人はエネルギーを喰う生きもの説
音楽を聴くと、元気になります。
それはある一定のリズムだったりが脳に刺激を与えナントカホルモンが分泌されるといった、科学で説明できることなのかもしれません。
一方で、思うことがあります。
それは、人はエネルギーを喰ってるのではということ。
音楽は、ときに薬のようだと思います。
聴くと、アーティストさんが曲に込めたエネルギーを吸収させてもらっているような感覚に。
そのエネルギー、「 気 」をもらい、「 元気 」になる。
音は、いってしまえばただの振動なのに。
そこには「 エネルギー 」という、計測できないものがあるのではと。
「 熱量 」とも言えるかもしれません。
そのアーティストさんだけが発せられる「 熱量 」。
絵を見てても、元気になれます。
好きな作家さんの画集にも「 熱量 」を感じます。
「 想い 」「 意志 」とも呼べそうな、確固たるもの。
線の強弱、色の濃淡、描かれた人物の表情、構図…
全てに想いや意志が込められていて。
それが紙を通して、伝わってくるのです。
その彼ら、彼女らのエネルギーを、五感で捉えることで吸収させてもらっているような。
食べものも、多少 " 栄養 " が偏っていても、元気が出ることがあります。
数値で計測できる " 栄養 " とは別の、それも作り手の「 気持ち 」が伝わるのだと思うのです。
それが五感を通して伝わり、「 気 」が満たされ、「 元気 」になる。
もし必要なのが " 栄養 " だけだったら、人類はとうに滅びているかもしれません。
「 気の合う 」人に会うと、満たされた気持ちになることはありませんか。
または「 元気な人 」に会って、自分も元気になったり。
なにかに「 本気 」な人に会って、やる気をもらったり。
呼び方はなんでも良いのですが、全てのものにはエネルギーがあり、私たちはその全てから影響を受けていると思うのです。
逆に、自分が生きているだけでも、自分のエネルギーを発し、周囲に影響を与えていたり。
心が震えるエネルギーにふれることで、気分が変わり、行動が変わり、見え方が変わり、態度が変わり、まわりの反応も変わり、未来が変わる。
誰かが本気でつくったものには、人の心を動かすエネルギーがあると思うのです。
本気というのは、ありのままの自分を曝すということ。
覚悟、勇気、葛藤、試行錯誤、決意…そういった強い意志が込められています。
ありのままの自分を曝す分、その人の色が濃く出るので、万人に受けることはありません。
好みも、持っているエネルギーも、人それぞれだから。
反発するエネルギーをもつ人なら、嫌悪感すら抱くかもしれません。
それでも、その熱量を感じとれる人にとっては、その影響は絶大。
だから、本気で何かを生み出す人たちを尊敬しているし、元気をくれて感謝しているし、応援しているし、自分もそうやって本気でものをつくっていきたい。
本気でつくるというのは、時にしんどい作業。
人によっては逃げたくなることもあるかもしれません。
それでもやってしまう、やり遂げたくなるのが、ありのままのその人なのかなと。
それによってその人自身は満たされ、他者をも満たせる。
誰かに言われたから、やりたくないけど仕方なく、お金になるから、
という理由でつくられたものより、
その人の意志が込められたものを私は見たい。
そういうものが増えたら、お金というエネルギーだって自然と巡り、気力というエネルギーも循環し、世の中にわくわくして生きる人が増えるのではと思っています。
Photo by Bruna Branco