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実験条件を決めたら次どうする?:バイオ研究シミュレーション②(試薬Aはがん細胞Cに対して抑制的に作用するか)

 前回は、研究テーマをもらってからすぐやること、そして仮説を立てて実験条件を決めるところまでをシミュレーションしました。今回は、実際に解析を行っていきます。(文:小野堅太郎、挿絵:中富千尋)

6.お金と時間から定量解析法を決定する

 実験条件が決まったので、次はどのような観察法を行うかということになります。「細胞が多いか少ないか」は、顕微鏡で細胞を観察すればわかってしまいます。しかし、「少なかった」と論文に書いても、その証拠をちゃんと出せ!と言われるわけです。そこで、顕微鏡写真を論文に出すわけですが、写真は所詮、顕微鏡で観察した内容の一部を切り取っているにしかすぎません。実験は再現性を確かめるために何度も繰り返すわけですが、それがどれくらいばらつくものなのかもわかりません。

 というわけで、近代科学では、実験結果を数値で定量化しないといけないのです(ラボアジェの記事参照)。グラフを書いて、平均値(or中央値)とばらつき度・信頼度を示すエラーバー、そして統計的有意差を明示しないといけません。

 細胞数を定量化する方法は山の様にあります。例えば、「顕微鏡写真から細胞の数を目で読み取る」や「細胞をプレートから剥がして、ヘモサイトメーターでカウントする」など昔のやり方も可能です。しかし、手間がかかります。時間がかかれば、細胞を培養するランニングコストもかかってきます。

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 そこで現在は、画期的な細胞培養アッセイ系が確立されています。大きめのスマホサイズのプレートに98個の円筒状の小さな穴(ウェル)が並んでいるものが使用されています(98-wells plate)。この小さなウェルの中に細胞を撒けば、98の異なる細胞実験を一遍に行うことができるわけです。さらには、ウェル内で生存している細胞の酵素反応による発色反応を利用して、吸光度計から一気に細胞数比率を出すことができます。少ない細胞数で、短時間で、安価に細胞数を計測することができるようになっています。

 どのアッセイ系を利用するのか、には必ずお金と時間を考える必要があります。古い長くかかる実験手法に囚われてしまったら、それはただの実験時間の浪費です。

7.結果は必ず吟味する

 実験技術の進歩により、最近は大量のデータが一気に数値で出てくることが多いです。機械は正直に得られた数値を決められたアルゴリズムに従って値を出してきます。しかし、測定器にかける前の作業は、人間が行っており、間違いをしてしまうこともあるわけです。出力された数値データに関しては、1つ1つ吟味して信頼に足るデータであるのかを判断しなければいけません。下の3点は必ずチェックする必要があります。

①同じサンプルを複数回測定している場合、その値は似通っているか
②同一の実験群内で、飛びぬけて異なる値を示しているものはないか
③先行研究で示されている値と大きく異なることはないか

8.エクセルにまとめグラフを作る

 エクセルは実験データのまとめをするうえで必須のツールです。データをまとめるうえでいくつかのルールがあるので守りましょう。

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①不必要な空白の行・列を作らない。
②セルの結合をしない。
③生データの数値は単位を合わせ、目で読み取りやすい4桁以内の数値にする。
④得られた数値データを単純な数式で処理する。多数の計算が必要な場合はセル内で各ステップ毎に計算値を出して、その繰り返しで処理する。
⑤計算値のコピーによる値ペーストは絶対に行わない。
⑥1ファイル内にグラフから生データのサンプル名までを追えるようにしておく。

 大学院のうちは、このエクセルデータを指導教員に必ず送付しておく必要があります。おそらく初めのうちは、先生からデータのまとめ方やグラフの表示形式について修正を受けることになると思います。

9.先生と結果について議論する

 出来上がったグラフをみながら、先生と議論する必要があります。今回は、「試薬Aを幅広い濃度で作用させ、48時間の長い期間の中でいくつかの観察時点で評価する」と、計画していました。

ケース1:「コントロールと比べて、試薬Aの濃度が上がるにつれて細胞Cの数が減る傾向にあり、この減少は添加6時間以降から始まっていた」

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 まあ、試薬Aは口腔がん細胞Cの増殖能を抑制していると考えていいでしょう。

ケース2:「コントロールと比べて、試薬Aのどの濃度でも変化がなかった」

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 うーん、試薬Aは細胞Cに影響ありません。

ケース3:「コントロールと比べて、試薬Aの濃度が上がるにつれて細胞Cの数を大幅に減らし、この細胞死は添加3時間で既に引き起こされていた」

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 おお、試薬Aは口腔がん細胞Cに細胞死を引き起こす可能性が示唆されます。

 他にもいろんなケースが考えられます。結果が安定していない場合もあれば、濃度が少し上がっただけで強い作用が引き起こされていたり、様々でしょう。

10.次の謎について実験を組み立てる

 ケース1であれば、「試薬Aの抗酸化作用により細胞Cの増殖能が抑制されたのか」を証明しないといけません。酸化マーカーを追跡して、試薬Aにより減少しているかどうかについて実験を計画する必要があります。

 ケース2であれば、残念ながら試薬Aは口腔がんの治療には向いていなさそうだということになります。しかし、濃度をもっと上げたら抑制作用があるかもしれません。もしくは、in vivoでのがん組織内は非常に強い酸化ストレスにあるとの報告もありますので、in vivoでは何らかの効果を示す可能性があります。

 ケース3であれば、試薬Aは何らかの理由で口腔がん細胞Cに細胞死を引き起こしていることを示しています。先行研究では、非がん細胞にそのような影響は出ていませんので、がん細胞特異的な作用かもしれません。当初の予想とは反して、試薬Aは抗がん剤として使えるかもしれないということになります。

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 と、まあ、こんな感じでバイオ研究は行われます。最後のステップ10に辿り着いたら、ステップ1に戻って同じことをやっていきます。この段階では、ほとんど予備実験レベルもしくは論文の初めのグラフが一個できたにしかすぎません。これを何度も繰り返していくわけです。それでは、バイオ研究シミュレーションをお楽しみに。


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