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不用品回収の神

病室。夜8時。

神「ああ、この人ね。じゃあ回収しますね」

彼「ちょっと待って、あなた誰?」

神「不用品回収を生業とする神だけど」

彼「不用品て?」

神「この人。死にかけてるんでしょ?」

彼「死にかけって……。私の父です! 」

神「あごめんごめん、仕事なもんで」

彼「病気で苦しんでる人を不用品呼ばわりするなんてひどいじゃありませんか!」

神「いや、あなたにはわからないかもしれないけど、実質不用品なんですよ、彼は」

彼「そりゃ、もう父は自分で食べることも歩くこともできない、でも……、不用品なんてあなたに言われる筋合いはない!」

神「お気の毒ですが、まあそういうことなんです。我々には、その人がこの世界に適応できるかできないか、そういう基準しかない」

彼「適応? 基準?」

神「ええええ、そうなんですよ、まあそういうことで」

面倒くさげにそう言いながら、彼の父を担ぎ上げようとする神。

彼「ちょっとやめてください!」

神につかみかかる彼。

神「いや、ちょっと……」

揉み合いになる彼と神。

神「……だからぁー」

彼「やめろって言ってるでしょ!」

神「あのねー、まあ、あなたたちには、健康/健康でない、健全/健全でない、適法/違法とか、いろんな基準があるかもしれませんけど、我々はそんなの興味ないんですよ。適応可能/不可能という基準しかないんです」

赤い顔で息を切らし、神を見つめる彼。

神「超シンプルでしょ? つまり病人も罪人もシリアルキラーも引きこもりもブラック企業でメンタルか体をやられて死んでしまう人も、みんなひっくるめてこの世界に不適合、つまり不良品、不用品ってことで、我々が処分することになってるんすよ」

彼「はぁ???」

にっこり微笑む神。

彼「はぁ?はぁ?はぁッ!!? 父と犯罪者が同じだと? あんた何言ってんだよ! 病気で苦しんてる親父と、殺人鬼が同じなわけないだろうがよ」

涙目で椅子から立ち上がり、神に詰め寄る彼。

神「まあまあまあまあ。お、落ちついて」

彼「てめぇ人間じゃねぇ!」

神「(小声で)神です」

彼「あぁ?」

神を睨みつける彼。

神「(小声で)すみません……」

脱力したようにストンと再び椅子に座る彼。

神「いや、まあね、お気持ちはわかりますよ。病に苦しむ家族と、残忍な殺人鬼がなぜ同じに扱われなきゃならないのかと」

額に手をあて、呆然としている彼。

神「しかし我々にも、それなりに合理的な理屈というものがありましてね、それに則ってこの稼業やっとるわけです」

額に手を当てたまま動かない。

神「まずひとつに、我々とあなたがたでは、罪人に対する認識に大きな相違があるわけです、これが大きな誤解の根本です」

彼「……」

神「ねえ、聞いてます? 私の話、興味あります?」

目を赤らめ、肩を落とし、鼻をぐずぐずと鳴らしている彼。

神「まあ続けさせていただくと、我々は罪人を悪とは捉えないわけです。悪ではなく、不憫な不適合者と捉えるわけです。それがあなたがたとの大きな違いです」

彼「なぜ罪人が不憫なのですか。……まあ、たしかに不憫な境遇の人もいるけど……」

神「でしょ? けっこう多いと思いません? 最初なんて酷いやつなんだと思っても、事件の真相が明らかになるに連れ、いつの間にか犯人に同情してしまってるパターン」

彼「いやまあ、あることはあるけど、しかし不幸な境遇でも、犯罪など犯さずにまっとうに生きてる人だっている」

神「そう! そこが適合か不適合の境い目なわけ。罪を犯さなかった人は、その時点で脱落を免れたわけ」

彼「罪を犯した時点で、彼らは不幸にも脱落したと。あなたたちの基準では」

神「いや、正確には、まだ決定ではないんですよ。刑務所はいわば保留機関みたいなもんでしてね。まだ決定じゃない」

彼「?」

神「まあ刑務所は、いわば工場のラインの中で出た不良品をいったん避けておく箱みたいなもんですね。ちょっと手を加えて、また再利用できそうであればラインに戻す。しかし決定的に再利用不可能と判断されれば……」

彼「されれば?」

神「我々の出番です。つまり……」

彼「ポイ」

首を跳ねる動作をする彼。

彼「死刑?」

神「ザッツライト」

体を背もたれに預け、ふぅっと息を吐く彼。

神「そういや、昨日もタレントが麻薬で逮捕されてたね。彼なんてどうなるかなー。落ちるとこまで落ちるか。それともウイリアムバロウズみたいに生還するか」

微笑みながら語る神。白けた目でそれを見つめる彼。

神「しかしアレだよねー。一部のファンがさ、コカインはセレブのドラッグとかさ、彼ならそのうちネタにしてくれるでしょとか言ってんの。そのタレントとしてのイメージがプレッシャーになって薬に走ったかもしれないのにさ。ほんとに彼のことを思うなら、薬で捕まるなんてダサいの一言で、プレッシャーから解放してやらなきゃ」

彼「なんか恨みでもあるんですか?そいつらに」

神「ん? い、いやべつに……」

たじろぐ神。

神「だけどせっかくマーシーとかさ、専門家の先生がさ、薬物依存にはバッシングより、治療との更生のための仕組みが必要って啓蒙してるのにさ、セレブがあぶく銭で、クラブカルチャーのノリでコカインやってますみたいなイメージ植え付けたら逆効果じゃんねぇ?」

同意を求められ、首を傾げる彼。

神「まあ俺もね、中島らもが捕まったときは、なんでらもさん、日本で大麻やるなんてアホらしいって言ってたじゃんって思ったから、ファンの気持ちもわからなくもないんだよねー」

神のほうに向き直る彼。

神「だけどさー、クラブカルチャーなんてそんなもん笑とか言うならさー、“そんなもん”で許してくれるその世界にとどまっとけばいいのにね。ともかく彼のファンたちは、マーシーやあの野球選手みたいな、“麻薬で捕まった惨めなオッサン”枠に彼も入れられるのが耐えられないんだろうねー」

彼「あなたほんとに神なんです?」

神「え? いや……、ちょっとブコメの流れが釈然としなくて……」

彼「え? 神さんはてなユーザー?」

神「え? えーっと……、いやね、誰もかれも叩きまくるとか、誰もかれも許しまくるとか、一貫性があればいいんだけど、自分が好きな人間には甘いっていう、そういうのが許せないというか何というか」

彼「あなた、この世界に適応しにくいタイプでは?」

神「えっ?」

彼「えっ?」

神「……。え、えーっと……。話を戻すと、えーっと何話してたっけ?」

彼「罪を犯したらどうとか、刑務所は保留機関とかなんとか……」

神「そう! それで、逆に、その時点で罪を犯さなかったその人だって、まだ安心できないですよ!その先何が待ってるかわかんないんですから!」

彼「ふむ……」

神「病気になって病棟という保留機関に放り込まれるかもしれないし、ブラック企業で廃人にさせられるかもしれないし、別の罪で牢獄行きかもしれないし……」

彼「なんか嬉しそうですね」

神「いや、そんなことは……」

咳払いする神。

彼「じゃあ、どこまでいっても同情できない殺人鬼はどうなんです? 愉快犯、快楽犯、シリアルキラーとか」

神「そーなんですよ、そこ。そこがミソなんですよ」

爛々と目を輝かせる神。口元が緩む。

神「彼らが持ってる異常性。それはどこから来てるとお思いですか?」

彼「異常性? そんなの、そいつの持って生まれた性分でしょ?」

神「そーなんですそーなんです」

クククと笑いを噛み殺す神。それを見て気味悪げにのけぞる彼。

神「持って生まれた性分。ということはつまり、本人には選択の余地がない」

目をぱちぱちしている彼。

神「そんな異常性を背負って生まれてきた哀れなモンスター」

口元が緩むのを必死でこらえる神。

神「それが凶悪犯たち」

前かがみに姿勢を変える彼。

神「いや実際には、先天的な要因と環境的な要因が複雑に絡まって犯罪者が生まれるわけですが……。そしてこの理屈は、犯罪者以外のあらゆる“不用品”に当てはまる」

刺すような目線で髪を見上げる彼。

神「あなたのお父様のように、息子に愛されながらこの世を去ろうとしている人も、シリアルキラーのように、世間から憎まれつつ死刑を執行される人も、我々からすると等しく不用品」

呆然と神を見ている彼。

神「いやむしろ、誰からも理解されることなく、死を強制される彼らのほうがずっと不憫かもしれない。誰ともわかり合うことができない唯一無二の異常性を持った、唯一無二の不良品」

神の顔から視線を落とす彼。

神「ともあれ我々には、その個体が、この社会、つまりあなたたち自身が作り上げた社会に適応するかどうかしか、それしかないわけです」

彼「父は、組織のために、昼も夜もなく働いた。組織のため、この国のためと言って、眠る時間、自分の時間も投げ売って……」

すすり泣く彼。

彼「それが、父をここに追いやった。この病室に。あなたが言う、不用品の一時保管場所に」

神「あなたのお父様以外にも、そんな人がこの国にはたくさんいますね。まだあなたのお父様は、組織とか国のためという意志を持てていただけマシだったかもしれない。自分の意志さえ持てずに、機械のように働き、やがて消耗して消えていく人たち……」

沈黙。病室に月明かりが差し込む。

神「この国は不思議な国なのですよ。たしかに治安は良く、ある意味では住みやすい。しかし自主的に死を選び、自主的に生を封印する国」

腕を後ろに組み、コツコツと靴音をたてながら室内を行き来する神。

神「後者は少子化のことですが、それはつまり、適応可能かどうかを試す前に諦めている状態と言えるでしょう。親になるはずだった人たち、および子になるはずだった魂たちが」

窓の外の月を見上げる神。

神「まだどうなるかわかりませんが、もしかしたらこの国自体が、世界全体の流れに適応できずに消えていくかもしれませんね。この国の人たちに、適応することを諦めさせてしまう、ハードなこの社会自体のルールが元凶となって」

彼「父は、そんな国のために、そんな社会システムを永らえるために、自分の命を削っていたのか……」

涙声で肩を落とす彼。動かないままの父。

歩くのをやめ、彼を見つめる神。

月明かり。遠くで蛙か何かが鳴いている。

病室の沈黙。

ガバッと父が起き上がる。

彼・神「ヒイッ!!」

父「あんたッ! あんたッ!!」

神に掴みかかる父。

神「えっ? えっ?」

父「あんた、あんたぁあああ……」

神「えぇー、えええぇー……?」

彼「怒ってる。父さん怒ってる」

父「うぅ……。ううう……っ……。」

彼「酷いよね、この人酷いよね、父さん」

神「ち、ちょ……」

彼「そりゃそうだよ、犯罪者と一緒にするなんて。しかし父さん起き上がってだいじょ……」

父「あんたッ!! あんたの言うとおりだ」

彼・神「え、えっ?」

父「何か組織のためだ! お国のためだ! この国はクソだっ!!」

彼「と、父さん??」

父「組織のため。国のため。男なら命を削ってでもやれ。そんな言葉にはもう騙されんぞ!」

神「……」

父「クソぅ、あいつら、そんなしょうもない言葉で人を洗脳しやがって……」

(ゴゴゴゴゴゴ……。病室に轟きが満ちる。それは父の怒りと悟りの音だった。)

バッとベッドの上に立ち上がり、尿管に差し込まれた管をむしり取る父。

偶然やってきて病室の明かりをつける看護師。

看護師「キャアッ!!」

彼「と、父さん!!?」

彼を指差す父。

父「お前、そんな教科書どおりの考え方じゃ、このさき生きていけんぞ」

ピタッと床へ飛び降り、ドアへ走る父。

彼「ちょ、父さん!!?」

ドアをガバッと開け、振り返る父。

父「俺は生きる。お前も……」

彼「……」

父「イキロ」

彼「……と、とうさ……」

目をぱちぱちさせながら、父と彼を交互に見る神。

走り去る父。

病室に携帯のベルが鳴る。携帯を取り出し、通話ボタンを押す神。

神「え? 1414じゃなくて1412室??」

神を見ている彼。

神、通話を切り、携帯をしまいながら、

神「まいったなー、なんか違ったみたい、へへ、えへへ」

ヘラヘラと笑いながら病室から出ていく神。

呆然と見送る彼。

遠くで蛙が鳴いている。

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