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認知科学から解き明かす、学習の逆算型デザインと積み上げ型デザイン

この記事はこんな方向けに書いています:
・アメリカで学べる最新の認知科学について知りたい
・授業や講座の学習目標の立て方についていつも悩んでいる
・プロジェクト学習の学習計画を立てる参考にしたい

5月になってボストンは緑に溢れ、天国のようになってきました。
そんな中、私は今月末にハーバード教育大学院の修士課程を卒業になります!いや〜、1年間あっという間でした。
私の研究テーマはDeeper Learning(より深い学び)だったのですが、春学期はDeeper Learningを色々な学問や角度から解剖しました。
そのうちの一つが今回紹介する、認知科学の授業です。


学生と一緒に発表に関わるTina Grotzer教授。


この授業は「Applying Cognitive Science to Learning and Teaching」という授業で、理科の先生だった経験を持ち、現在ハーバード教育大学院の研究施設であるProject Zeroで研究員も務めるTina Grotzer教授が教えています。
秋学期はDeeper Learningの大枠について学んだのですが、「じゃあ具体的に学校の教室でDeeper Learningを実現するにはどうすればいいの?」ということを認知科学の観点から解き明かしてくれる授業でした。
秋学期に一緒にDeeper Learningの授業を受けていた同級生も多かったのですが、ほとんどが教員経験がある子でした。

授業の流れとしては12週間、こんなテーマで課題の読み物を進め、授業中にディスカッションしていきます。(下線が引かれているテーマをクリックすると、そのテーマについての私のstand.fmの収録を聴くことができます)

1週目 - 構成主義や行動主義などの概念、ディスカッションの意義
2週目 - 思考を促す問い(generative question)
3週目 - 専門性(expertise)
4週目 - 人間の発達段階(developmental theory)
5週目 - 概念変化(conceptual change)
6週目 - プロジェクト学習(project-based learning)
7週目 - 問題解決型学習(problem-based learning)
8週目 - 評価(assessment)、フィードバック(feedback)、足場がけ(scaffolding)
9週目 - メタ認知(metacognition)
10週目 - 類推(analogy)
11週目 - 転移(transfer)
12週目 - 人を中心においた個別指導(human-based tutoring)


12週間授業を受ける中で、私が一番興味深いと思った考え方が学習における逆算型デザイン(backward design)と積み上げ型デザイン(forward design)の違いです。
皆さんは他の人に何か教えるとき、どういう風に教えますか?


教員経験がある方は学習指導要領をしっかり読み込み、そこに書かれている学習目標に沿って、授業時間をどう使うのか、何を話すのか、課題として何を出してどう評価するのかという計画を立てるのではないでしょうか。
私自身前職で探究講座を設計していたときは、学習目標を立て、その目標が達成できるように最後の発表を考え、発表ができるようにそこまでに必要な講義やディスカッションを考えていました。
これを認知科学では逆算型デザイン(backward design)と呼んでいます。


それではその対岸にある積み上げ型デザイン(forward design)とは何か。
そのことをよく体感できたのが、この授業の最終回の「人を中心においた個別指導(human-based tutoring)」でした。
最終回では各生徒がそれぞれ自分が教えることができるテーマを持ち寄り、ペアになった相手に教えながら、途中で一度、最後にも一度振り返りの時間を設けながら「教える」とはどういうことかについて考えます。

私はたまたま一緒に授業を取っていたルームメイトとこのアクティビティをやったのですが、彼女はビジネススクールで学んだ経営戦略の立て方について私に教えてくれました。


ルームメイトがビジネススクールの授業の内容を一生懸命再現してくれます。


彼女は「ビジネススクールで学んだフレームワークの全体像を私に伝える」という明確な学習目標を持ってこの教え合いに臨んでいました。
ありがたいことに、ビジネススクールで配布された資料まで準備してくれています。
生徒である私は、フレームワークについて説明してもらいながら特に価格のところに興味を持ち、どんどん質問していくのですが、そこで時間を使えば使うほどフレームワークの全体像を伝えたかったルームメイトに焦りが出てきました。(ルームメイト、ごめんね…)
私も時間を取ってしまって申し訳ないし、ルームメイトも私が知りたいことや全体像を教えられているのだろうかと不安になっていました。

一方の私は、当時課題の忙しさがピークだったので準備に時間が取れず、「日本人が教えるとしたらもう日本語しかない!」と丸腰で日本語講座に臨みました。
特に日本語を綺麗に書けるようになってもらいたいなと思い、まずはルームメイトに名前の書き方を教えます。
本当は書き順まで教えて「書き順を守ると綺麗に書けるでしょ」ということを伝えようと思ったのですが、ルームメイトは既に正しい書き順で書いていたのでスキップ。
ただ書いているのをよく見ると、日本人としては「プ」の丸の位置や「チャイ」のャの位置が気になるのですが、今本人に伝えるべきか悩みます。
そうこうしているうちに「日本の書き言葉はどういう仕組みになっているの?」という質問が!確かに全体像なんて一ミリも見せていなかった!急いでインターネットからあいうえお表を引っ張り出します…


私は今回教えるレベルとしての自分の日本語に絶対的な自信を持っていたので、ルームメイトにとにかく「実用的な日本語を書けるようになって楽しんでもらおう」という漠然とした目的を持って教え合いに突入しました。
そのことによって私は事例を通じてルームメイトのレベルや興味を感じ取り、ルームメイトが気になったら全体像を見せて理解を深めるという、結果的に積み上げ型デザイン(forward design)方式で教えることになったのです。

例えば赤ちゃんや小さい子どもに教えるときに、まずその子に関心を持ってもらえるように、対象を好きになってもらえるようにと気を配りながら教えることはよくあります。
その子に合わせながら学習目標をどんどん変えていく。
しかし学校教育以降は学習目標が先行する逆算型デザイン(backward design)の方が大人数に効率的に教えやすいため、そっちが主流になっていきます。

世の中では逆算することも大切ですが、一方で臨機応変に対応しないといけない場面や、時を経て人の興味やレベルが変化するというような場面にも多く遭遇します。
そんな世の中に対応できるようなスキルやマインドセットを教えることはできるのか。
どうしたら積み上げ型デザイン(forward design)を体現できるのかという限界に挑戦しているのが、プロジェクト学習ではないかと思っています。


3月に、プロジェクト学習で有名なハイテックハイで開催されたDeeper Learningカンファレンスに参加させてもらう機会があったのですが、その際にハイテックハイに通っている生徒さんから、講義とプロジェクト学習の違いについて丁寧に解説してもらう機会がありました。
そのときに特に印象的だった学びが次の3点です:

・プロジェクト学習は、「生徒の主体性を育む」ことを主眼に置いた教育法の一つであり、学力を高めるためには他の教育法を組み合わせる方が効果的かもしれない。
・プロジェクト学習が生徒にとって真正なものになるためには、問いに対して個人的なつながりが持てるような時間や経験を持ってもらうことが重要である。
・プロジェクト学習を指導することに長けた先生は、個人的なつながりを耕す探究フェーズ(discovery phase)では問いを広く取っている。その中で生徒の関心や進捗をよく観察し、全体での学習目標や問いを何度も手放し再構築する。

↓カンファレンス直後に学びを収録したstand.fmはこちらから


学習は積み上げ型デザイン(forward design)だけで成り立つものではなく、逆算型デザイン(backward design)ももちろん重要になります。
一方で、学習者が学んだことを自分の人生で生かせるような主体性を育むためには、その学習者の理解や文脈にカスタマイズされた学習も必要です。
そのような個別的な学習を実現するために、積み上げ型デザイン(forward design)の考え方を知っていて、統一された学習目標を手放して再構築できるということはとても大切です。
決められた目標を手放すということは、一見心地悪い経験です。
でもそれを乗り越えた先に見える、生きた学びがあります。


そしてこの積み上げ型デザイン(forward design)を経験できるワークショップを日本初で6月に開催します!
特にプロジェクト学習や体験学習などを担当していて、積み上げ型デザイン(forward design)の考え方を実践する必要がある教育関係者・講義設計者の方は、最初の心地悪さとそれを乗り越えた後に見える風景をぜひ自分の身体で体感していただきたいです。
ワークショップの進め方はこの認知科学の授業の最終課題でつくった内容になっているため、Tina Grotzer教授からフィードバックいただいた内容で皆さんに提供したいと思います。
興味がある方は下のPeatixからご応募ください。


7月には別途パブリック・ナレーティブのワークショップも開催します。
2月のトライアル・ワークショップの感想などはこちらの記事から。
皆さんのご参加をお待ちしています。


A big thanks to the T543 class!


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探究学習がすき

すべての人が組織や社会の中で自分らしく生きられるようにワークショップのファシリテーションやライフコーチングを提供しています。主体性・探究・Deeper Learningなどの研究も行います。サポートしていただいたお金は活動費や研究費に使わせていただきます。