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遠くない将来の日本の姿か?~『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(ブレイディみかこ)~

この本は一昨年(2019年)発売されて話題になった時から、読みたいなーと思っていたのですが、ようやく読むことができました。


↑kindle版


読んでしみじみ痛感させられたのは、英国における圧倒的な格差の存在です。

まずは多様性の格差。ミドルクラスが通う学校には人種の多様性があるのに対し、白人労働者階級の子どもが通う地域の学校は、レイシズムがひどいらしい。イメージとしては、逆なのにね。

かつレイシズムにすらレイヤーがあり、やや裕福な移民の子が貧しい白人の子や別の移民の子を見下したりもします。ただしその後、差別発言連発のその裕福な移民の子は、いじめの対象になってしまうのですが。


唖然としたのは、市主催の中学校対抗水泳競技会のエピソード。プールを挟んであちら側に私立校、こちら側に公立校と、場所を分けているのです。あちら側はスペースに余裕があり、こちら側はぎゅうぎゅうなんて、ソーシャル・アパルトヘイトもいいところ。

そしてレース自体、私立校と公立校で分かれているのですが、それは差別ではなく、実力に圧倒的な差があり、勝負にならないから。つまり、「親の所得格差が、そのまま子どものスポーツ格差になってしまっている」のです。


何より愕然としたのは、レベルの高くない学校の生徒は、環境問題への対策を訴える学生デモに参加することすらできないということ。レベルの高い学校は、生徒がデモに参加できるよう、授業を打ち切りにし、下手したら教員が引率してデモに連れていく勢いです。対してレベルの高くない学校は、生徒のデモへの参加を禁じているのです。なぜなら生徒がデモに参加せず、町に遊びにいって問題を起こしかねないから。

もちろん、生徒が授業をサボってデモに行くことも可能ですが、その場合、ずる休みとみなされ、イギリスの規定では両親が罰金を払わねばなないそうです。その罰金を払う金銭的余裕が親にないので、生徒がデモへの参加を我慢した、という記述には暗澹たる気持ちになりました。


だからこそ、みかこさんは指摘します。

それ(格差)が拡大するままに放置されている場所にはなんというかこう、勢いがない。陰気に硬直して、新しいものや楽しいことが生まれそうな感じがしない。それはすでに衰退がはじまっているということなんだと思う。

これ、遠くない将来の日本の姿に思えて怖いです。いや、すでに現実なのかもしれない。


シンパシーとエンパシーの違いについての指摘も、興味深かったです。シンパシーは「誰かをかわいそうだと思う感情」など、エンパシーは「他人の感情や経験などを理解する能力」だそうです。日本人はシンパシーには満ちあふれているけど、福島の問題に見られるとおり、エンパシーには欠けているかもしれないと思ってしまいました。大事なのは、以下の言葉。

「決めつけないでいろんな考え方をしてみることが大事なんだって。(中略)それがエンパシーへの第一歩だって」


あと、市民的ナショナリズムという概念も、初めて知りました。民族的ナショナリズムと対抗する概念で、出身地も肌の色も宗教も超えた、在住地による新たなナショナリズムのことだそうです。


その他心に残った言葉を、備忘録的に書いておきます。

「頭が悪いってことと無知ってことは違うから。知らないことは、知るときが来れば、その人は無知ではなくなる」


「自分たちが正しいと集団で思い込むと、人間はクレイジーになる」
「人間は人をいじめるのが好きなんじゃないと思う。……罰するのが好きなんだ」

あとの2つの言葉は自粛警察とかが問題になる昨今、肝に銘じなければいけない真理ですね。


分断とは、そのどれか一つを他者の身にまとわせ、自分のほうが上にいるのだと思えるアイデンティティを選んで身にまとうときに起こるものなのかもしれない


It takes a village. (中略)「子育てには一つの村が必要=子どもは村全体で育てるものだ」


いろいろ考えさせられ、一読に値しますが、みかこさんが配偶者の方の言葉を「いかにも労働者階級」の日本語に訳しているのは、ちょっとどうかなと思いました。「労働者階級の英語」を話されているのかもしれませんが、ちょっと粗野な感じの日本語に訳すのもまた、一種のステレオタイプな気もします。


いきなり買うのはどうだろう、という方には、無料お試し版があります。


「はじめに」と「第1章」、「第5章」、「第6章」が読めるそうです。


なお見出し画像は、スロヴェニアで撮影したもので、多分「通学路につき注意」的な標識だと思います。


↑文庫版



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