国連英検特A級 2回目の二次試験を終えて
2022年7月9日午前7時、すっかり夏らしい暑さに交じる束の間の涼しさを味わいつつ、山口は宇部空港から羽田空港へ飛び立つ。
昨年12月以来2度目の国連英検特A級の二次試験への挑戦の始まりである。
国連英検の受験は今回で通算4回目。苦汁を飲んだ2020年10月と2021年7月、それを乗り越えてなんとか2021年10月の試験でやっとこさして一次試験を通過した。その後二次試験に合格、ありがたいことに総合評価でも10点(8点で合格)をいただけた。
今回の試験は、もはや趣味である。塾講師でありながら、英語の資格を取ったところで昇進にはさほど影響しない。こう聞くと大学生の頃の自分は悲しく思うだろう、英検1級とTOEIC990を達成すれば人生が途端に好転すると妄想していたからだ。しかし、現実の効用は純粋な学習、すなわち学習そのものがますます楽しくなるということだけだ。それでよい、と齢29にしてようやく気付く。
さて、二次試験の会場は前回と同様、四谷の日米会話学院。四ツ谷駅に到着した後、前回受験時にフォロワーの方から声をかけて頂いたのを思い出した。地元に住んでいると、こういう刺激が胸躍る。
前回同様15分前くらいに会場に到着したが、受付時点でなんともう受験できますよと受付の方に言われた。もちろん、お手洗いに行かせてもらい、待機室で深呼吸をしながら時間を稼ぐ。大体受験者は東京会場で10名ほどのようだった。特A級の面接は東京と大阪の2会場のみのため、おおよそ全国で20名前後の受験者がいるようだ。
面接が行われる部屋は5~7室ほどに分かれている。特A級は確認できる限り3~4部屋ありそうだ。
前回は長い廊下の一番手前の部屋に通してもらった。初面接とあって文字通り手に汗握る緊張の中、女性の元国連大使に面接室に案内してもらった。
結論から言うと、今回の面接は厳しいものだった。そして同時に刺激的でもあった。
面接前にスタッフに案内され、試験室の前のパイプ椅子に腰かける。会場は普段は英会話スクールである。上智大学が近く、国連英検クラスがあるという意味では「普通の」スクールでないことは確かだ。それでも、今この自分が腰かけているパイプ椅子や眼前にある別教室の壁や、「お静かに」の注意書きですら、何か骨董品のように価値のある特別なものに見えてくる。田舎者が都会に出てくる漠然とした高揚感がここでも発揮される。この感覚はいつまでも大切にしたい。
面接室まで案内されて5分ほど経った頃だろうか、一人の男性が私の方に近づいてくる。顔を見上げると、国連英検統轄監修官で、大妻女子大学名誉教授の服部孝彦教授がそこにいた。
"This is the interview for the Special A exam. And~"
一番奥の部屋では服部教授が受験者に面接に関する説明をするのは知っていた。なぜなら前回全く会場で、一ノ瀬安先生が服部教授と話をしていたのを見ていたからだ。「私も声をかけてもらいたかった」半年間の願いが叶った。
そして驚くことに、服部教授は私の面接に「見学」という形で、採点はしないが同席するとのことだった。私の中の実質的な面接官は3人になったのである。
果たしてどのような面接になるのか、もったいぶるようだが、徒然なるまま書き綴った結果いつの間にか1400字も書いていたので、二次面接での私のはちゃめちゃエピソードは次回にお伝えしたい。
続く。
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