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今まで書いた小説とか

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大学時代に書いた小説ばっかり
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記事一覧

課題小説7 『タブレット式契約書』

課題小説7 『タブレット式契約書』

メールで送られてきたURLからアプリを開く。すでに待機していたらしい仲介業者の男性の姿がパソコンの画面に表示され、マイク接続を確認するポップアップが現れる。俺は「コンピュータオーディオに接続する」をクリックし、カメラとマイクをオンにして画面越しに彼と対面した。

「お世話さまです。こちらの画面と音声は大丈夫そうですか?」

画面の中で男性が会釈する。大丈夫ですと返すと、もう一度会釈された。

「あ

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課題小説1 『おかあさん』

 おかあさんが帰ってこなくなった。最初の夜、私は一人でご飯を食べて、皿を洗って、自分で服を洗濯して、シャワーを浴びて、一人で寝て、起きて、学校に行った。私が学校から帰っても、おかあさんは帰ってこなかった。それを三回繰り返した。ご飯がなくなって、買い物に行こうとお金を探したけど見つからなくて、仕方ないから家ではご飯を食べずに一週間過ごした。給食ってすごいな、と初めて思った。それでもまだおかあさんは帰

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課題小説2 『過激派夢女子の淫らな暴走』

課題小説2 『過激派夢女子の淫らな暴走』

 午後二時。嫌いな授業がようやく終わって、私は眠気覚ましに思い切り腕を伸ばした。机に突っ伏したら、ちょうどまっすぐ先に菅くんが見える。菅くんはまだ熱心にノートに何か書き続けているみたいで、華奢な左手に握られたシャープペンシルがくるくる動いている。菅くんはひょろりと背が高くて、色白で、他の男子よりちょっと声が低くて、それから、骨ばっていかにも男らしい手をしてて……ああ、菅くんの指、すごく長くて綺麗で

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課題小説3 『恋と執着とリストカット』

課題小説3 『恋と執着とリストカット』

 梨乃は自室に戻ってきた。手にカッターを握りしめて。彼女はベッドに座り込み、いつものように左腕を膝の上に乗せる。彼女の左腕には無数の傷痕があった。そのすべてがこのカッターでつけられたものだった。彼女にとって、このカッターだけが唯一寄り添ってくれる存在であった。近所の文房具屋で購入した、細身の黒いカッター。慎重に押し出せば、カチカチなることもなく静かに薄い刃が現れる。その冷たい刃を、古い傷と傷痕の間

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課題小説4 『幽霊と透明人間』

 想像する。私は父の腹部に刃物を突き立てる。ずぐ、と刃物が彼の中に侵入して、父はバケモノみたいな呻き声をあげる。私は素早く刃物を抜いて、もう一度腹部を刺す。そしてもう一度。吹き出す血の強烈な匂いが鼻腔にこびりつき、肺を満たす。もう一度、もう一度。父親が事切れても、私はやめない。もう一度、もう一度。

 ギシギシと軋むベッドの音が一際大きくなり、イチカは現実に引き戻された。彼女に突き刺されていた刃は

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課題小説5 『ガラスの小瓶』

課題小説5 『ガラスの小瓶』

 社畜生活に嫌気が差すたび、シキノは必ず駅ナカの輸入食料品店に立ち寄る。いつもならチーズやらチョコレートやらを大量に買い込むのだが、その日は吸い寄せられるように真っ先にキャンディの棚を見に行った。薄っぺらい包装紙に包まれたチューイングキャンディや、着色料の塊みたいな七色のロリポップ、クマの形のグミ、ジェリービーンズ。目にも体にも悪そうなパッケージが所狭しと並ぶ棚の隅に、シキノはベージュのラベルが貼

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課題小説6 『きひみに』

課題小説6 『きひみに』

 海がいい、と君が言った。

 片道2時間もの道のりを俺に運転させながら、君は助手席で穏やかな眠りについていた。薬がないと眠れない君にしては珍しいことだった。奥の信号が黄色から赤に変わり、俺はやわらかくブレーキを踏んで慎重にスピードを落とした。

 先週もこうして、俺の運転で君の両親に会いに行った。俺にとって最初で最後の結婚の挨拶だった。俺は形式にのっとって彼らに向かって頭を下げ、「娘さんを僕にく

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