久しぶりにまたひとりごとを。 21年しか、というのか 21年も、というのか。 とりあえず21年人間をしていて、 一生自分の課題なのは 素直になることと人を信じること。 「自分はこんなキャラじゃないし」 「〜って思われそうだしな」 「この人が求めてるのはきっと、〜って答える私だよな」 これらが先走って、私はいつも素直になれない わかってるんやけどなぁ 私だって素直になりたいし、 甘えたいし、泣きたいし、笑いたいし、怒りたいのに いつからか、自分のキャラを定めては 本当の自
今の私は、飛び乗った電車が特急で 簡単には降りれず、行きたい方向ではない方へ 行き着いてしまったような。 その中でも、 置かれた場所で咲くことに一生懸命な私もいて、 それが少しずつ楽しくなったり、 充実感に繋がっている感覚があったり。 でもやっぱり心の中のシミは シミ抜きなんかじゃ簡単に取れなくて、 どうしようもなく、 わかりにくいようなところでずっと私を離さない こんなことを一生考えているような気がする そんな時に流れたミスチルのAny 「間違いじゃない いつも答えは
久しぶりにnote開いたなぁ 忙しかったとか、精神的にしんどかったとか そういうのとはちょっと違って 逆に充実していたから 文字を紡ぐことが大好きな私が ここまでアプリを開かなかったんだと、多分。 相変わらず、独り言だけれど。 そんな日々でも、変わらず音楽は聴いています 新しい音楽とも変わらず出合えています イントロやアウトロで流される音楽 楽器をかき鳴らす音 切なくなるピアノの音 ギターやベースの裏で、静かになるドラムを叩く音 あれ聞くと、ほんっとに音楽噛み締めてる気が
突然ですが… 私は、家族は勿論、母のことが大好き 母は、頑張り屋さんで繊細で、気が利き仕事も早い 家事に仕事に両立し、 家族のために、誰かのためにを優先できる人間 優しいだけじゃない、 悪いことは悪いと「母として」 愛を持って叱ってくれる 母親としては勿論、 1人の人として何の贔屓もなく尊敬している 私は高校時代、 家から電車で1時間ほどかけて高校に通った 朝は部活の朝練で早く家を出て、夕練終わりに帰宅 家へはご飯を食べて寝るだけの生活だった そして、大学は、近所の大学の
私の祖父の口癖が 「頑張るなよ〜」だった 私以外の家族にも、この言葉に救われたひとは沢山いて。 祖父にとって娘(私の叔母)が、 仕事に行く前の「いってきます」の返しは 必ずこの言葉だったそう。 私が生まれた時から私の祖父は1人だけで、 そんな祖父は、3年前、 私が確か高校3年生の時に、亡くなった。 祖父の家に遊びに行って、帰る時 「お邪魔しました〜、また来るわ!テスト勉強頑張る…」に対して、「またおいで、あんまり頑張りなや」 「部活あんまりうまく行ってないねんな、頑張る
SUPER BEAVER のなかでも 私が1番好きな楽曲 「ロマン」 私が1番辛かった時、1番助けてくれた楽曲 家で聴いて泣いて、 聴きながら、泣きながら電車に乗った。 職場の休憩室でも聴いて、泣いた。 (泣きすぎや、笑) あの頃は、単に辛かったからかもしれない。 でも、平常心の今聴いても、きっと泣いてしまう。 それくらいの力がある。 「頑張れ」じゃなくて、 「親愛なるあなたへ 心を込めて 頑張れ」 「うまくいけ」じゃなくて、 「うまくいけ うまくいかないときも伏線にし
私には諦めきれない夢がある 諦めきれないと言っても、 きっと今まで諦めてきたことはいくつもあって それはどうやって諦めてきたのだろうか 時間が解決したのか、 それとも叶えられるはずがない夢だったのか、 はたしてそこまで思うほどの夢ではなかったのか 私は今まで、 「特にこれは譲れない」と思った夢は正直なかった 小学校の卒業式、一人一人将来の夢を叫ぶ場面。 苦痛でしかなかった 私には夢がなかったから 当たり障りのない、適当な夢を言った 適当に言ったが故に、 何を叫んだのかさえ覚
幼い頃の感情を思い出す瞬間が 最近は幾度かあって、 その時の感情を文字にしたくてこんな記事を書いている。 大人になるにつれて、 いろんな経験をするとともに強くなる心。心の免疫。 でも、 小中学生や、子供と大人の狭間を彷徨う高校生は、 まだ経験や免疫もなければ、心も未熟でクリーンで。 だからこそ、 そこで出会う教師や大人の影響力は本当に大きかった。 まだ心もつくられていく途中過程で、 見るもの聞くもので学ぶ時期。 今だからわかるけれど、教師も人間だから、 波があったり好き
今日は、大好きな先輩の誕生日 その本人はこの記事、見れないのだけれど 溢れてしまった気持ちを、 気づいた時には綴ってしまっている その先輩とは、私のアルバイト先で出会った 私が高3のときに、彼女は大学一年生 地方から大阪へ、大学入学の為出てきて 私の地元で出会った オープニングスタッフで始まった 初めましての瞬間を、思い出している。 思い返せば、出会った時と今の印象に変わりはなくて。 出会った時から、太陽のような人だった。 本当にずっと笑顔で、元気で、とにかく面白くて
やっと解禁された、Netflix独占配信の作品。 正直な私の感想としては、ありがちなお話で 先が読めてしまう感じだったのだけれど、 それを分かった上で、涙が止まらなかった… 永瀬くんが最後病室で涙を流すシーンが 何より私の心に何かがグッと来て。 私まで一緒に大号泣…。 あの時永瀬くんが、お花屋さんに寄っていなければ 寄っていたとしても、 そこで出会う店員さんが別の人だったら 出会う店員さんがガーベラをすすめなかったら きっといろんな可能性が枝分かれしている中で、 全てが
ずっと楽しみにしていたこの日 名古屋配属の同期が遊びにきてくれた🚃 5時起きで…(朝練やん) 初めて陶芸をしたのだけれど、まあ本当に楽しくって。 不器用な私だから、不安もあった反面 ずっとやってみたい気持ちはあって お誘い頂いて凄く嬉しかった。 そして、不安を覆すほど楽しくて!!🎨✨ 一日中、仕事の話、これまでのこと、これからのこと 家族のこと、本当に沢山の話をしたけれど、 共通点が山ほどあって、 その子のことを尊敬している私としては それもまた嬉しかった。 遠くから来て
FM802を聞いていて、ビビッときたことをきっかけに ハンブレッターズの音楽を聴く様になった その中でも、最近の私にピッタリ刺さった歌 「常識の範疇」 もうタイトルのネームセンス…凄い(語彙力皆無) 「また一つ無駄に歳を重ねる 叶える気もない抱負を述べる」から始まる1番 私(間違いないなぁ…(笑)一年の抱負、今年なんて掲げてたっけな。忘れた。笑える) 「成るように成るがなしてもならぬ」 「後悔これといって役に立たず」 「プラスマイナスギリギリマイナス」 「ネガティブ発作
最近、本当に涙腺が緩い 家族に話しても、「まだそんな年齢じゃないやん」と笑われたけれど… 私は自分のキャリアの為にも、いつかの誰かの為にも、 メンタルヘルスケアマネジメント検定を個人的に勉強して資格を取った。勉強していたからこそ、涙腺が緩くなったことと、何か精神状態が関わっているのではないか…?と思ってしまう。 感動的なCMを見ても、悲しいニュースを見ても、 ドラマや映画を見ても、幸せそうな家族が微笑みながら歩いているのを見ても、おじいさんおばあさんが手を繋いで歩いている
仕事休みの日は、余裕がある分考え事が増える そんな中で、ふと思った何でもないお話(笑) 誰の為でもない、私が私の幸せを見失った時に 見返して、思い返して欲しいなと思った 私は、四つ上の兄、父、母の4人家族です 父と母はもちろん、家族みんな仲が良く、 幼い頃から、20を過ぎた今まで 学校のこと、仕事のこと、恋バナ、 本当に色んなことを話す。 良い意味で、親友の様に思える大好きな家族。 ある日友人とご飯を食べていた時、 私が友人に、「めっちゃ美味しい!はい!」と一口渡したこと
特にこれといって伝えたい熱い気持ちとかが あって書いてるわけじゃないんやけど… 実は先日、いろいろあって忙しくて 早速残業+休憩も行けなくて(多分忘れられてる…笑) 私はまだ入りたてで休憩のタイミングは 上司の指示で行かせて頂いてるのだけれど。 1時間半の休憩に行けていないことを言えない私が1番悪い でもあまりにもバタバタしている職場を見ていれば 伺うタイミングもはかれなくて… そんなこんなで、お腹もペッコペコで フラフラしながら帰ろうとしたら AirPodsを落として…
UVERworld編 「在るべき形」 他の誰かの正解は 君の答えじゃない それぞれの複雑な数式の答えは きっともう君も出てるんだろう 「EN」 あれほど死ぬのが怖かったのに いつか君も居なくなってしまうなら 俺もちゃんと死にたい そんな人を見つけるのが人生 愛を粗末にする奴は 何に勝ったって一生負け組 お前を傷つけた全ての死んで欲しい奴に寿命で勝て 生きろ そこがお前の行きたい場所 「イーティー」 離れてもただ寄り添うよ 背中は押され疲れたろうから 「OXYMORO