掌編小説┃マスク

 僕の学校は奇妙だ。
 生徒も先生もみんな被り物をしているのだ。
 それにボイスチェンジャーを使ってしか話す事が出来ない。だから、クラスメイトも担任の先生も誰の本当の姿だって僕は知らない。
 唯一分かるのは男か女か、それだけの事だ。何故なら女性はスカートで男性はズボン着用が校則で決まっているから。
 今日も教室に入ると、被り物をした奇妙な生徒たちが気味の悪い声でキャッキャと話している。
 ゴリラ、キリン、パンダ、ライオン、動物園のようなラインナップに混じって大仏なんかがいたりする。
 見た目や声で差別をしないように、という配慮から生まれたらしいけど、こちらの方がよっぽど変だ。
 羊の被り物をした先生が入ってくる。
 シンと静まる教室。
 機械的な音声の「オハヨウゴザイマス」。

「「オハヨウゴザイマス」」

 これまた機械的な挨拶が返る。
 全員が人間なのにロボットの学校に来ているみたいだ、と僕はいつも思う。

 放課後は各々部活動に勤しむのが普通なのだろうが、この学校ではほぼそれがない。マスクを着用したまま運動なんか出来っこないから。かろうじて、文芸部なんかのマスク着用のまま活動できる部活動だけがわずかに存在するだけだ。そのため、ほとんどの生徒は帰宅部というわけで、ゾロゾロとマスク姿の生徒たちが下校する様子はある種のホラーであり、見せ物のような名物にまでなっていた。

「マスク着用義務、変えられませんかね」

 生徒会、保護者代表、学校関係者。三者が集い話し合いが持たれた。

「さすがにこのままでは、異様な学校としての評判が定着してしまいます。週刊誌を見ましたか? うちの学校は〈奇妙奇天烈ヘンテコ動物園〉なんて書かれているんですよ!」

「しかしね、この規則は人権に配慮した新しい学校の形の実験として、国から許可を得てやっているのですよ。そう簡単には止められない事になっているのです」

「僕たちは誰が誰かも分からない空間で授業を受け、休み時間を過ごしているのです。すごく気持ち悪く感じています。登下校中に指を指されている子もいます。精神的に参ってしまっている生徒すらいます。どうにか出来ませんか?」

 長い長い話し合いの末、次年度からはマスク無し可能にする事が決まった。すぐに無しにならなかった事に不満を訴える者もいた。
しかし、どうしても一年間は継続して、結果を国に報告しなければならないという学校側の要望があったので受け入れるしかなかったのだ。

 その後、僕たちはマスク無しで無事卒業式を迎えるはずだった。でも、流行り病のせいで全員がマスク着用の連絡がきた。

 馬、鹿、象、猿、再びここは動物園になってしまった。


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