とり憑かれているようです。【掌編】
「霊たちが、私に悪さをするのよ。」
大学のサークルにそんなことをいう女の子がいた。彼女は僕と同期であったが、彼女があまりサークルに顔を出さないということもあって、彼女と言葉を交わした記憶はほとんどない。それでも僕は彼女のことが少し気になっていた。
それは、異性として関心があるとかそういうのではなくて、彼女の言動に含まれている違和感がなぜか僕をひきつけたのだ。まわりの友人たちは、彼女を「ちょっと変わっている子」くらいに認識していたようであったが、僕にとって彼女の不自然さは妙に心をざわつかせるものがあった。
まるで、何か見えないものに抗っているような、そんな感じがした。
彼女は、一人のはずなのに誰かと話すようにブツブツとつぶやいていたり、歩いていると突然に右に飛び跳ねたり、虫も飛んでいないのに鬱陶しそうに何かを払いのけるといったような、ささいではあるが不可思議な言動をしていた。とてもひっそりと行われるその動作は、彼女自身の一部として実によく馴染んでいたし、もともと彼女が目立つタイプでもないこともあってか、そんな彼女の挙動に気づくものはあまり多くなかった。
しかし、なぜか僕はそんな彼女のささいな言動にいちいち気付いてしまっては、その度に苛立ちを覚えた。パズルの中に、明らかに違うピースが無理やりはめ込まれている、そんな違和感がしたのだ。
「霊たちが、私に悪さをするのよ」
と彼女はそう言ったのだ。どうしてだか、教室で彼女と二人で話した時のことだ。
その時期、たしか僕は当時付き合っていた相手と喧嘩別れをし、ゼミの先生から卒論のダメ出しを受け続け、塾講師のバイトにも嫌気がさしていたりと、何かと苛立っていたことだけはよく覚えている。
そんなおり、彼女がさりげなく行う挙動不審な仕草が、また僕の心を苛立たせた。偶然ではあったが、教室に彼女と僕の二人だけであったこともあり、僕は一度もちゃんと話したこともなかった彼女に突っかかりたくなったのだ。彼女からしたら、とんで迷惑であったはずだ。
「君さ、ときどき変な行動しているよね。何もないのによけて通ったり、ぶつぶつ一人で話していたりさ。それ、ちょっとやめてもらえないかな。気に障るんだ」
彼女は目を大きく開けて僕を見つめていた。10数秒の沈黙のあと、彼女はゆっくりと口を開いた。
「大学に入って、指摘されたのはあなたが初めてよ。うまく隠せていると思っていたけど、やっぱり気付く人は気付くのかしらね」
彼女は大きくため息をついて、椅子にもたれかかった。そして、顔のあたりの空気を何度か払いのけた。
「霊たちが、私に悪さをするのよ。」
と彼女は言ったのだ。ゆっくりと細く息を吐き出すように。
僕は彼女の言葉にも驚いたが、それよりも僕をうろたえさせたのは、彼女の眼差しが朦朧としておらず、まっすぐ僕に向けられていたことだ。冗談か何かか。僕は腹が立った。しかし、にわかには信じがたいが、なんとなくそんな気もしていた。だから僕は苛立っていたのかもしれない。だから僕は、彼女の行動が気に障ったし、どうしようもなく不安にかられていたのだろう。
「それは大変だね。」
僕はそれだけ言い残して、その場を去った。
それ以来、僕は卒論が忙しくなったことを言い訳にしてサークルには顔を出していないし、霊の見えるという彼女を見かけることもなくなった。それでも、ふとした時に「霊たちが、私に悪さをするのよ。」という彼女の声を思い出す。そして、彼女の言葉が僕の頭の中に流れる度に、僕は何の意味もなく目前の空気を払いのけてしまう。
耳に残っているその響きをなんとかかき消そうとするかのように。
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