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小説(短編)「サンカレイタの鳥の歌」 @ジャンププラス原作大賞読切部門/応募作品


 生まれ変わったら、なにになりたいか。そう聞かれても、答えはパッと浮かばない。
 退屈でいい。平凡でいい。普通の生活ができて、それなりに楽しくやれればいい。
 宇宙民間警備会社で現場リーダーを任されているアラン・バードソンは、担当宙域に展開中の汎用型機動兵器コルピンイスクのコックピット内でそんなことを思った。

「アランさん、"奴"が来ます」

「無理に手を出す必要はないぞ。おれたちの仕事は警備だ。自然に誘導して追い返す。そこから先は、ハンターに任せればいい」

――宇宙に人類が進出して早300年。人類は銀河の彼方から"泳いできた"その脅威と出合った。

「目標、予定のコースを通過!」

「よし。いつも通り、見守るだけでよさそうだ」

 アラン率いるコルピンイスク部隊に迫っていたのは、その機体の全長を遥かに凌ぐ巨体を持つ、通称〈アティバラス〉と呼ばれる宇宙クジラだった。

「各自、このまま現座標で待機しろ」

「了解! いや……待ってください、アランさん! 目標に異変あり!」

「なにっ!?」

 アランが気付くよりも早く、アティバラスはその巨体を旋回させていた。大きすぎるがゆえに、動きの全容を把握するのが遅れた。巨大な胸ビレが彼の前を通り過ぎた直後、鞭のようにしなった尾ビレが機体に襲いかかった。

「早く逃げ――!」

 しかし、間に合わなかった。アランは寸前で回避行動をとったが、宙を薙ぎ払った尾ビレが、機体の一部を掠めた。機体は制御を失い、勢いそのままに慣性で弾き飛ばされた。

 アランは薄れゆく意識の中で、生まれ変わったらなにになりたいか思い返した。答えは出なかったが奴らのいない世界に生まれたい、と思った。

 意識を失ったアランを乗せた機体は、部下たちとの距離をさらに広め、やがて辺境にある未開惑星の重力に引かれて落ちていった。



 澄んだ空を、渡り鳥が飛んでいた。
 砂浜には、さざなみと鳥の声しか聞こえない。
 アランの乗るコルピンイスクは、仰向けの状態で浜辺に打ち上げられていた。

 アランは眩しさを感じ、ゆっくりと目を開いた。
 生きている。手足の感覚を探ると、奇跡的に身体へのダメージはないことがわかった。
 知らない場所だった。
 機体は動くようだが、コックピット内のモニターは映らない。計器類はバッテリー残量が少ないことを示していた。
 アランは救難信号を飛ばし、外気に問題がないことを確認して機体の外に出た。
 周囲を見渡すと、そこが島であるとわかった。

「参ったな……助けを待つしかない、か」

 ため息を吐き、アランは拳で機体を強く叩いた。

「▲○*%!!」

 音に反応して、森の方から声がした。瞬時に身を隠し、のぞき込む。
 木の隙間から出てきたのは、ズタ袋色のズボンを履いた上裸姿の少年だった。
 原住民だとわかり、アランは翻訳機を作動させて身体を起こした。少年と目が合い、指を差される。

「☓●¥♯!……不審者!!!」 

 少年が叫んだ。

「うえっ!?」

 アランが狼狽えていると、森からぞろぞろと似たような姿の人々が現れた。まもなくして、アランは取り囲まれた。

「ち、違う! おれは敵じゃない!」

 屈強な青年たちが前に歩み出た。まずいと思い、アランは手を挙げた。
 そのとき、島の奥から鐘を打つ音が鳴り響いた。

「急げ、急げ!」

 男たちが怒号を上げ、瞬く間に引いていく。
 アランが呆気にとられていると、木陰から従者を伴った老人が現れた。皺は深いが、身体は大きく、先ほどの屈強な男たちに負けぬ風体があった。

「クジラが来た。鐘は、それを報せる音じゃ」

 村長を名乗る老人はアランに並ぶと、海の方向へ顎をやった。
 まもなくして、十艘ほどの木舟が浜を一斉に漕ぎ出した。その先には、宇宙を泳ぐアティバラスよりふた回り小さいクジラの背中が見えた。それでも、全長十メートルほどはある。

「なにをして……」

「捕るんじゃよ、クジラを銛一本でな」

 少年や青年たちが舟の舳先で、紐のついた大きな銛を振り上げ、高く跳び上がった。海面のクジラに目がけて突き刺す。男たちは、次々と跳びかかっていき、ついには暴れていたクジラを仕留めた。

 アランは、その勇姿に目を奪われていた。

「すげえ、生身で倒しちまった……」

「クジラは大事な食料じゃ。捕れる日は、年に十回とない」

「でも、なんであんな危ないこと――」

「わしらは、常に飢えと隣り合わせにある。危険は多いが、村にもたらす恩恵も大きい」

 村長がアランを見やる。

「さて、今日は宴だ。君も参加してくれたまえ」

「え、いや……」

「遠慮はいらん。村の連中も、クジラを呼び込んでくれた客人として君を迎えてくれるはずだ」


 夜になり、村の広場で薪が焚かれた。
 アランは若い男たちの輪に入り、回ってきた酒や飯を頬張った。
 酔いが深くなってきた頃、ラッセルという青年が話しかけてきた。彼は、銛打ちの一人だった。

「あんた運いいな。クジラはしょっちゅう食べれるもんじゃないぜ」

「村長から聞いたよ。みんな、大変なんだな」

「そんなことないさ」

「なあ、クジラを捕るの、怖くないのか?」

 聞くと、ラッセルは神妙な面持ちになった。広場の中央に焚かれた火を一点に見つめている。

「……恐怖は常にある。仲間は、クジラに腕をもっていかれた。おれもいつそうなるかわからない。でもやらなければ飢える。クジラは、天からの恵みだ。身は干し肉として保存もきくし、島の外との交流で物々交換もできる」

「作物は、育たないのか」

「ああ。だからクジラ捕りが、村の命運を握っている。おれには、その役目があるんだ」

「立派だな、おれより若いのに。もう三十歳になるが、そんな使命や役割を感じたことはない。特別な才能もない。きっとおれは、生まれ変わっても君にみたいにはなれないと思う。でも、不思議とそんな自分に満足してるんだ」

「幸せなことじゃないか。おれは、かつての村長のような、サンカレイタになりたい。だけど続ければ続けるほど、手が届かないとわかって、苦しい」

「サンカレイタ?」

「英雄のことさ。村長は現役の頃、幾度も村を飢えから救ってくれた。クジラを一撃で気絶させたりもした。誰もが憧れたよ」

「あの村長が……」

「引退のとき、村長が言ったんだ。『歳をとるにつれ、英雄を持つことは難しくなる。しかし、それは必要なことだ』って。正直あのときは心折られた」

「……わかる気がするよ」

 アランは礼を言って、立ち上がった。

「ちょっと酔いを覚ましてくる」

 砂浜を歩きながら星空を見上げ、アランは半生を振り返った。
 大手の宇宙警備会社に入り、ゲームの延長で戦闘シミュレーターをこなし、ほどほどの結果が出て、安定した仕事についた。少し危険ではあるけれど、職場での事故は他の業種に比べればわずかで、金額もそこそこもらえる。いまじゃ現場リーダーを任されていて、ポジションとしても不満はない。
 それに引き換え、広い海での生活は大変そうだ。

 歩いた先で、コルピンイスクを見据えた。
 ふと、なにか音が漏れていることに気づく。近寄ると、救難信号に応答する上司の声だとわかった。

《……今回の件は災難だったな。すでに救助艇は手配してある。現地時間で、18時間後に着く予定だ》

「ありがとうございます」

《それと、ないとは思うが、管轄外の区域でアティバラスと接触しても、交戦はするなよ? 破れば、銀河法定で裁かれることになるぞ。なにかあったら逃げるが正解だ》

 通信は、上司が一方的に喋ったあとに切られた。

 我に返り、アランは広場に戻った。 
 焚き火は、すでに消えていた。その晩は、青年に案内された小屋で寝た。


 朝、激しく打たれた鐘の音を聞き、アランは飛び起きた。
 小屋を出ると、すでに青年たちが海に舟を出していた。村全体から、子どもたちの「デカいぞ!」「手負いらしい!」などの興奮を含んだ声が響く。

 アランは、村人が集まっている浜に向かった。
 そこで目にしたのは、遥か遠くの海上をジャンプする巨大なクジラだった。

「奴は……!」

 紛れもなく、アティバラスだった。一目で自らが宇宙で誘導しそこねた、あの個体とわかった。

「みんな待て! そいつはただのクジラじゃない!」

 しかし、青年たちの耳には届かなかった。アランは昨晩の話を思い出した。彼らは村のために、強い意志で戦っているのだ。

 青年たちを乗せた舟は、白波を受けながらも、海面に出る大きな背ビレへ近づいていく。

 突如、地響きのような噴気音とともに、アティバラスが潮を噴き上げた。舟に向かって、大粒の海水が降り注ぐ。数艘が、その勢いで転覆した。

 アランは、迷いの中にあった。
 自らが担当する地域以外で、アティバラスと交戦してはいけない。それは、宇宙で決められたルールだった。アティバラスを刺激する行為は、むやみに被害を広げるだけだからである。

 しかしその個体は、本来はこの星にいない、自らのミスで迷い込ませてしまったものだった。
 彼らがアティバラスに銛を打ち込めば、すべての舟が犠牲になるだろう。
 村人たちを助けるには、自分がコルピンイスクで注意を逸らせるしかない。しかし、一機で立ち向かえば、自分の命も危うい。
 彼らは、昨日まで知らなかった他人だ。
 これまでの立場や命を投げ売ってまで、助ける必要があるのか。人間は、ルールの中で生きている。

 アランは、目を背けることにした。
 これでいい。正しい判断だ。どうしようもない。自らに言い聞かせた。

 しかし、善意は頷かなかった。多くの犠牲が出るとわかりながら見過ごした際の、未来の重圧が急にのしかかってきた。ダメだ。動いてはいけない。

――英雄とは。

 アランは歯ぎしりした。
 顔を上げると、その目には、仲間をやられて跳びかかる青年たちが映った。

――それは、恐れを知りながらも、なお自らを奮い起たせ、困難に立ち向かう精神のことだ。

 アランは走り出した。
 コルピンイスクに乗り込み、起動させる。
 スラスターが海面を揺らし、機体が空へ浮上した。

 救助艇からの連絡が、コックピットに入った。

《機体を捕捉した。これから回収作業に向かう》

「その必要はない」

《アティバラスも確認している。なにをするつもりだ!?》
 
 声を無視し、アランは機体の出力を上げた。そのままアティバラスへ向かっていく。

《正気か!? 一機でなにができる! 法をおかせば、流罪は確定だぞ! お前はまだ三十歳だろう、人生を棒に振る気か!?》

 アティバラスが吼えた。アランはすかさず、海面に出てきた目に銛を突き刺した。巨体が暴れ始め、その全身が空中にさらけ出される。
 とっさに銛を抜き、距離をとる。アティバラスがついてきた。急降下。巨体の腹に潜り込み、尾ビレの付け根に向かって上昇し、銛を刺す。抜けない。暴れ狂ったアティバラスは、そのまま海中へ引きずりこんできた。海流を浴びながらも、スラスターを逆噴射し、勢い合わせて銛を引き抜く。
 衝撃で飛ばされ、海上に出た。見失う。上。大きな陰が現れた。ジャンプしていたアティバラスは、大きな口を開いたまま落ちてきた。

 アランは後悔した。やっぱり無理だった。なんでこんな無茶なことをしたのか。本当に命を失ったら意味がない。村人は無事なのか。もはや確かめられない。もうダメだ。
 死が、落ちてくる。精神が、乾いていく。

 いいや、待て。
 感じる。退屈と倦怠感にまみれた日々になかった血の滾りを。日常の小さな充足感では得られない、死線ギリギリの中にある心沸き起こる瞬間を!

 アランは、最大出力を入れた。アティバラスの大きな口を通過し、腹の中を突き進む。そして正中線から巨体を二分するように、尾ビレまで一気に貫いた。


「最期になにか、言い残すことはあるか?」

 流罪を言い渡されたアランは、上司の問いに無言で答えると、カプセル型の棺に入った。
 棺が、宇宙に投げ出される。
 管轄外地域での戦闘行為、未開惑星における原住民への大幅な介入により、アランは宇宙漂流の身となった。
 
 どれほどの時間が過ぎたかわからなくなった頃、棺は、暗礁地域に停泊していた小型宇宙船へ流れ着いた。
 乗務員によって、棺が開かれる。
 アランが目を覚ましたのは、アティバラスを狩るプロハンターたちの艦の中だった。

 生まれ変わったらなにになりたいか。

 アランは、差し伸ばされたハンターの手を、強く握りしめた。

〈了〉4,998字



読んでくださり、ありがとうございます!
今回は、5,000字という短い規定に合わせるため、
描写を大幅にカットして進めました。

漫画的な見え方に視点を置く貴重な体験でした。
なかなか骨が折れました。。。
正直、話が通じたか不安です。。

ジャンプ+の読切の尺を考えると、小説の体裁だと
6,000〜10,000字くらいの方がありがたかったかな〜とも思います。(いや、題材選びが悪い)

とまあ、なんだかんだで、
こちらが新年一発目の作品となりました〜!

感想やコメント、いただけると嬉しいです!
ではでは!


↑コルピンイスクは、ワタリガラスをイメージしてます。

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