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テキーラでバスでビニール袋

「OH MY GOD!!!! Does anyone have a plastic bag?!?!(オーマイゴッド誰か!誰かビニール袋持っている人いない?!)」

私の顔を見た男性が、大声を上げた。真夜中のバスでの出来事である。


サンフランシスコ。以前も書いたとおり、私が学生時代に住んでいた大好きな街だ。

サンフランシスコのいいところは、アメリカなのに交通機関が整っていて車を持たない留学生にも優しいところだ。私のホームステイ先は、学校から少し離れたところにあったので、毎日バスで1時間かけて通っていた。

先日久しぶりに当時乗っていたのと同じバスに乗る機会があった。いつも乗っていた真ん中左側の席。いろんな思い出が蘇ったけれど、思い出すのはやっぱり、テキーラショットをして終バスにかけこんだ、あの夜のことだ。


その日、私は大学近くのアパートで開かれた友人の誕生日会に顔を出していた。ようやく21歳になった彼は(アメリカでお酒が飲めるのは21歳から)ここぞとばかりに酒を買い込み、バカみたいに飲んでいた。誰でもそんな経験があるだろう。

私は1時間かけて家に帰らなければならないので、最終バスに乗るためにみんなより少し早くアパートを出る予定だった。ただタイミングが悪かった。「じゃあ帰るねー」と言いに行ったのが、悪酔いしたバースデーボーイが「21歳になった記念に21杯のテキーラショット飲むううう!」と言い出したところだったのだ。

ほぼ初めてのテキーラショットだったと思う。1杯飲んで「あれ、意外と平気じゃん」と思った。私は酒に強くない。もう1杯飲んで「あ、やべえな」と思った。時計を見たら時間もやばかった。泥酔バースデーボーイを振り切って、バス停へ走る。

運転手はいつも寝ている私を起こしてくれる顔見知りの太ったおじさんだった。テキーラダッシュによる酔いの回り方は半端じゃなく、「I'm so drunk!(めっちゃ酔っ払ってる~)」と言ったら「Wow, are you gonna be okay?(わお、だいじょぶ?)」みたいなことを言われた気がするけどあまり覚えていない。今思えば、彼は私じゃなくてバスの心配をしていたに違いないが、大きい声で「だいじょぶだいじょぶーーー!」みたいに言った気がする。うろ覚えだ。


バスに揺られるうちに寝てしまったようだった。家までちょうど半分くらいの真っ暗闇をバスは静かに走っていた。ちらほら乗っている乗客たちも真夜中の静けさのなか無言だった。

そのとき、今までに経験がしたことのないようなめまいと吐き気に襲われた。なん、だ…これは……!!

直感的に「やべえ」とわかった。このままバスに乗っていたらだめなやつだ。でも、このバスは最終。ここで降りたら帰れない。詰んだ。

焦りを無視してテキーラが、せり上がってくる。冷や汗が止まらない。ここでは吐けない。日本人の誇りにかけて…!!そんなことを考えているあいだにもテキーラは容赦なく、外に出ようとしてくる。

そのとき、バスの前方に座っていた男性が、友人に話しかけようとこちらを振り返った。口をきつく結んで、必死にテキーラと戦う真っ青な顔をした私と目が合った瞬間、彼のほうが真っ青になって叫んだ。

「OH MY GOD!!!! Does anyone have a plastic bag?!?!(オーマイゴッド誰か!誰かビニール袋持っている人いない?!)」

これを聞いた乗客たちの団結力はすごかった。男も女も、老いも若いも、みんながビニール袋を探して、かばんを引っ掻き回したのである。

恥ずかしい、申し訳ない、なぜ自分で袋を持っていなかったんだ。まずなんでテキーラなんて飲んだんだ。と猛省とする私の耳には「Oh god, don't throw up on my bus!!(俺のバスで吐くなよ!?)」という運転手の叫び声だけが響いていた。


そしてテキーラは放たれた。バスの床ではなく、無事、ご婦人が持っていたビニール袋へ。

バスのなかに歓声が響く。やった……!!!私は一命を取り留めた少女のように、乗客たちに向かって手を振った。もちろん、誰もハイタッチなんてしてくれなかった。もはや恥ずかしさよりも、安堵と感謝で胸がいっぱいである。

運転手がバス停でもないゴミ箱の前で停車してくれて、私は頭をペコペコ下げながらビニール袋を捨てに外に出た。このまま置いていかれるのでは、という考えが一瞬頭をよぎったが、振り返ってもバスは温かな光を放ちながら停車していた。

サンフランシスコの風は冷たくて心地よく、空にはめずらしく星が美しかった。

この街が本当に好きだ、と思った。


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