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わたしはよくやっている

顔の手入れの話

手入れ、とわざわざ書くくらいだから普段から特段なにもしていなかった。化粧水くらいは塗っていたが、いまも美容液と乳液のちがいは説明できない。

手数が増えるのが億劫で、不惑を過ぎるまでほんとうに何もしてこなかった。
思い立って気になったものを試してはみるが、つづかない。つけている期間は肌がピン、とするが肌が満足するのかやがて効果を感じなくなってしまう。

「ふっくら」「しっとり」「艶とハリ」

これでもかと乱用されている表現が、どれひとつしっくりこない。
アトピーやら花粉症のせいにしていたが、どれも浸透しないのは貧乏舌ならぬ貧乏肌なのか。

そもそも顔になにか塗るというのが息苦しい。

かれこれ20年ほど前に成人式の写真を撮った。
撮影のために下地からファンデーションまでひと通り塗ったが、皮膚呼吸を完全に断たれたようなあの感覚に馴染めなかった。
それからも何度かファンデーションを試す機会はあったものの、皮膚の厚みがぐんと増すのがどうも苦手で、いまだに日焼け止めと麦わら帽子でしのいでいる。
(陽射しのつよい地方に移り住んで、最近サングラスもここに加わった)

この夏、数年ぶりに下地が仲間入りしたが蕁麻疹がでて頓挫。そのままフェイドアウトしそう…
買うまでに吟味してやっと手に入れただけに、まだ捨てずにとってある。

「ふと」と「あ、やってみよう」

「試してみよう」
ファンデーションは付けたくないけれど、肌のケアはしたい。
そう思ったのは、わたしとおなじく化粧品で肌がピリピリする人のブログを読んだときだ。そのひとが勧めている商品を何度も聞いたこと見たこともあった。でも使おうと思ったことは一度もなかったのだ。それがどういうわけか「やってみよう」という気になったのが、今年の始めのこと。

この「どういうわけか」とか「ふと」というのは不意に訪れる。

自分の準備が調ったときなのか偶然なのか、ふわりと身体が持ち上がるような感覚。きっかけは外からの刺激なのだけど、試したい気持ちは内側から湧き上がってくる。

このときは肌がそれに応えてくれた。
最初はお試しの小さなサイズで、化粧を落とすクレンジングから美容液、乳液まで7つのフルラインが揃っていた。
まわし者でもなんでも無いのだけれど、試したのはこちら。


はじめて使うのは旅先で、と決めていた。

持ち運びにちょうど良いサイズで、非日常の空間と時間で試したかった。

宿に着いた日、鏡の前にすべてのサンプルを並べて説明を読む。
クレンジングにつづいて2回の洗顔、泡で覆うフェイスマスクのようなケアを終えると、とてもサッパリした。
頬を指で押すと、しっとりと柔らかい。
泡のマスクは、時々で良いらしい。
保湿液、エキス、クリームと塗り、最後に乳液まで塗り終えたらひと仕事終えた気分がした。
すべて塗り終えてると肌がみるからに光っており、ぬらぬらではなくピカピカという言葉が当てはまった。翌朝も、塗った直後ほどではないがほんのり艶が残っていた。

旅から戻ってすぐに商品を注文したわけではない。
クレンジングは元々使っていたものがまだ残っていたので、洗顔後に使う美容液や乳液だけ頼むことにした。正直クレンジングと洗顔(それも2回)を毎日するのは手間だったのだ。
あれから半年とちょっと経つが、蕁麻疹やら花粉症をくぐり抜けて、いまもって使いつづけている。美容液とクリームは、肌の状態によってスキップしたりしなかったり。短いチューブ状のクリームは、半年をかけてやっと使い切った。

花より生姜

なんで続いたんだろう。

ひとつ目は効果があったから。自分の肌に艶がでるのが、ただただ楽しかった。
過去のように「艶が薄れたな。もう肌が飽和状態か」と思ったのは夏の盛りだった。でも夏を越えて乾燥をひとえに感じるころ、クリームをすこし多めに塗ると肌がふっくら戻ったのを実感した。

つづいたふたつ目の理由は、匂いが好みだったから。
いまでも顔にのせる度ふかく息を吸い込んでいる、生姜のにおい。漢方を連想させるのは生薬(しょうやく)が配合されているゆえか。
みょうがや大葉などの薬味、あおさや胡麻やゆかり(赤紫蘇の葉)の香りがもともと好みだ。何にでもかけたくなる。
けれど、生姜の香りのする化粧品なんて。

化粧品というと、バラや百合を想わせる花の香りが定番だと思う。
最近は、キャラメルやヴァニラを塗っていると錯覚する口紅も多い。

そこにきて、生姜。

いや、良いけども。でも生姜。なかなか無い。
でも鼻から吸い込むたびに身体がなかから歓ぶのがわかる。内側がじん、とするのだ。
毎度毎度、「ああいい香り」とCMばりに目を瞑って生姜のにおいを嗅いでいる。

それでいいのだ

なんやかやつづいている半年ちょっとを経て、思うこと。

わたしは生姜の香りに癒される女子(おなご)だったのだ。

女性=花の香りとか、贈りものには薔薇などという世にまかり通るイメージではなく、わたしにまかり通る香りは薬味だったのだ。
そもそも薬味の匂いがする塗りものがこの世にあるだなんて、思いもよらなかった。

10代のころに読んだ藤野千夜の本で、主人公が「みんなって誰だよ」と悪態をつく場面がある。
わたしにとって生姜の香りは「みんなって誰だよ」と我にかえる台詞だったのだ。

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