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マンガボックス編集長・安江亮太の、スランプさんいらっしゃい〜人間が一番感情を揺さぶられるのは人間の感情である〜

株式会社ディー・エヌ・エーが運営するマンガ雑誌アプリ「マンガボックス」。有名作家の人気作から新進気鋭の話題作まで、枠にとらわれない幅広いラインナップを擁し、オリジナル作品の『ホリデイラブ』はTVドラマ化、『恋と嘘』はアニメ・映画化するなど数々のヒットコンテンツを生み出してきました。
そんなマンガボックスの編集長を務めるのは安江亮太さん。
本企画は安江さんが編集長の視点から、また一つの事業部を築いてきたマネージャーのビジネス的視点から、これからを担う駆け出しの漫画家のスランプを救うというもの。漫画家のリアルな悩みに対して、安江さんはどうアドバイスをしていくのでしょうか。

安江亮太
やすえ・りょうた
DeNA IPプラットフォーム事業部長 / マンガボックス編集長
2011年DeNAに新卒入社。入社1年目の冬に韓国でのマーケティング組織の立ち上げを手がける。2年目に米国でのマーケティング業務。その後全社戦略の立案などの仕事を経て、現在はおもにマンガボックス、エブリスタの二事業を管掌する。DeNA次世代経営層ネクストボード第一期の1人。
Twitter: https://twitter.com/raytrb

【今回の相談者】

にしもとのりあき
新人漫画家・アニメーション作家。兵庫県三木市出身。精神的に脆かった高校時代、漫画「宇宙兄弟」に救われ「誰かの支えになる漫画を描きたい」と思い創作活動をはじめる。
漫画やショートアニメなどを中心に「弱さ、優しさ、笑い」をテーマに、大人も子供も読んでポジティブになれる創作活動をSNSや雑誌などで行なっている。第72回講談社ちばてつや賞入選など受賞歴10回。
note:https://note.mu/nishimot
Twitter:https://twitter.com/nishimotta

相談:雑誌の毛色が変わってしまった今、このままその雑誌で描いていてもいいのでしょうか?

にしもとのりあき(以下、にしもと):安江さん、はじめまして。長谷川ザビエラーさんの記事を拝見して、僕も相談に乗っていただけないかと思い、今日は来ました。

安江亮太(以下、安江):にしもとさん、よろしくお願いします。リラックスして、なんでも相談してください! 毎回聞いているのですが、まずにしもとさんの現状から話していただいてもよろしいでしょうか?

にしもと:はい。僕は大学を卒業してすぐ描いた作品で、ちばてつや賞をいただいて、担当の方と連載に向けてネームを練ってきました。そのあとも10回ほど賞をいただいたのですが、なかなか連載につながらず今4年目という感じですね。

▲にしもとのりあきさんのイラスト

安江:受賞10回はすごいですね。有名な賞を取って、担当編集もついて、一見、順調そうに見えるのですが、何に悩んでるのでしょうか。

にしもと:そうですね。ステップとしては順調かなと思っているのですが、連載用のネームでずっとつまずいていて。賞を取るときは、自分で面白いと思うものを描いていればいい結果を残せていたんですが、連載となると、ターゲットや路線がかなり絞らなければならず、なおかつ最近編集さんも変わってしまって、アドバイスもガラッと変わってしまって。
僕が描きたいものが描けなくなってきているのかなと……。

安江:なるほど。にしもとさんはどんなものが描きたいんですか?

にしもと:そうですね。初めて賞を取ってネームを持ち込んだとき、その雑誌は作家性が強く、優しく肯定してくれるような作品が多かったんですね。ただ、最近雑誌の毛色が変わってしまい、ビジネス要素や社会的なものが求められてきてしまっていて。その雑誌に載りたいという思いももちろんあるのですが、今どんどんモチベーションが下がってしまっているんです。

安江:ここで想像したいのは、編集の人がどういうモチベーションで、にしもとさんにアドバイスをしているのかということですね。担当編集の方にはどんな考えがあって、そのアドバイスをしていると思いますか?

にしもと:そうですね。うーん、やっぱりいかにヒットさせるか、だと思います。雑誌のターゲットは仕事をしている人なので、いかに仕事のために役立って、その人にいかに刺さるか、というところですかね。

安江:そうですよね。よく見えていると思います。
やはり編集のやりがいって自分の手がけたものがめちゃくちゃ売れるものを作るということが第一にあると思うんですよ。ただ、なんで編集担当がターゲットや社会性にこだわるかというと、作家さんが売れるためには絶対に本誌に載せなきゃいけないわけで、そのステップとして言ってると思うんですよね。
雑誌が売れにくい時代に、雑誌もどんどんシフトしていく一方で、雑誌の編集者であればその戦場で戦うしかない。それはきっとしょうがないことなんだと思います。
でも、にしもとさんは雑誌の毛色の変化を俯瞰して見られていて、ちゃんと違和感を持っている。

にしもと:それで安江さんに聞きたかったことは、今後いろんなところに持ち込むというのがいいのかどうかということですね。僕としては3年もお世話になっているので、もちろん誠意もあるし、他のオファーは断ってきたんです。でも違和感を持ってる今、他の編集部も視野に入れていいのかなと。

「この条件じゃなかったら」「この条件を加えてみたら」とゼロベース思考で考えてみる

安江:なるほど。質問を返して申し訳ないんですが、にしもとさんはどう思いますか? 編集者の気持ちになって一度考えてみてほしいです。

にしもと:うーん、僕がもし担当編集だったら嫌ですね。どのぐらいの熱量かにも寄ると思うんですけど、他の出版社に持ち込んでる作家さんのことをみて、同じように打ち合わせしてると言われたら、ちょっと……。恋愛でいったら浮気みたいな感覚ですね。

安江:なるほど。確かに他の編集部にも持ち込むようになりました、言われた担当編集はショックでしょうね。責任持って作品をみていたのに、作家さんに浮気させてしまったんだから。
でもそうなったら、ひたすら作家さんを振り向かせようと努力すると思うんですよ。そこで編集者がなんとか頑張って、作家さんから、どことどこに持ち込んだけど、やっぱりお願いしたいです、と言われたら、編集者として一番嬉しいですよね。

にしもと:それは嬉しいですね。

安江:処女信仰じゃないですけど、自分のことしか知らない漫画家じゃないと俺は育てたくないっていう編集者は、僕はちょっと賛同しかねて。にしもとさんが想定するさらに先の幸せがあると思うんですよね。
ことビジネスにおいてはいろんなところに見積もりをして、検討するって当たり前のことなんですよね。

にしもと:なるほど。

安江:ここで意識したいのはゼロベース思考というものですね。これは一つひとつの条件を整理してあげて、「この条件がなかったら」「この条件を加えてみたら」どうなるんだろうということを考えてみるもので、そこからいろんな発想が出てくると思うんですよ。
人は無意識に何かにとらわれているので、一つずつ条件をなくしていったときに、自分がどういう発想をするのか、というのを一つの思考法としてやってみるといいかもしれません。

にしもと:なるほど。そう考えると、多分かけた時間や情があって、一つの編集部というところにとらわれてしまっているのかもしれません。

相談その2:魅力的なキャラクターを描くにはどうしたらいいのでしょうか?

にしもと:今日もう一つ相談したいのは、「キャラクターが立ってない」といつも編集さんに言われしまうことです。僕としては好きなキャラクターを現実的に描いているつもりなんですが、キャラクターというのはもともと非現実性がつきもので……。このギャップをどう埋めていけばいいのか知りたいです。

安江:あー、そうですね、まず非現実なキャラクターだけがキャラが立つという前提がおかしいのかなと。すごい髪型と服装をしていて、キャラが立ってる方は現実にもいるじゃないですか。非現実ではない。その上で、にしもとさんの場合は、ちゃんと深掘りできているのかなということが気になっていますね。

にしもと:深掘り、ですか。具体的に深掘りしていくにはどうすればいいのでしょうか?

安江:はい。じゃあ今から一緒に深掘りしていきましょう。現実世界にキャラクターが立ってる人を思い浮かべてください。その人はどんな人ですか?

にしもと:僕にとって理解ができない人ですね。少し変わった方ですが、キャラは立っている。

安江:もっと具体的に教えてください。なんで理解できないんでしょうか。

にしもと:すごく行動的で、面白いことをしている方なのですが、いつも「ワクワクしよう」ということを口癖にしていて、僕には「なんで?」と疑問に思ってしまうんです。

安江:なんでだと思います?

にしもと:なんらかの哲学があって最初はやっていたと思うんですが、次第にそれを言うこと自体にとらわれているのかなと。

安江:でもなんでそんな行動を取れるようになったんですかね? いつもポジィティブにいられるのってすごいですよね。

にしもと:うーん、そうですね……。えーと……。

安江:今「なんでですか?」と何回か深掘りしていくと、結構ぐるぐるしている印象で、その人がなぜその行動にいきついたのか、の根本まで辿りつかなかったんですよね。
キャラクターを考える上でも、ビジネスにおいても、深く思考するトレーニングをどれだけしているかってすごく大事なんですよ。

にしもと:トレーニング、ですか。

自分をよく知らなければ、キャラクターに生を授けることはできない

安江:僕はマネージャーや若手に対して、「あなたはなんのために生きてるんですか」と聞き続けるんですよ。毎週とか隔週とかで定期的に僕と二人で、毎回聞く。すると、だいたい皆困るんですよね。なんのために生きてるか考えたことがないから。バカみたいじゃないですか。でもバカみたいなことをバカみたいに真剣に考えるんですよ。

にしもと:なんのために生きるのかなんて、当たり前すぎてあまり考えたことないですね。

安江:自分自身を深掘りきっているということはビジネスにおいてもキャラクターにおいても大事なことで、自分がわからないという人は、絶対に他人を深ぼれない。
自分をよく知らないのに、キャラクターに生を授けることは難しいと思います。自分の人生を深掘りした先にキャラとしての話があるんだと思います。

にしもと:なるほど。ただ、自分を深掘りした上でもどうしても理解できない人やキャラクターってあると思うんですよ。そういうときはどうすればいいですか?

安江:そうですよね。僕もこれまで会ってきた中で理解できない人間なんてたくさんいました。大量に会ってきて、大量に向き合い続けたんですよね。その上で、自分の附に落としていくというのがいいと思いますよ。
キャラクターを考えることはその人生を想像してみることという認識を持ってみてください。
こちら側が人生やストーリーを勝手に考えることも深掘りだと思っていて、原稿用紙5枚びっしり書けるぐらいに想像してみるんです。

にしもと:想像することも深掘りなんですね、なるほど。それはまだまだ足りないですね。

安江:僕がなんでここまで深掘りを大事にしているのかは、やはりいろんな作品をみてきて、「人間が一番感情を揺さぶられるのは人間の感情」という認識があるんですよね。決して論理だけでは動かないんです。
だから、自分の感情がどう動かされて他人がどう感動していくのかを考えることが大事で。それは媒体やフォーマットが変わっても変わらないことなんですよね。
にしもとさんはお話来ていても俯瞰的に、打算的にものごとをみえているなと思ったので、深掘りのスピードも早いと思います。自分なりに葛藤して今後もいい作品を作っていってください。

にしもと:ありがとうございました。

■スランプを抜けるための道
・担当の気持ちや意図を、その人の気持ちになって一度考えてみよう
・「この条件がなかったら」「この条件を加えてみたら」どうなるんだろうということを考えてみよう
・自分がわからければ、他人やキャラクターを深ぼれない。だから自分自信を深掘りしてみよう。
・どうしても深掘りできない場合は、その人の人生やストーリーを想像してみよう。
・人間が一番感情を揺さぶられるのは人間の感情。論理では動かないということを認識しよう


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ライター・撮影:高山諒 (ヒャクマンボルト)
企画:おくりバント


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