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【町内会 顛末記】町内会を殲滅し廃墟の中から真実の自治組織の出現を待とう 1

 さて、年度末になって、わが家の栄光なる町内会自治会長の二年の任期も残りわずかである。

 町内会経費を圧迫していたもろもろの寄付金を圧縮し、掲示板や消火器を交換し、敬老の日や子供の日にはささやかながら和菓子や図書券を配り、災害時の要配慮者支援マップや緊急連絡先リストなどを整備し、町内会の会則も大幅に 刷新・追記し、夏の地蔵盆の当番等作業を簡素化し、神社の祭りの手伝いや選挙の立会いもこなし、たいてい定年退職後のじーさんしか想定していない日時に設定されるもろもろの集まりや研修会などにも極力出席し(ほとんどつれあいだったが)、掲示物を貼り換えたり市の広報誌や各種ゴミ袋などを定期的に数えて配布したり(ほとんどつれあいと娘だったが)、役所の窓口で喧嘩をしたり(ほとんどわたしだったが)、まあ、あれやこれやと、それなりによくやった二年間であったとわれながら思う。

 十数年間に及び自治会長を丸投げされていて、最後は短い闘病生活を経て亡くなってしまった前任者のT さんが、病院のベッドで回覧内容を見て、「じぶんたちのような年寄りと違ってあたらしい考えで、よくやってくれているなあ」と奥さんに話していたというのが、わたしには何よりも嬉しい「勲章」である。

 ところが次の二年の三役をそろそろ決めなければいけない時期になって、早くも暗雲が立ち込めている。


 町内を三つに割った三班それぞれに設定した順番で会長、副会長、会計の三役を選出しなければならないのだが、わが家の一班はすでに副会長を決めたものの、残りの二班は尻を押さなければ動かず、とくに二班にあっては調整役の現班長の家がまず隣家との人間関係のトラブルで町内会を抜けたいと言い出し、ならばと二班で副会長のSさんが依頼したUさんはある日わが家にやってきて、じぶんが喉頭がんであることを病院の予約票などを持参して説明にしに来て、そして昨日、Sさんが 次に依頼したWさん宅の息子氏(わたしより数個、年長らしい)がやはりわが家の玄関ベルを押した。

 むかし大工だったというWさんは時折家の前で見かけたり、 どこかの家の工事などがあると職人さんと立ち話をしている姿をよく見たが、最近はちょっと痴呆が始まってきてあまり外にも出してもらえないとも聞いている。奥さんは数年前に亡くなって、息子氏に会うのははじめてだ。

 Sさんから次の会長をと頼まれたのだけれど母親も亡くなって、父親もそのような状態で、じぶんは仕事の日はほとんど家には寝に帰るだけのような生活で、休日は大抵出かけているので、とても町内会の役などはできない。そんな状態なのでみなさんに迷惑をかけても申し訳ないし、じつはこれは前々から考えていたのだけれどこの際、町内会を脱退させて頂きたいと思っている。そんな内容であった。

 つれあいと二人で玄関に立ち、わたしも当初ははじめて会う人物でもあるし、いたって紳士的に話をしていた。二班には(会則で決めた)75歳以上を除くと役員をやってもらえるのはわずか数軒しかない(他の班も似たり寄ったりだ)。

 うちも夫婦共働きだしそれぞれの高齢の親もいる。それでも自治会長の集まりも含めてなるべく出席してきたし、ときには三役でカバーし合ってきた。自治会の加入はあくまで任意で強制ではないので辞めたいという人を引き止める権限はない。でも役ができないからと町内会を抜ける人がこうして増えたらどうなるのか。個人的な気持ちからしたら、できれば残って頂きたいと思う。

「公・私」というものがあると思う。人が地域に根差して集まりがあれば、いろいろな部分で関わりが生じる。決めごとや助け合いが必要となる。それの最大限が政治や国家であろう。「私」の現在がほどほど安定していれば「選挙(公)」には行かないし関心もない、というのがいまのこの国の姿だ。「私」はもちろん基本だが、全体を考 えて「公」をそれぞれが分担することもやはり大事なことではないか(わたしが言うのも似合わないが)。

 W息子氏との会話でいくらわたしが「公」の話をしても、息子氏から返ってくるのは 「私」の話ばかりである。わたしはだんだん腹が立ってきた。W息子氏には可哀そうだったけれど、こいつが、こんな立ち位置と価値観のやつがいまの勝手放題の政治家たちを野放しにさせているまさに元凶なのだと思えてきた。

 あなたは母親が生きていたときはお母さんが班長で集金をしたりとかしてるのを見たことがあると言ったけれど、せいぜい班長の役しか回ってこなかったんですよその頃は。だれもやりたがらないから会長はずっとT さんが亡くなる直前までやり続けて、みんなはそれにおんぶにだっこだったわけですわ。それで神社の修繕費の寄付を勝手に町内会から出してとか文句言われた りして。T さんはほんとうに可哀想だったと思いますよ。

 T さんが急に入院して、だれもやる人がいなかったから、8年前によそから引っ越してきたわたしたちが会長の役を受けました。総会で二年の任期と今後の役回りの表も設定してみなさんに同意していただきました。それがどうですか。すでに破綻しているじゃないですか。みんな、じぶんはできないじぶんはできないって。 いや、総会に出席できなかった人は委任状をちゃんと書いてもらいましたよ。75歳以上の後期高齢者は役回りから除外するって、回覧で回した会則に書いてます。ちゃんと読んでくださいよ。みんなで決めたことなんだから。

 前から脱退を考えていたって、二年前に役回りのあれこれを決めた総会で委任状を書いてもらったとき、二年後にあるいはじぶんが役をやらなきゃいけないということなんか何も考えてなかったでしょ。とりあえずは二年はだれかがやってくれる、と。 そして二年後になっていざじぶんに役の話が回ってきたら「前々から考えていたことだけれど迷惑になるから町内会を抜けたい」って、ちゃんちゃらおかしいですわ。そういう一人ひとりのいい加減な態度がT さんに十年以上も誰もやりたがらない自治会長を圧しつけてきたんですよ。

 Wさんのとこは古くから町内に住んでるんでしょ。うちなんか、わずか8年しか住んでいない、いわばよそ者ですよ。でも二年間、この町内のためにいろいろやってきましたよ。休みの日や、平日に休みをとって役所と交渉したりとか。神社の寄付金を減額してもらうときだって、わざわざ氏子総代のところへ行って二時間三時間喋って根回しをしてからですね・・・ 

 そんな話をしている間合いに、W 息子が「で、脱退は受けていただけるんでしょうか?」と言ったものだからわたしはついに切れて、ああ、いいんじゃないですか、みんなでそうやって面倒だから出来ないからと町内会を抜けて、だれもいなくなって町内会も解散したらいいんですよ。うちも、じゃあ3月末で抜けますわ。そう言い捨てて自室へもどり、 昼から現場の仕事があったのであわてて支度を始めたのだった。

 W息子は当初、わが家の玄関チャイムを鳴らしてたまたまリビングにいたわたしがインターホン超しに返答したもので、じっさいにつれあいが玄関に出て話を訊こうとしたのに「ご主人にお話が」と言ったもので、わたしが呼ばれた。娘にいわせれば、W息子はすでにそこで「地雷を踏んでしまった」そうだ。「そのまま、お母さんと話してたらよかったのにね」 

 しかし風邪気味で二階の自室まで鳴り響いていた父の声を聴いていた娘いわく「今回はお父さんの言うことは正論だ」と。じっさいに自治会を解散したところも全国にはあるらしい。高齢化、少子化、空き家ばかりが増え、ライフスタイルや価値観も変わりつつあり、町内会というもの自体が大きな曲がり角に来ているのかも知れない。

 町内会を解散したら何が困るだろうか? いちばん困るのはきっと、もろもろの広報やたとえば赤十字の寄付の類などを末端機関である町内会に丸投げしてきた行政だろう。われわれ自身でいえば市の広報誌などは役所でも配布しているし、自治会で回収していた資源ごみや自治会を経由して行政に依頼していた粗大ごみなどはじぶんで清美センターへ運べばいい。たぶんいちばん困るのはそうしたことすらもが困難な町内のお年寄りたちだ。

「公」がなくなれば、いちばんしわ寄せがくるのはいつも社会的な弱者の立場にいる人たちだ。W息子は痴呆が始まった父親の世話も役ができない理由のひとつとしてあげていたけれど、「家はほぼ寝に帰るだけ」の仕事中に災害があったらかれは父親のためにジェット機で飛んで帰ってくるのだろうか。

 行政で作成した「災害時の要配慮者支援マップ」の中身があまりにもひどかったのでじぶんたちであらたに作り直したが、「要配慮者」のいる赤点がマップに落とされた家は町内の6割以上を占める。じっさいに昨年の大雨の時は、町内にいた者だけで手分けして近所のお年寄りの安否確認をしたり、避難先の環境を見に行って一人暮らしの高齢者に意思確認をしたりしたのだった。

 役ができないから・やりたくないからという理由だけでは割り切れないものがある。W息子はそこまで考えていないだろう。

 さて、どうなる町内会は次回に続く。


以下の内容で、連載中です。
第一部 【町内会 顛末記】自治会長というのをやってみた
第二部 【町内会 顛末記】町内会を殲滅し廃墟の中から真実の自治組織の出現を待とう
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