遺言であり、マリさんたちのメッセージなのでしょう。


作中で、実際にプリニウスの遺言となったセリフは、あえて引用を避けますが、胸にしみました。とり・みきさんは別のセリフを考えていたことが、巻末の対談で明かされます。マリさんは「ベタな演出」、「予定調和すぎる」と言いますが、個人的には、とりさんバージョンのプリニウスの最期も見たかった気も。まぁもちろん、両方載せるわけにもいきませんが。


プリニウスの旅立ちを、「彼ら」が見送りにやってきたシーンには、涙が出そうでした。良い旅立ちです。


ちなみにプリニウスの死の数時間前(?)の話は、第1巻第1話ですでに描かれているわけですが、それが今巻でのプリニウスと、完全につながっていると言い切れないところが面白いです。かといって、もちろん全くつながっていないわけではないのですが。ちょっとパラレルワールド的というか。


なお物語全体の最後は、個人的には「今、帰っただよ。」というサムのセリフで終わるトールキンの『指輪物語』が重なりました。


実は、作中でネロが死んだとき、気が楽になったんです。ずっとネロに「頼むから俺につきまとう”悪徳皇帝”というイメージを正してくれないか」と懇願されている気がして。プリニウスよりもネロが私に降臨していた時間の方が長かったかもしれない。

とりマリ対談(14)よりヤマザキマリの発言

『プリニウス』のネロは、もちろん本人にもダメな点は山ほどあったけど、周りの人のせいで、余計にまずいことをやってしまうよう追い込まれた、という感じでした。ネロのパートは、読んでいて辛いので、ここまでネロについて描かなくてもと、正直思わなくもなかったのですが、ネロはもう一人の主人公だったわけですね。


ともあれ合作は、並大抵の苦労ではなかったことが、対談で明かされます。

お互いの寛容度を鍛えに鍛え上げた十年間という事じゃないですか。その意味では、まさに「クレメンティア」。つまりセネカが説き、古代ローマがもっとも重視した「寛容の精神」が合作にとっては大事ということ。

とりマリ対談(14)よりヤマザキマリの発言

とりさんも、「途中で喧嘩別れをせずに、最後まで描き上げられたことが嬉しい」と言っています。


結末を知った上で、改めて全巻読み直してみたいです。

<追記>
再読を開始しました。


見出し画像は、約四半世紀前に行ったポンペイの写真です。背後にうっすらと写っているのが、恐らくウェスウィウス山です。


↑コミック(紙)版



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