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側頭部をドリルで穴開けられた話(その後)

   開頭手術が行われて早3週間。40個はあったであろうホッチキスは全てはずれ、長い間悩みの種であった頭痛どころか、パニック障害すら治ってしまった。頭痛というメインウェポンですらとんでもなく苦しく、何度冷蔵庫に八つ当たりをしてしまったかわからない。冷蔵庫のへこみには、漫画『鬼滅の刃』の煉獄さんのポストカードが貼ってある。サブウェポンのパニック障害はほんとうに気まぐれなやつで、一日に3回は俺を訪れる日もあれば、たまにひょっこりもしてくる迷惑なやつである。いつも海深くで溺れているような感覚で、最後まで慣れることはなかった。これからあいつらと完璧におさらばできる生活が送れると思うと夢のようである。ありがたや。

   手術後に一番警戒していた、感染症や後遺症も一切なく、無事に退院の日を迎えた。しかし、そこまでの道のりは決して楽なものではなかった。脳みその中というのは常に無菌状態らしく、そこに感染症というのは非常にまずい状態らしい。そこでホッチキスでムカデのようになった傷を洗う羽目になった。ただでさえ痛々しい見た目なのに、市販のシャンプーで洗うなんて狂っている。恐怖にどうしても打ち勝つことができず、看護師のおばちゃんに洗っていただいた。昔母親に風呂場で頭を洗ってもらっていた頃を思い出した。洗面器は傷口と髪の毛に付着していた血で真っ赤になり、「え、俺これで生きてたの?」という不思議でなんとも言えない気持ちになった。無事に終えたシャンプーだったが、後に執刀医の先生から「もうちょっと頑張って洗ってね」と他人事だからこそ言えるようなことをポンと言うので、俺はまた恐怖に身体を震わせながら、ゆっくりとゆっくりと傷を洗った。身体の震えはずっと止まらなかった。温水のシャワーだったのに。温水なのに。

   その後はリハビリを繰り返しつつ、後遺症がないかを確認をしていった。特にこれといった問題もなく、数日で終了。手術前に先生から、「最悪のケースだと、視界にモヤが入ったり、黒くなったり、目が少し見えなくなります。」と言われていた。俺は「別にちょっと見えなくなったってかまわんですよ。」と笑ったが、先生方は「ダメですよ。」とだけ言った。まったく、冗談の通じんやつらだ。

   何事もないと思っていた矢先、手術前にあった先生からの話の聞き漏らしなのか、「制約と誓約」が後からボロボロと出てきた。後頭部にもホッチキスが刺さっていたし、カサブタが鬼のツノのようになっていた。(どうせなら頭頂部に欲しかった。)さらに、これから温泉や海にも行けないということ、極めつけに、ごくまれに起こる「かも」しれないという痙攣に備え、車やバイクの運転は1年間できないことを伝えられた。どうしよう。来月の頭に第1希望の会社の最終面接が控えている。一体なんて説明しようか。漫画『HUNTER × HUNTER』では、「制約と誓約」を受け入れる代わりに「念」という強力な力を得ることができる。自分で作った条件さえ満たせば、人間の力を超えることができるのだ。しかし俺の場合は一体なんだろう。1年間車に乗る際は助手席に座る言い訳ができるくらいだ。デメリットとメリットが全く釣り合っていない。あまりにも弱すぎる能力だ。つらい。

   最後の日は退院するまで時間が余っていたので、今までお世話になっていた方々に手紙を書くことにした。大きめのメモ用紙に端から端まで感謝の気持ちを綴った。それを折って、ちょっとオシャレな手紙風折り紙に。前に付き合っていた彼女がよくやっていたやり方だ。嫌な別れ方をしたけど、こんな形で役に立ってるよ。そんなことも思い出していたので、「手術したんだよ。生きてることが嬉しいよ。」くらい連絡することにした。すると「お疲れ様!敷金が帰ってきたから今度送金するね!」(少し省略)との返信。ラッキー!連絡してよかった。人生悪いことばかりじゃない。これでカメラを買えるくらいの資金はできた。これからもドイツにはちょくちょく行きたいと思っているし、親友と東南アジアを旅行する約束もしている。VLOGにでもして、また新しい形でみんなに俺のいい経験も悪い経験もカルチャーにして届けようと思っている。

   私のノートを読んでくれているみなさま、本当にありがとうございます。私は23歳の若さで病気に病気を重ね、気が弱り、自分で自分を信じてやることができずにいました。途方に暮れていました。私の同年代の友人たちは働き、学び、成長しており、時には優しい応援の言葉もどうしても受け取れないこともありました。そういった中で、自分の気持ちや考えを文章にして発信し、みなさまに読んでいただけることでようやく自分に自信を持ち、努力しようと思い直すことができました。本当に長くタフな道でした。1人じゃ絶対に越えられないものでした。この山を乗り越えられたのは、これを読んでくれている方々のおかげでもあります。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。みなさまもどうか、自分のことを、自分の身体を、大事に、大切にしてください。

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