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イカれた土産話

借りている本を返しに行くため車に乗った。隣の市の図書館は、私の住む市より蔵書が充実していてよく利用する。片道20分くらいで着いて、道中の景色もとてもいい。ちょっとしたドライブ、気分転換にもなるからお気に入りだ。

借りた本のタイトルは「やさしい猫」。日本における移民問題について描きながら、普通とは何かを問いかける内容だった。これまで知らなかったことがたくさん書いてあって、ものすごく勉強になった。何かを怖いと感じるのは、そのもの/ことについて知らないからだとよく言われるけど、知ったからといって怖い気持ちが一気に全部なくなるわけじゃない。でも知らないより知ってる方が少しだけ怖い気持ちが減るように思う。
もう何十年も生きているのに、世の中まだまだ知らないことだらけだ。一生学び続けていきたい。知り続けていきたい。

本を返してしまうと、猛烈にコーヒーが飲みたくなった。娘の大嫌いな匂いだから、家では飲めない。図書館のすぐ近くのコンビニでドリップコーヒーを買って、飲みながら帰ることにしよう。100円で買えるちょっとした贅沢。

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コーヒーを手に駐車場に戻る。私の車の隣に停まっている車から、子どもが降りてくるところだった。こんなとき急いで発車するのはやめておくのがいい。せっかくだから、車内でちょっと休憩にしようか。
はしゃいで走り出そうとする子どもを、お父さんが必死に呼び止めている。私もコーヒーをすすりながら、駐車場は危ないからね、と心の中で声掛けする。

3分の1くらい飲んだところで、私の車の前を、隣の車に乗っていた家族が通り過ぎた。私の車に近い方から、お父さん、5歳くらいの子、3歳くらいの子、お母さんの順に手を繋ぎ、連れ立って市役所の方に歩いて行く。お母さんは抱っこ紐をつけていたから、きっともう1人赤ちゃんがいるのだろう。抱っこ紐は大きめのストールのような布で覆われていて、お顔は拝めなかったけど。
4人はそのお顔立ちから、外国の方のように見えた。返したばかりの本の内容を思い出して、胸が少し苦しくなる。どうかこのご家族が、私の住む隣の市で幸せに暮らせますように。後ろ姿を見送り、そう祈りながら車を出した。

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帰り道、小学校の前で信号が赤になり停車した。校門のところに「卒業式」と掲示されている。昨日は雨で寒かったから、昨日でなくてよかったね、と思う。校庭にはスーツを着た保護者と思われる方々が、列を作っている。昇降口から花道を作って、子どもたちが出てくるを待っているようだ。
仲良しのママ友なのか、2〜3人で手を取り合ってきゃっきゃとはしゃぐお母さんたちの歓声が聞こえてくる。嬉しくてたまらないのだろう、まるで子どものようにその場で飛び跳ねている。
その気持ちわかるよ、と思った。私も娘が小学校を卒業するとき、そんな気持ちだった。なんなら私も軽くジャンプしていたかもしれない。
でも今は、この場に出席することがかなわない保護者がいるかもしれないことも知っている。この小学校にももしかしたら1人くらいは、何らかの事情で子どもの卒業がかなわず、来たくてもこの場に来られなかった保護者がいるかもしれない。今の私にはそういう保護者の気持ちも痛いほどよくわかる。

突然、大きな音で、校内放送が流れ始めた。知らない女性の歌声の知らない歌だった。カーステレオで流していた「Who am I」と混ざって耳障りが悪い。信号がちょうど青に変わってくれて助かった。あれ以上不協和音を聴き続けるのはしんどかったし、あの歌とともに花道を通り抜ける晴れやかな笑顔の卒業生とその保護者を真っ直ぐに見られそうになかったから。

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徐々にぬるくなり始めたコーヒーを飲みながら、車を走らせる。BGMは「土産話」に変わった。Rさんのフックが優しく響く。

振り返れば
イカれた土産話が溢れ出る山のように

Creepy Nuts「土産話」

そんなふうに後ろを振り返る日が、一日も早く来るといい。今日みたいな一日も、いつかイカれた土産話の一つにできたらいい。

とりあえず急いで帰ろうか。家を出てから1時間は経ってないからまだ大丈夫のはず。昨夜、このまま何も食べられなくなったらどうしようと言って、泣きながら寝たから心配だけど、まだ目覚めてはいないはず。

目覚めても泣いていたら、一緒に泣こう。泣き疲れたら、一緒に眠ろう。眠れなければ、少しだけご飯を食べてみようか。それでまた食べられなければ、また一緒に泣こう。

20年、お腹の中も入れたら21年、ずっと一緒にいるけど、私はあなたのことを、きっとまだよくは知らないのだろう。食べることが大好きな私には、食べることが苦痛だというあなたの気持ちを理解することは難しい。
でも今は、あなたのおかげで、食べることを苦痛に感じる人がこの世にいるのだということを知るようになった。

これからもよりよく知ろうと努力するから、どうか出来の悪い母親を見ていてほしい。その努力が、あなたをつらさから解放すると信じている。

帰宅して、部屋を見遣る。まだ寝息をたてている。
ひとまず安堵した。

※タイトルは敬愛するCreepy Nuts「土産話」の歌詞から勝手にお借りしています

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