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【カラオケで出会う#2】ヨルシカ:ただ君に晴れ

夜に浮かんでいた
海月のような月が爆ぜた
バス停の背を覗けば
あの夏の君が頭にいる
だけ

「ただ君に晴れ」作詞・作曲:n-buna

歌太郎はカラオケ大好きの大学生。
気がつくと、彼はカラオケで歌うことに飽き足らず、カラオケでのバイトをするようになった。彼は歌を歌うという行為というよりも、カラオケという空間に属することを好んでいるようであった。

パチパチパチ

歌太郎がトイレ掃除をしていると、電球が消えゆく魂のように点滅した。どうやら、電球の寿命が来たようだ。

パチパチパチッ

点滅するごとに、周囲に一瞬の暗闇が訪れ、すぐに消え、また訪れる。その繰り返しが、トイレの内の何かを呼び起こしているように思えた。壁の向こう側にある排水管に水が流れる音がした。コツコツコツと外を誰かが歩いている。

歌太郎は今にも力尽きそうな電球を見上げ、どうしたものかと考えていた。もちろん電球は取り替えなくてはならない。しかし、彼が考えていたのは、電球とは似て似つかぬことであった。

——歌太郎が小学生だった夏の夜のことだ。
地域のイベントで肝試しがあった。参加者はなんだかかんだいって、全校生徒があつまっているのではないかというくらいに賑わっていた。この頃の夏の夜というのは、特にすることがなかったようだ。
しかし、肝試しとは言っても、それは男女一組で夜中のお寺の正門から裏の門に行くというとても単純なものであった。学校近くにあるそのお寺は長く急な坂道に面しており、正門をくぐると長い階段があって、その先にお寺がある。建物に沿って左に行くとすぐに裏門についた。
そのお寺の道というのは、通学や遊びに行く際に、よく寄り道する場所であった。したがって歌太郎にとってそのお寺は、日常に溶け込んだ空間であった。しかし、暗闇というのは不思議なものである。夜に包まれることで、日常的な通路は何か怪しげなものに変わってしまうからだ。
石造りの道の両脇には高い木々がそびえ立っており、それによって生み出される斑で深い暗闇は、歌太郎たちを誘っているように揺れていた。

「ほら歌太郎、懐中電灯だよ」

ついに、歌太郎のペアが肝試しに出発する順番になって、懐中電灯が手渡された。
歌太郎のペアは同学年の女子で、夏子という子であった。夏子は少し緊張したような面持ちで、歌太郎の一歩後ろに立っていた。
歌太郎は手に持った懐中電灯を点灯しては消してを繰り返した。心臓が高鳴っていた。夏の夜のそよ風が、怪しげな暗闇を駆け抜けている。

「ほら、出発」

歌太郎と夏子を急かすように、地域のおじさんが声をかけた。
歌太郎は肩越しに夏子に振り返り、懐中電灯の明かりを正門の先に向けて見せた。それは「行こう」という合図であった。

それ以降のことを、歌太郎はよく思い出せなかった。
ただ、不安を隠すように、またはちょっとした悪戯心で、彼は道中、懐中電灯を消してはつけてを繰り返したことは記憶にあった。
それに対して、夏子が嫌そうな声を上げていた。時折、夏子の顔が浮かぶ。歌太郎は、その顔を横目に光を点滅させ続けた——

パチパチパチ

「おい、電球が切れそうだな」
先輩がトイレに入ってきて言った。
「歌太郎、取り替えといてくれよ」

「はい」
歌太郎はそうつぶやいた。

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