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人と比べられるのは面倒、だから誰もいない道を行く

他人と自分を比較されるのは、
正直いって面倒くさい。

自分が誰かと比較するのは、まあいいにしろ、
勝手に誰かと比較されるのはいかがなものか。


とはいえ世界というのは、
比較し比較されながら回っている。

考えてみれば、
私たちを取り囲むものは、
その優劣を競い合いながら生まれる。

社会にとって優秀な人材を手に入れるためには、
才能を吟味されるのは当然だ。

このように、
何かをよりよくするために行う比較は、
理解ができる。

しかし、
ネガティブな比較というものも存在し、
特にそれは個人レベルで行われる。

「あの人は○○なのに、あなたは○○」
「なぜ彼女はできて、君ははできないの」
「彼のほうが上手」

こうやって、
他人に誰かと比較されるのは面倒くさい。

余計なお世話と言えようか。

比べることはこの世界を回すのに必要ではあるが、
必要でない比較ほど身内で繰り広げられる。


比較することは、無意識なのだ。

人は無意識に比較してしまうから、
「比較はやめて」といっても無理なのだ。

こんなこと言ってる私も、
誰かと誰かを勝手に比較しているだろう。

どうすれば他人から比較されずに済むか。


人々の比較対象から外れてみればいいかもしれない。

比較というのは、
同じ土俵にいるもの同士で行われる。

その土俵にいるのが、
一人だけならば、
そもそも比較なんてされない。

つまり、自分で道を開拓することだ。

「異端」な存在になることが、
「比較される」という呪縛から解き放たれる方法だ。

大勢の人の行く道を進み、比較されながら生きるか。
誰もいない道を進み、新しい世界を開拓していくか。

我が道を行くこと、
そこで第一人者となることは、
時間がかかるしリスクを伴うだろう。

まあ、
比較されるのは面倒だし、
我が道を行くのも面白そうだから、
後者を選ぼうではないか。

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