学びの未来研究所

学びの未来研究所

    最近の記事

    「めあて」と「ふりかえり」

     Twitterで、「めあてとふりかえりはいらない」という教師と、それに賛同する多くのコメント見ました。  それで疑問に思ったのです。  「いらない」という教師は、普段、どのように学んでいるのだろう、と。  学習ではありませんが、私たちは、日常でも「めあて」をもって、その後に「ふりかえり」をよくしています。それは、ほとんどが無意識でしょう。  例えばどこかへ行くとき、到着時間という「めあて」をもって「間に合った」とか「遅れたのはあれがよくなかった」などのようにふりかえってい

    スキ
    4
      • 評価ってなんだろう5 ナンバーパーソンの悲劇

         タイトルは、ブレイディみかこ氏によるものです。早稲田大学の菊地栄治先生から教えて頂きました。少し引用します。 この数字は、例えば「珠玉の随筆を書いた14万部さん」とか「著書を上梓した32万部さん」などです。そしてみかこ氏は、高校時代の恩師を思い出します。「君たちは偏差値じゃないんだ」という言葉と。 これは、私が以前から考えていたことにピッタリでした。 最初にこうしたことを考えたのは、野球を見ているときでした。  日本のプロ野球中継でスピードガンが導入されたのは、197

        スキ
        4
        • 評価ってなんだろう4 評価についての備忘録

          評価観を変えよう  今まで書いてきたように、評価は基本的には形成的でありたいと思います。こうした形成的評価は、人と比べるものではありません。  こうした評価観を、教師だけでなく、子ども、保護者も変えることができると、授業もずっとやりやすくなると思いますし、子どもも伸びると思います。  今から三〇年ほど前、兵庫県である市の教師が公文書偽造で逮捕されました。子どもの成績で差をつけたくない、だから通知表を全員3にしたのです。自分が担当している教科を3にすることは偽造ではありませ

          スキ
          2
          • 評価ってなんだろう3 評価についての備忘録

             評価について、書いてきましたが、評価の方法、評価基準など、まだまだ考えることはたくさんあります。  そこで備忘録として、いくつか考えていることを羅列していきます。 満点主義と零点主義  子どもの見方について、平野朝久先生は、おもしろい指摘をされています。  平野先生は、この例から、外山滋比古の「満点主義」と「零点主義」という言葉を紹介しています。「満点主義」は満点を基準として至らないほうに目が向く見方、「零点主義」は零点もしくはこれまでの状態を基準として努力したほうに

            スキ
            1
            • 評価ってなんだろう2 

               学習の評価は、多くの人がテストの結果のようにとらえています。先日、南アフリカで教師の支援している方と会議をしたのですが、南アフリカでは生徒の評価は基本的にはペーパーテストの結果だそうです。  テストによる評価の最たるものは、「入試」です。これは評価を「選抜」として使うことです。そのイメージが強いために、普段のテストも「選抜」であったり「ランク付け」のように捉えられてしまっているのではないかと感じています。そう考えている人は教師の中にも多くいます。  こうしたテストは基本

              スキ
              2
              • 評価ってなんだろう

                 実は評価関係の書籍は売れません。今までの経験ですが、売れたのは「新学力観」がでたときの解説書くらいで、「絶対評価」になったときも期待しましたが、ほとんど売れませんでした。国研がまとめた「観点別評価」についての資料は、そこそこ売れましたが、それでも売れたというレベルではありません。  やはり、教師は評価について関心がないのだろうと感じていました。  でも、それでよいのだろうか、と考えています。  SNS等で流れてくる評価についてのコメントなどを見ていても疑問に思うこともよく

                スキ
                3
                • 新しい学校・新しい教育 学校の温故知新

                  「新しい学校」とはどんな学校なんでしょうか。  さて、問題です。  次の主張は、ある学校の研究書に掲載されたものです。「新しい学校」と書かれてます。  これが公表されたのは、いつでしょうか。  これは、昭和21年11月1日に発行された奈良女子高等師範附属国民学校学習研究会の『学習叢書 わが校の教育』に掲載されたものです。  戦中、それまでの自由教育運動が制限されていたことから、再び解放され、戦後の新しい教育への期待が高まるころです。当時の学校には、全国から一万を越える参観

                  スキ
                  28
                  • 「育て直し」はできませんが、 「学び直し」はできます

                     タイトルは、横芝敬愛高等学校長の白鳥秀幸先生の言葉です。  とある雑誌の編集を手伝っておりまして、その関係で、学校も訪問させて頂き、お話もうかがいました。  白鳥先生は、「学び」を通して、困難校と言われる学校を立て直してこられました。それが冒頭の言葉に表れています。教育に関しては、誰もが名言を言えますが、白鳥先生は、それを机上ではなく、具体的に実践し、驚くほどの成果をだされてきました。今は私立高校の校長ですが、それ以前は、県立高校長や市原市の教育長として実績を残された方

                    スキ
                    9
                    • 教師も哲学をもとう

                      「哲学」というと、「難解なもの」「抽象的なもの」というイメージもあるかと思いますが、ここでは、「判断のもととなるような原理・原則」と考えて頂ければよいかと思います。  私が所属する早稲田大学教師教育研究所の藤井千春先生から聞いた話です。  藤井先生が教え子のアルバイトが、  A 仕事の内容が、詳細にマニュアルに定められているファストフード店  B 企業理念を伝えて、その企業理念に則って仕事について判断するようにするコーヒーチェーン店 の二通りがあったそうです。もちろん、Bに

                      スキ
                      15
                      • 「学び」の過程に、間違いや失敗は必要です-オリンピックで思うこと

                        オリンピックでは、体操の内村航平選手は残念でしたね。  私は、彼らを見ていて思うのは、 「すごいメンタルだなあ」  ということです。  私がやってきたのは、サッカーです。サッカーは、試合で少々ミスしても許されます。むしろミスをするギリギリのチャレンジの方が評価されることもあります。ゴール前で相手と1対1で、ここでチャレンジしないでパスを回してしまうと、そのほうが厳しく批判されることもよくあります(その昔のジョホールバルでの岡野選手もそうでしたね)。  ところが、体操はミス

                        スキ
                        7
                        • 教育の力 -オリンピックから見えること-

                           オリンピックが開催され、すでにいくつものメダルが出ています。  このメダルの獲得の国別の状況を見ていると、決して人口が多い大国だけがメダルをとっているわけではありません。  例えば、ラトビアはバスケットボールの3×3で金メダルを取りました。人口は200万人、男子の平均身長は、日本人とほぼ同じです。特に体格的に恵まれているわけではありません。  スポーツの結果が才能だけに左右されるならば、人口の多い国の方が、有利でしょう。しかし、ラトビアのような小国も金メダルが獲得できている

                          スキ
                          3
                          • 総合は、子どもの自然の姿 -総合的な学習の時間が必要なわけ その2-

                             次山信男先生は、次のように述べられています。 子どもの側に立てば総合的な学習は自然の姿であり、分化された学習は人為の姿と言えよう。そして、自然の姿には自ら道を拓く楽しさがあるが、人為の姿には歩かなければならない軌道が見え隠れする。(次山信男編著『子どもの側に立つ社会科授業の創造-新しい社会科教育像を求める実践的構想15講-』東洋館出版社)  教科というのは、効率よく学校で学習できるようにするためにつくられたものです。実際の社会でも、会社での仕事を学ぶのに、これは国

                            スキ
                            2
                            • 僕たちは総合的な学習で育ってきた -総合的な学習の時間が必要なわけ その1-

                              「僕たちは総合的な学習で育ってきたと思うんです」  中野重人先生に尋ねたら、「おそらく、そうだね」と答えられた。  もちろん私が小学生、中学生の頃に総合的な学習の時間はありません。  ただ、日常にそういうことがたくさんあったのです。  私の子どもが通った小学校は多摩川が近くだったため「多摩川探検」が総合的な学習の時間に位置付いていました。多摩川を通して、環境、地域、いろいろなことを学ぶ学習です。  それを見ていて感じるのは、私が子どものときにやってきたのと同じだな、とい

                              スキ
                              2
                              • 「ここまで来い来いの教育」

                                 前記事では、プログラミング教育や文学部不要論とか古典不要論から「育てたい子どもの姿」を私なりに考えてみました。  それは、企業の求める「人材」と、私は捉えました。  実は、中央教育審議会答申には、「育てたい子どもの姿」が明記されています。 ・ 社会的・職業的に自立した人間として、我が国や郷土が育んできた伝統や文化に立脚した広い視野を持ち、理想を実現しようとする高い志や意欲を持って、主体的に学びに向かい、必要な情報を判断し、自ら知識を深めて個性や能力を伸ばし、人生を切り拓

                                スキ
                                7
                                • 同一鋳型にはめられる子どもたち

                                   プログラミング教育が進められています。  また、文学部不要論、古典不要論なども出ています。  私が、こうした教育改革や議論から感じるのは、次のような子どもの姿です。  英語が話せ、ICTを駆使し、プログラミングができ、わかりやすい企画書を書き、プレゼンテーションが上手で、海外のビジネスマンとも対等に仕事がでるような人  今、社会が教育に要請しているのは、「すべての子ども」をこのような「同質な人」に育てることのように感じるのです。  おそらく本田由紀さんが『教育は何を評価

                                  スキ
                                  13
                                  • 9月入学についての個人的なまとめ

                                     今回のコロナの問題から降って湧いた「9月入学論」は結局のところ、導入は見送られることになったようです。  ただ、まだ来年度からの導入を検討している政治家もいるようなので、実際はどうなるかはわかりません。  私自身は、概ね無理だろうと思っていましたが、賛否は「はっきり言ってわからない」と考えていました。  というのも、こういうことを考えるときには、まず「ベスト」の状態を想定し、それを達成するにはどういう課題があり、どうすればその課題を乗り越えるのがよいのか、を考えるべきだと

                                    スキ
                                    8