Deeper Learningとはなにか
「小学校から高校までの間で、大人になった今、一つ学びの瞬間を思い出すとしたらどんな場面ですか?」
これが私がDeeper Learning(深い学び)について説明するときに、皆さんに聞いてみたくなる一番の問いです。
いったいどんな場面だったでしょうか。
何を見て、聞いて、感じましたか。
その瞬間が、今の自分にどうつながっていると言えますか。
この問いは、自分がオランダでの授業は楽しかったことをよく覚えているのに、帰国してからの普通の授業はあまり記憶に残っていないという問題意識から来ています。
確かに個人の基礎学力や社会性も大事です。
でも子どもたちが長い時間を学校教育で過ごすにあたって、点数や偏差値を上げて大学や仕事に選抜され、他人からの期待に応えようとする学習以外に、「美しいものを創り上げた」「新しい命を育てた」「新しい相手やテーマでコミュニケーションが取れるようになった」など「自分らしく豊かに生きるための深い学び」があるのではないかと思ったのが、私が大学院でDeeper Learningについて研究しようと思った発端です。
この秋学期に取ったJal Mehta教授の「Deeper Learning for All: Designing a Twenty-First Century School System」で学んだDeeper Learningについての変遷、自分で考えた必要要素、最終プロジェクトで大学入試制度への応用について紹介していきたいと思います。
Deeper Learningの変遷
Deeper learningの面白いところは、学校教育が工業社会モデルから知識基盤社会モデルに転換できていないという問題が、日本だけでなく世界各国に存在することです。
日本では2017年に新学習指導要領で「主体的・対話的な深い学び」という言葉が使われ、今年2022年からは高校で「総合的な探究の時間」が導入されるなど、国レベルでの取り組みが行われています。
海外でも21世紀に必要な学びは様々な形を見せていて統一名称はなく、検索するときに大変なのですが、私が見かけた中だと特に教育が進歩していると言われるようなカナダ、シンガポール、オランダなどではself-regulated learning(自己調整型学習)、collaborative learning(協働学習)、interdisciplinary learning(科目横断型学習)というテーマで研究されているようです。
アメリカの他の高等機関に目を向けると、ペンシルベニア大学とニューヨーク大学ではproject-based learning(プロジェクト型学習)の研究をされている教授がいらっしゃいます。
Deeper learningと呼んでいるのはハーバード教育大学院のみで、AIの深層学習であるdeep learningと紛らわしく検索もしづらいのですが、shallow learning(浅い学び)もあるという前提で比較してdeeper learning(より深い学び)と呼んでおり、その手段として上の様々な学習方法があるという認識です。
このキーワードはハーバード教育大学院が初めて提唱したものではなく、2013年にヒューレット財団が次の六つのコンピテンシーをまとめています。
一番の学力以外についてもコミュニケーションやコラボレーションについてのコンピテンシーがあるのが特徴的です。
ハーバード教育大学院内では、1980〜90年代に試験偏重型教育のアンチテーゼとして、Ted Sizer、Vito Perrone、Carmen Torresなどが実践と研究を両立させながらボストン近郊の学校で実践できるような十個の共通原則をまとめています。(この実践者の系譜を継ぐのが、別のnoteで紹介するLinda Nathan先生です)
そして社会学寄りなのが、授業を担当していたJal Mehta教授です。
Mehta教授はMost Likely to Succeedのドキュメンタリービデオで有名なサンディエゴのハイテックハイというプロジェクト学習を実践する公立高校のSarah Fine先生とアメリカ中の学校を回り、次の3つをdeeper learningの要素としてまとめました。
この要素を見て、どうでしょうか。
前の2つのコンピテンシーを見てもそうですが、学力と併記して「自我」や「創造性」など生徒らしさを測る指標も等しく含まれているのが特徴かなと私は思っています。
その他にMehta教授がよく言っている特徴もピックアップします。
Depth over breadth(広さより深さ)
Playing the whole game(最初から最後までやる)
→必要な科目をすべてカバーしようとすると、すべての基礎をつまみ食いすることになり、すべてにおいて一番面白い応用の部分に取りかかれず、学ぶことへのやる気を失ってしまうということ。2のフレーズはスポーツは試合で活躍するために基礎練習を頑張るのであり、一生基礎練習をしていては全体が見えなくてレベルアップしないことを指す。Apprenticeship(師弟制)
Periphery is more vital than the core(中心より周辺の方が主体的になりやすい)
→例えば演劇のような課外活動では、自分より経験がある人の背中を見てやり方を学び、そうすることで実践的な学びになっているということ。色々な学校を訪問する中で、先生が仕切っている授業そのものよりも、自分たちで予定や役割を考えて進めることができる課外活動の方が生き生き学んでいる生徒が多かったとのこと。Deeper learning for ALL(全員のための深い学び)
→深い学びは大学を受験する生徒だけに必要なものではなく、高校から職業学校に行ったとしても、そのまま就職したとしても必要な実践的な学びである。日本では知識を蓄えた人が頭が良いという風潮があるが、アメリカでは学びを社会に活かすことが重要だという風潮が強く、学びを活かすことができるのは大学出身者に限らない。
「深く学ぶ」ときに必要な5つの要素
今回授業を通して分かったことは、Deeper Learningには色々な要素があって、教育現場に落としたときにその様子も多種多様だということです。
それでは授業のリーディングやディスカッションを元に、私はDeeper Learningについてどう考えたのか、というところを5つの要素について分解しながらお伝えしていきたいと思います。
自分はヒューレット財団やMehta教授の要素も大切だと思う一方で、なんとなくの流れ(ただし、一方通行ではなくて小さいサイクルで行ったり来たりする)はあるのかなと考えました。
1. Contact(世界を幅広く経験する)
学ぶという行為は、試験や評価など学校や職場の仕組みに適応するためのものではなく、人間が世界で出会う未知に対応するために存在するというスタンスに立つこととします。
そうすると学ぶためには、普段どれだけ未知のことに出会い、どう対応できるか挑戦するということが必要になります。
学術的な成果や卓越した芸術やスポーツの成績を積み重ねている若者を調査した研究(Developing Talent in Young People)によると、どんな才能を持った人でも最初のステップはまず触れて、遊んで、冒険することから始まるとのことです。
この経験はすごくお金をかけるようなことだけではなく、子どもの純粋な興味関心を認知し、親子ともに一緒に驚きながら探究することで育まれていきます。(下に篠原信さんの体験ネットワークの記事も掲載します)
2. Concentration(興味があることに没頭する)
色々なものに触れる中で、どの分野がその人にとって一番興味を引くのかということを見るには「フロー体験」(=没頭、夢中、熱中)の有無が重要だと思っています。
洋書では『Flow』、日本語の本だと吉田尚記さんの『没頭力』に「フロー体験とは何かということがよく書かれています。
没頭するにはある程度スキルが必要という意見もありますが、個人的には人は誰もが生まれながらに「没頭しやすい分野」を持っているという考えで、これが「三つ子の魂百まで(=3歳の頃の好奇心)」だと思っています。
「3歳の頃の好奇心」に素直でいると、その人の表情が生き生きとして、命が輝きたがっているような感覚があるので分かります。
例えば私は3歳の頃から時間があると図鑑を開いて、あいうえお表や動物の種類の写真集をずっと眺めていました。
一方で、同じ家族でも自分の妹は同じ図鑑を与えるとずっとかじっていたという違いがあったりします。
親が「この子にこうなってほしい」という期待の眼鏡を外して、今ここにある子どもの好奇心を味わうと、その子が3歳の頃から「没頭しやすい分野」が見えてくるのではないかと思います。
3. Concept(自分の体験から法則を理解する)
世界の物事の存在を知り、それがなぜそうなるのだろうと自分の力でもがいた後に来るのが概念です。
この時間は今まで体験してきたことがどうしてそうなるんだろうと、子どもと一緒に「振り返る」時間になります。
『How People Learn: Brain, Mind, Experience, and School』では次の調査結果3点が挙げられています。
自分で世界を経験して、何か真剣に考えたからこそ、ここで初めて教科書や講義ビデオなど、今まで人間が蓄えてきた知見が解説される学びが役に立つのです。(下に篠原信さんの教科書考の記事も掲載します)
4. Connection(他人や他の分野につなげて考える)
1〜3までが基礎ステージだで、ここまでの3つのステージを大きくも小さくも色々なサイクルで回して到達するのが、4〜5だと考えます。
ここからは「没頭しやすい分野」を1つ確立しつつあり、その分野の専門家(Expert)に近づいているという前提になります。
『How People Learn: Brain, Mind, Experience, and School』では専門家の条件として次の6つの条件を挙げています。
最初から浅く広く物事を学ばずとも、何か一つのことを極める間に他の知識も必要になります。
例えばマサチューセッツ州の小さい村で教師として本格的なプロジェクト学習を成功させたRon Bergerさんは、『An Ethic of Excellence』という本で生徒が村のためにラドンと水質検査を行った際にはデータ解析、グラフ作成、Microsoft Excelの知識、科学論文・新聞記事・政府報告・調査キットの説明書・過去の文献などを読み解く力、学術論文の書き方など幅広い読み書き・算術の力を鍛える必要があったと書いています。
また、ここまで本格的に何かを行うと、その分野での専門家として周りの人との関係性・立ち位置・役割も見えてくるようになります。
自分の成績や将来の進路のために漠然と学ぶのではなく、今自分が社会でどういう存在でありたいかということを、自分のスキルを伸ばしながら確立していきます。
5. Contribution(ありのままの自分で世界に貢献する)
最後に訪れるのが、ありのままの自分として周りの世界ともつながり、貢献できるようなステージです。
この段階では、自分の在り方と社会の中でのミッションが統合され、「何のために学ぶのか」ということが明確になっています。
「自分はなぜ学ぶのか」「自分は何のために生きているのか」という迷いは少なく、自分の生命エネルギーを思い切り発揮しながら生きていきます。
逆に今の世の中では、これらのステップを踏まない子どもとの接し方や教育の在り方は、よく見られるのではないでしょうか。
自主的に色々なことに触れたり遊んだりする機会を与えず、こちらからやることを指定する
子どもが本来興味があることに対して大人が価値がないと勝手に判断し、全然興味がないことを強制する
体験する前に机上で方程式、文法、一般論を暗記させる、またはこれらを体験と紐づけて振り返る時間を持たない
学校を卒業する直前のタイミングで急に進路を考えたり、卒業生の話を聞いたりして、知らない人の中で今まで学んでいたこととはまったく無関係な道を選ぶ
自分にストレスがかかる過ごし方、周りとの関係性で日々エネルギーを搾取され、健康を害する
この悪循環が少しでも5つの好循環に変わると良いなと思い、今回授業の内容を自分なりに解釈してまとめました。
5つのステップは直線的に進むものではなく、大きく小さくサイクルを描きながら少しずつ進んでいくものだと思っています。
そしてこのような学びをどう実現するか、他の人とはどういう関係性が必要かということはまた別途まとめる予定です。
「深い学び」を広めるために
最後に、この授業の最終プロジェクトを紹介したいと思います。
最終プロジェクトでは、私は中国・韓国・ベトナムの同級生と、Deeper Learning Asiaという、Deeper Learningを促進するような大学入試プロセスを紹介するウェブサイトを立ち上げました。
きっかけとしては、一緒にプロジェクトをやる仲間を探していたときに、「アジアの国でDeeper Learningを推進するのはアメリカと違う難しさがない?」と提起したところ、多様なアジアの国の生徒からの賛同があったためです。
具体的にアジアの国で共通して見られた難しさをまとめると:
大学入試が人生の成功・失敗を左右する考えが強く、精神的な疾患や自殺まで引き起こすほど生徒を追い詰めている
筆記試験のために毎日一人で黙々と机に向かうことが求められ、その後社会で求められるコミュニケーションやコラボレーションのスキルとギャップがある
試験を受ける機会が年1回しかなく、深い学びの証明というよりその日の運の要素も強い
一方で、このウェブサイトをつくったことで、アジアの国と比べた日本の大学入試制度の特徴もよく見えてきました:
日本の高校3年生で筆記試験を受けて大学に進学するのは、全体の25%程度である。
→そう考えると、今の時代、偏差値はいったい誰にとって有益なシステムなのだろうか?私立大学では30年ほどAO入試で試行錯誤してきた歴史があり、近年国公立大学にも広がって多数派に近づきつつある。
→他のアジアの国は試験の比率が高そうなので、他の国の参考になるのではないか?今年度から高校で「総合的な探究の時間」が導入されるなど、総合型入試で必要なスキルと学校の授業を結びつける取り組みも多い。
→アジアだけでなく、他の国の参考になりそう!
日本にいたときは欧米を追っているだけかと思っていたのですが、こちらに来てみると、日本は意外と進んでいて、他国の参考になる部分も多いのではないかと感じています。
後はこの取り組みを学校・保護者主導でどういう生徒を育てたいのか意図を持って取り組むこと、どう生徒の発達に貢献しているのかオープンデータを構築することが大切かと思っています。
このウェブサイトではそのような知見やデータをアジア全体に紹介していきたいと思っているので、もし事例がある方がいらっしゃたらぜひお声かけください。
(現在は東京都市大学のOpen Mission、桜美林大学のSpiral探究入試、慶應義塾大学SFCの学術論文『「AO入試」の再評価』などを紹介しています)
長くなりましたが、Deeper Learningについてここまで読んでいただき、ありがとうございました。
春学期、そして6月以降もDeeper Learningについて実践を踏まえながら研究できる道を模索する予定です。
この分野に携わられている方、ご関心がある方、ぜひお話しましょう!
すべての人が組織や社会の中で自分らしく生きられるようにワークショップのファシリテーションやライフコーチングを提供しています。主体性・探究・Deeper Learningなどの研究も行います。サポートしていただいたお金は活動費や研究費に使わせていただきます。