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自分の心の願いをリーダーシップに変える、パブリック・ナレーティブ

この記事はこんな方向けに書いています:
・パブリック・ナレーティブやコミュニティ・オーガナイジングという言葉を聞いたことはあって気になっている
・自分探しは進んだけど、どうやって社会に活かせばいいのか分からない
・自分らしいリーダーシップを発揮できるようになりたい


If I am not for myself, who will be for me?
If I am for myself alone, what am I?
If not now, when?

- Rabbi Hillel


ケネディ行政大学院のレクチャーホールで、マーシャル・ガンツ先生が初めてこの言葉を紹介したときに、心が震えたのをよく覚えている。
実は私はパブリック・ナレーティブのことも、それを生み出したコミュニティ・オーガナイジングのことも何一つ知らずに、導かれるようにこの授業を見学しに行った。
秋学期の授業はどれも満足度が高かったけど、今後の人生で一番美しい瞬間として思い出すのは、このパブリック・ナレーティブの授業だと思う。

パブリック・ナレーティブの授業は秋学期前半は自分のパブリック・ナレーティブを作り、後半は今まで経験したリーダーシップの瞬間を分析するリーダーシップ・チャレンジという内容だった。
ガンツ先生が真剣に生徒の疑問や意見に答えてくれる講義の他に、毎週スモールセクションという15名ほどの同級生とパブリック・ナレーティブを披露し合ったり、リーダーシップについて一緒に分析する時間があった。
このセクションで意見を出し合ったりコーチングをし合ったことで、最初は見知らぬ人だった同級生たちとどんどん打ち解け、最後はどのセクションも家族のようになっていたのが思い出深い。

今回このnoteでは、パブリック・ナレーティブとリーダーシップ・チャレンジの重要テーマを紹介しながら、実際にやってみる中で私が考えたことをお伝えしたいと思っている。



パブリック・ナレーティブ


パブリック・ナレーティブとは、「人の心を動かすような、公で語る物語」である。
人を動かすには権威を行使して命令することもできる。
でも、パブリック・ナレーティブが目指すのは、自分の今までの物語を開示することで、共通する価値観のもとに人とつながり、行動を起こすことだ。

パブリック・ナレーティブは次の3つの要素から構成され、これらを組み合わせながら創り上げていく。

・Story of Self … なぜ自分が行動を起こしたか、自身のストーリーを語って聞き手の共感を呼ぶ物語
・Story of Us … 聞き手と自分自身が共有する価値観や経験といった“私たち”のストーリーを語り、コミュニティとしての一体感を創り出す物語
・Story of Now … いま行動を起こすことについてのストーリーを語ることで、共に行動する仲間を増やす物語

コミュニティ・オーガナイジング・ジャパンより
コミュニティ・オーガナイジング・ジャパンより


パブリック・ナレーティブを創るときのポイントはいくつもあるのだが、一言で説明するとしたら共通の価値観(shared value)を軸に、挑戦(challenge)、選択(choice)、結果(outcome)を具体的な瞬間(story moment)を含めて語ることだと思う。
そうすることで、聴いている人は話している人の言葉を受け取るだけでなく、その瞬間の感情を一緒に追体験することができる。

秋学期は私も授業で一度自分のパブリック・ナレーティブを書き、その後Deeper Learningの最終発表用にも書いたのだけれど、こうして何度も書いてみて面白いなと思ったことを3つ挙げてみたい。


1. 具体的なStory momentが何より重要


パブリック・ナレーティブを創るときに、一番人の心が動くのは具体的な瞬間(story moment)を共有してくれたときだと思う。
世の中のスピーチにはデータや定説が溢れていて、「みんなこうだからあなたもこうだよ」というように聴衆を巻き込むことが多い。

パブリック・ナレーティブは少し違う。
自分の具体的なある一瞬を選び、そこに深く潜り込むのだ。
私はStory of Selfをオランダに住んでいていじめられたときの母親との会話の瞬間に絞って書いた。
まったく同じ経験をしている人は、地球上他にいない。
でも私の挑戦や選択、そこに向かうための価値観を味わい、共感してくれる人がいると、そこに私たち(Us)が生まれる。

これは自分がコーチングをやっていて、クライアントさんのシャドウに向き合うときに近いものがあると感じている。
クライアントさんのシャドウをもっともよく追体験できる質問。
それは「あなたのシャドウはいつ生まれたのですか?」と具体的な瞬間を思い出すときだと思う。
それぞれの人の苦しみ、そこから生まれる原動力には、必ずそれが生まれたとある瞬間があるのだ。


2. Vulnerabilityを育んでいる


私はパブリック・ナレーティブの授業が大好きだったのだが、周りの同級生の話を聞いてみると満足度は意外と賛否両論あるようである。
満足度を左右するものは何だったかと自分なりに分析してみると、「その場に自分をさらけ出すことができたか」ということが大きかったように思う。

パブリック・ナレーティブではその感覚を「vulnerability」と呼んでいた。
この単語を英和辞典で引くと、「傷つきやすいこと、弱さ、脆弱性」などネガティブなイメージの日本語が出てくるのだが、英語では「自分をさらけ出す」「自分の弱みに向き合える強さ」くらいなポジティブなニュアンスが含まれている。

秋学期に一度パブリック・ナレーティブのワークショップをやらせてもらう機会があった。
そのときに印象的だったのが、リーダーの立場にいる方が「今までは自分がやったことやその功績でチームをリードしないといけないと思っていたけど、自分が直面した問題やどう悩んで決断したかという部分が大事なんだと感じた」とおっしゃっていたことである。
ただポジティブな結果を披露するだけでは自慢や自分語りにも聞こえる。
その裏にどんな困難や想いがあったかということを、vulnerabilityを自覚しながら語ることで、語り手の本当の価値観にふれることができるのがパブリック・ナレーティブの魅力だ。


3. Shared valueでつながり、Hopeを見出す


最後はShared value(共通の価値観)とHope(希望)について。
パブリック・ナレーティブが実際に使われているのはアメリカの選挙活動をイメージしてもらうと分かりやすい。(実際にオバマ元大統領が選挙のときに活用したことでパブリック・ナレーティブは有名である)
ただし、政治の選挙も含めて、日本でパブリック・ナレーティブを聴いたり披露したりする機会は全然見当たらないなと思っていた。

そう考えると、日本のリーダーシップは権威や立場によって裏付けられていることが多い。
その人がなぜ意見を押し切ることができるかというと「上司だから」「社長だから」「年上だから」「経験が豊富だから」と上下関係がラベリングされているからに思う。
下の人間は、組織構造的にそこに従うことが基本となっている。

パブリック・ナレーティブは権威を行使したリーダーシップではない。
とある価値観を届けることで、聴衆がそこに参加するかの自主性を持って集まるようなリーダーシップなのだ。
だから語り手が想いを持っていることを本当に良くしてくれるという希望も大きな要素になる。
語り手だけでなく、聞き手にも選択肢がもっと増えると、自主性を持って活動できる人が増える世の中になるのではないかと感じた。


リーダーシップ・チャレンジ


パブリック・ナレーティブを創った後に取り組んだのは、このパブリック・ナレーティブを実際に使うようなリーダーシップの瞬間を分析するリーダーシップ・チャレンジだった。
このリーダーシップ・チャレンジでは、リーダーシップは次のように定義される。

Leadership is accepting responsibility for enabling others to achieve shared purpose under the conditions of uncertainty.
リーダーシップとは、不確実な状況下で、他者が共通の目的を達成できるようにする責任を引き受けることである。

- Marshall Ganz


自分がリーダーとして、またはリードされる側として経験したリーダーシップの瞬間を思い出し、Empathetic bridgeという4つの観点に照らし合わせて分析する。


マーシャル・ガンツ先生より


Empathetic bridgeを使ってリーダーシップを分析する中で面白かった気づきも3つ共有したいと思う。


1. リーダーシップには自己の器が試される


今回のリーダーシップ・チャレンジでは、突然リーダーシップを発揮しないといけないような場面として喪失、違い、支配、変化の4つが挙げられる。
自分もシナリオを思い返して分析し、セクションの仲間が発表した場面も聞いたが、このフレームワークを知らずに急にこの4つを体現できる人は仏のように心が広いなというのが正直な感想だった。

離婚することになって家族や友達に自分や子どもの状況を説明するとして、この4つを体現できるか?
多国籍な職場で価値観や慣習が違う中で、この4つを体現できるか?
同じ組織の人からセクハラやパワハラを受けて、この4つを体現できるか?
コロナ禍で今までのサービスモデルでは儲けが出ないのが分かっている中、この4つを体現できるか?

Empathetic bridgeというフレームワークを知ることで突然のことにも冷静に対応できる可能性は広がる。
それと同時にこのようなときに自分はどう対応するか、違う人だったらどう対応するかなど、様々なことに思いを巡らせながら自己の器を広げることも大事なのだと感じた。


2. 日本人は4番目が特に苦手?


リーダーシップ・チャレンジとして、自分も5つのシナリオを分析して、すべてが日本での経験の話だったが、自分がリーダーだったものも含めてこの4つすべてを体現できているシナリオは思い浮かばなかった。
特に思い当たらないのが、最後の「自主性の発揮を可能にしている」場面である。

これはパブリック・ナレーティブの3点目で挙げたように、日本では共通の価値観でつながることが少なく、権威を根拠にしたリーダーシップが多いからのように思う。
親や上司から「自由にやってもいいよ」と言われても、放置されるか結局やることが決まっていることが多い。
相手を信じて「自主性の発揮を可能にする」こともすごく自己の器が試されることだが、リーダーシップの定義を「他者が共通の目的を達成できるように」とすると、常に思い出したいことである。


3. リーダーシップはシャドウとつながっている


最後は、リーダーシップはシャドウとつながっているということ。
自分が抑圧されたことがあれば、リーダーになったときに他の人を抑圧してしまう可能性も高い。
そんなことを分析しながらひしひしと感じた。

5つ目の最後のリーダーシップ分析をどのシナリオでやろう。
そう考えたときに湧き上がってきたのが、同じくオランダでの母親との会話だった。
自分はこの瞬間をきっかけに一種の成功体験を積むことにもなるが、同時に何かを抑圧しながらの成功体験でもあった。
その結果、自分もリーダーシップの立場になったときに、似たような形で抑圧しながらリードするのではないかと思ったからだ。
希望を語ること、相手の自主性の発揮を可能にすることを特に意識したいと、客観的に振り返るきっかけになった。


自分を見つめること、そして見つめた中で社会とどう関わるのかを見つけること。
パブリック・ナレーティブを元にしたリーダーシップは、自分の価値観や経験しか湧き上がらない真正なものだ。
自分らしさで他の人の心を動かし、つながることができるというのが、私がパブリック・ナレーティブを学んで得た一番の希望だった。


最後に、ガンツ先生が最終講義で紹介してくれた歌詞をお届けする。

Freedom doesn’t come like a bird on the wing
It doesn’t come down like the summer rain
Freedom, freedom is a hard-won thing
You’ve got to work for it, fight for it,
Day and night for it,
And every generation has to win it again

- Judy Collins


A big thanks to the A143 class!


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
そして…!

2/4(土)、5(日) 9:00〜13:00の2日間で、パブリック・ナレーティブのワークショップを開こうと思っています!
トライアルのワークショップになるので無料で、なるべく8時間すべて参加できること、ワークショップ後にアンケートにご協力いただくことが条件になります。
参加できる方をもう2名募集しているので、興味がある方は下のGoogle Formからご登録ください。
ちなみに私が30代を迎えて初めての週末になるので、最高の30代の幕開けになるようにゴリゴリ準備していきたいと思います!
皆さんのパブリック・ナレーティブを聴けるのを楽しみにしています。


(2022/1/6追記)ワークショップ参加者集まりましたので、締め切りました!今後参加に興味がある方はこの記事をリツイートなどしていただけると、需要があればまた開くかもしれません。よろしくお願いします!


(2022/5/11追記)
2/4(土)、5(日) 9:00〜13:00の2日間のワークショップを受けていただいた皆さんの感想ツイートを共有します!
こちらの感想を読んで気になった方は、6〜7月のオンラインイベントにぜひご参加ください!



(2023/8/15追記)
7/13(木)、27(木) 18:00〜22:00の2日間のワークショップを受けていただいた皆さんの感想ツイートを共有します!


すべての人が組織や社会の中で自分らしく生きられるようにワークショップのファシリテーションやライフコーチングを提供しています。主体性・探究・Deeper Learningなどの研究も行います。サポートしていただいたお金は活動費や研究費に使わせていただきます。