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創造神話と超ひも理論:神々の伝承から学ぶ③

 これまで2回にわたって世界の代表的な創造神話について概説してきた。当時の社会における自然現象の理解からすると、オカルト的な内容になるのは仕方のないことである。限られた情報の中で想像力を働かせて辻褄を合わせていったら、あのような創作になることに納得いく。では、現代科学ではどのように世界創造を捉えるのか。全くの素人だが、超ひも理論と創造神話を語ってみたい。(小野堅太郎)

 超ひも理論は、学べば学ぶほど、ひもではなくて「弦」であるので超弦理論と呼ばれるべきものである。ビッグバン以前の世界を今のところ矛盾なく説明できる理論であって、宇宙の始まりを理解できるかもしれないと期待されている。生物系の実験に携わる研究者ではあるが、行きつくところは宇宙の始まりである。なぜ、今ここにいるのか。なぜ生きているのか。生きることに意味はあるのか。それが知りたくて生きている。科学を仕事にしているのも、歴史や神話に興味があるものすべてこれに繋がっている。

 中学生で周期表を習った時、つまらない化学式の数字合わせのことよりも、原子や分子のことと自分の身体や目前の物が繋がらなくて悩み苦しんだ。電子というものの考え方により、イオン化、電流といったよくわからないものが完全に繋がり、高校の化学・物理学にはまった。親が持っていた湯川秀樹先生の本を読んだり、図書館で矢野健太郎先生の相対性理論の本を1ページ1ページしっかりと読んだりした。同時に谷川俊太郎の詩集やミヒャエル・エンデ「鏡の中の鏡」を携えていたんで我ながら変な高校生だった。大学に入り、生理学と知り合って、生物学をしっかりと勉強する前に実験を手伝い始め、一般相対性理論や量子論の本を買っては読みふけり、いつか誰もが驚くSF漫画を描けないかと夢想するうちに気が付いたら、歯科医師免許をほとんど使うことなく生理学基礎研究者となっていた。そのため、かわいそうな九歯大の学生は私の講義でいきなりインフレーションからビックバン、恒星の誕生から惑星による太陽系の完成、水の話から生命誕生の話になって生物学(生理学)が始まるのである。申し訳ない。

 子供の頃からもやもやしていた超ひも理論について、本屋で科学雑誌ニュートンの2020年8月号を買って読んでみた。面白かった。20年前に量子論の本でおまけに載っていた解説程度でしか知らなかった。noteに何を書こうかと考えているときだったので、インスピレーションで創造神話と結びつき、無理を承知で書いてみることにした。

 宇宙の始まりは点として考えられ、インフレーション(膨張)期から陽子が形成されて高熱(1兆℃)となるビッグバン期。ビッグバン以降は一般相対性理論と素粒子論でおおよそ説明がつく。ギリ観察可能な世界なので、天体観測や加速器によって傍証は多く得られている。しかし、この二つの論が結びつかない。一般相対性理論は重力(時空のゆがみ)を取り扱えるものの電磁気力や他の事が説明できず、素粒子論は電磁気力は説明できるが重力が説明できない。素粒子論はその名の通り、原子をさらに分解して素粒子レベル(陽子をアップクォーク、ダウンクォークなどに)までもっていくわけだが、12種類もの素粒子がある。これでは、神話の神々と同じで多すぎてよくわからないので唯一の創造神が必要ということになる。そこで出てきたのが、超ひも理論であり、すべての素粒子を極小のひも(弦)と考えた。弦楽器では一定の張力で張った弦をはじいて音を出すが、弦の長さを変えることで振動数が変わって異なる音色を出す。つまり、数々の素粒子は弦でできており、弦の異なる振動により異なる性質を持つ素粒子と仮定することになった。唯一神の誕生です。そうすると、素粒子論で取り扱う力は弦の分離と融合で説明がつき、重力は輪っかになった弦が受け渡されるという概念で説明できるようになったのです。

 超ひも理論の発表は当初全く受け入れられませんでしたが、理論が成り立つには10次元が必要だったからです。次元とは、動ける方向性のことになります。発表時は3次元(縦、横、高さ)に時間の1次元を足した4次元が常識でした。葉緑体やミトコンドリアによる共生説やATPの細胞外シグナルもそうですが、後の科学を大きく変える発見は当初、科学者たちに受け入れられません。オカルト扱いです。しかし、次第に多次元の概念は受け入れられていきます。例えば、遠くに一本の電線が張っていれば、絵で描くときは1本の線で描きますね。これは1次元です。しかし、拡大して電線を這う虫の視点で見ると、電線をくるっと一周回ることができます。前後にも動けるんで2次元ですね。さらに電線に凸凹があれば、3次元になります。つまり、1次元に見えていたけど3次元だった、ということになります。すなわち、超ひも理論は、今の世界は3次元(プラス時間次元の4次元)だけれども、そこに追加で6次元が隠れて見えなくなっているだけ、と理解されるようになったのです。

 進化を遂げた超ひも理論では、Dブレーンという閉じた弦(重力)が集まって、開いた弦が付着したものが想定されています(既に理解不能)。これが高次元空間を形成し、複数のDブレーンを配置することで素粒子自体の再現ができないか計算されているようです。隠れた六次元はカラビ・ヤウ多様体と呼ばれ、およそ10の500乗個のパターンがあるとされています。その数だけ物理学法則のパターンがあることになります。すなわち、パラレルワールド、マルチバース(多元宇宙)の考え方が出てきます。さらに、ニュートンの紹介で面白かったのは、「ホログラフィー原理」でした。これは3次元で引きこされた現象は2次元で写し取られた現象と質的に同じである、というものです。過去記事の「超能力から学ぶ」でも書きましたが、我々の感覚は非常に限定的なもので、対外世界を全て写し取っているわけではありません。視覚だけ見ても、網膜で写し取られるものは2次元なのに、我々は明らかに3次元を感じています。奇妙なものです。

 漫画「進撃の巨人」で好きなキャラクターはエルヴィン団長です。彼は、壁内の調査兵団を指揮する団長ですが、多くの若い団員を犠牲にしてでも壁外の巨人と戦い続けます。彼は、壁の外に真実があると信じ、ただそれだけに人生をかけてきたのです。似たキャラクターに主人公の親友アルミンがいます。既にアニメ化されているシーンでもありますので書いてしまうと、エルヴィンは壁外の真実を知ることなく死にます。代わりに、アルミンに使命が託されます。エルヴィンの親友リヴァイは、エルヴィンとアルミンのどちらを生き残らせるかという選択を迫られる名シーンです。リヴァイの判断は、若さだったと思います。リヴァイは何も語りませんが、単純に同じ志を持つ若者たちに時代を渡したのです。

 昔、多くの若者たちは世界の成り立ちについて神話から学ぼうとしたでしょう。ダーウィンの進化論もない時代ですので、人を神とした世界創造神話に出会うわけです。納得できなくても、納得するしかなかったわけです。科学の発展は、徐々にその環境を崩していきます。超ひも理論は検証不可能な仮説です。しかし、数式上ムリなく宇宙の成り立ちを解説できる可能性を秘めています。少なくとも創造神話よりましな説明ができる時代に、今生きていて幸せだと思います。でも、生きてる間に解決する謎とは思えません。科学の凄さは後世につないでいくことです。いつか来るその日まで、学問を紡いでいって欲しいのです。


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