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シルク・ドゥ・ソレイユとビートルズの共作「The Beatles LOVE」は至高の芸術作品である

新型コロナウイルスの流行による影響で、シルク・ドゥ・ソレイユがスタッフの約95%を一時解雇すると発表、続いて破産申請の検討に入ったというニュースには衝撃を受けました。ラスベガスをはじめ世界各地の公演が軒並み中止に追い込まれている状況下、シルク・ドゥ・ソレイユはそのビジネス規模ゆえに、甚大な損失を被っていると思われます。このまま都市封鎖や行動制限の状況が続くと、かつてない規模の世界経済へのインパクトを憂慮せざるを得ず、あらゆる産業分野への影響が予見される中でも、芸術やエンターテインメント産業はその存続が危ぶまれる程の危機にあるのかもしれません。ドイツの文化相が「アーティストは生命維持に必要不可欠な存在」とし、政府として芸術分野への大幅なサポートを約束したのは、各国政府のコロナ対策に関する国民へのメッセージの中でも非常に印象的でした。

シルク・ドゥ・ソレイユがこの困難を乗り越え、またその素晴らしいパフォーマンスを世界に届けてくれる時が再び訪れることを祈りつつ、私にとっての彼らの圧倒的ナンバー1の作品である 「The Beatles LOVE」 に関して書いてみたいと思います。

レジデントショーこそ見るべき

シルク・ドゥ・ソレイユは1980年代にカナダのケベック州モントリオールで、大道芸人だったGuy Laliberté(ギー・ラリベルテ)によって設立されたエンターテインメント企業です。大道芸やサーカスの伝統的な様式を使いつつも、ロックや演劇など現代的なストーリーテリングの要素を取り入れて生み出された新しいエンターテインメントは世界中で支持されました。ツアーショーの公演は世界各地で開催され、日本でも1990年代から多くの公演が行われて来ました。

サーカスの要素の強いツアーショーに比べ、本当の意味でシルク・ドゥ・ソレイユの独創的で芸術的な世界を楽しめるのが、ラスベガスを中心に展開されているレジデントショー=常設公演です。彼らのレジデントショーはエンタテインメントの聖地ラスベガスを変えたとも言われ、莫大な予算が投じられた各公演専用の劇場にて、(今年3月に新型コロナウイルスの流行によってショーが中止になるまでは)毎晩のようにいくつものショーが開催されていました。

シルク・ドゥ・ソレイユの作品の中で人気の公演は、ラスベガスのレジデントショーに集中しており、ステージに巨大なプールを出現させる「O(オー)」や、可動する舞台を使った空間演出が圧巻の「KA(カー)」、そしてマイケル・ジャクソンの世界に浸れる「Michael Jackson ONE」などなど、それぞれショーのクオリティは申し分ないものばかりです。

「The Beatles LOVE」はそれらに比べるとやや人気は劣るらしいのですが、音楽史上の重要さに加え、舞台芸術としての完成度の高さから見ても、至高の作品なのです。

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「The Beatles LOVE」の特異性

「The Beatles LOVE」におけるビートルズとシルク・ドゥ・ソレイユのコラボレーションは、今は亡きジョージ・ハリスンが、シルクの創設者であるギー・ラリベルテに、ビートルズの音楽を使った新しい創作を持ちかけたのが始まりだそうです。これは、単にビートルズを題材にしたステージ作品を作ろうとした訳ではなく、1980年に射殺されたジョン・レノンを除く元ビートルズのメンバー3人が参加し、ビートルズとシルクの全く新しい創作として発案されたものだったらしい。残念ながら、ジョージはこのプロジェクトが本格始動する前に癌で亡くなってしまいます。

ジョージの意思を継いで、2人のビートル(ポールとリンゴ)と2人の未亡人(ヨーコ・オノ・レノンとオリビア・ハリソン)、そしてビートルズの偉大なプロデューサーであるジョージ・マーティンとその息子ジャイルズも制作に参画するプロジェクトが始まりました。これは、ビートルズの会社Apple Corps Ltd.、シルク・ドゥ・ソレイユ、そして専用シアターの建設に1億ドルを投じることになるラスベガスのホテル「The Mirage」の3社の共同プロジェクトとなり、数年の制作期間を経て2006年に公演が始まりました。

ビートルズの解散以来、世界中のファンは彼らの活動再開を待ち焦がれていましたが、それはジョンが生前に残した未発表曲のテープを元に、残りの3人が集まってレコーディングし完成させた「Free As A Bird」「Real Love」という2曲の発表(1995年)という形でしか実現していませんでした。

「The Beatles LOVE」は、シルクのショーであると同時に、ビートルズの最後の作品でもある、と言えるレベルの全く新しい創作であると私は思います。この作品の制作過程のドキュメンタリーである「All Together Now」を見ると、それがよくわかります。20世紀でもっとも支持されたロックバンドであるビートルズの音楽と、新しい舞台芸術を生み出したシルク・ドゥ・ソレイユとの類い希なるクリエイティブ・コラボレーションが生み出した、音楽と映像とパフォーマンスを融合させた作品なのです。

世界が望んだ『新しいビートルズ作品』

"There was the possibility that Cirque wanted use Cirque's interpretation of Beatles music, with possibly musicians on stage just like, you know, normal Cirque shows." and I said, "No, It's got to be the Beatles' music" 
 - Neil Aspinall, CEO Apple Corps Ltd

Apple Corps Ltd.のニール・アスピノールは「普通のシルクのショーのように」ビートルズの音楽をシルクの解釈で使用したり、あるいは別のミュージシャンが演奏する可能性を否定し、ビートルズの音楽そのものでなければならない、と強調します。そして、ビートルズのほぼ全作品のプロデューサーを務めたジョージ・マーティンとその息子ジャイルズ・マーティンの共同プロデュースによる、気の遠くなるような作業が始まるのです。

2人はビートルズ楽曲のオリジナルマスターテープやアウトテイク、ありとあらゆる音源を掘り起こし、リミックスやマッシュアップを重ね、シルク・ドゥ・ソレイユの新しい舞台芸術のための「新しいビートルズ作品」を作り上げます。(このアルバム「LOVE」はサウンドトラックアルバムとして、グラミー賞2部門を受賞しますが、サントラというよりも、正式にビートルズのニューアルバムとしてリリースされています。)

このアルバムを最初に聞いたときは、ビートルズの楽曲が「切り刻まれ」てリミックスされているコラージュ作品のように感じ、かなりの違和感と同時に、その斬新なアレンジの数々に驚いたのを覚えています。すでにラスベガスで4度(!)も「The Beatles LOVE」を観て、そしてその制作過程を「All Together Now」で確認し、創作の意図も深く理解できた今では、まさしくビートルズの重要なアルバムの一つとして楽しめるようになりました。

時代と心象風景

2006年7月にスタートした「The Beatles LOVE」は、10年目の2016年にリニューアルされました。その年に亡くなったジョージ・マーティンに変わり、息子ジャイルズ・マーティン音楽監督(すでに大物プロデューサーに成長!)の手により再編集された音源と、さらに洗練されたパフォーマンスと新たな演出を追加することによって、完成度の高い魅力的なショーとして進化、再スタートしました。

ショーはビートルズのライブを現代的に、最新の映像・音響システムそしてシルク・ドゥ・ソレイユのアクロバティックな演出で表現した部分と、楽曲(あるいはマッシュアップされた楽曲「群」)ごとに、イギリスの労働者の街リバプールで育った4人がロックスターとなっていたその時代の心象風景を(サイケでスピリチュアルに!)表現している部分が絶妙に交差し、4人の音楽性とそれぞれの人生が表現されています。

I tried to touch the main emotions that went throughout their experience, building this show as a rock-'n'-roll poem. 
 
- Dominic Champagne, Director & Writer, Show Concept Creator

「The Beatles LOVE」の脚本と監督を努めたDominic Champagne(ドミニク・シャンパーニュ)が、ビートルズ4人のエモーションに触れるべく、それぞれの人生のストーリーと音楽表現を深く掘り下げて創作に当たり、それゆえに楽曲の解釈に悩み、彼らを解散に追いやった4人のバランスに苦悩する姿が「All Together Now」に描かれています。ヨーコとオリビアがドミニクに「ジョンの音楽は…」「ジョージの曲にこの表現は…」と熱く語る姿、そしてポールやリンゴがドミニクら創作メンバーにビートルズとしてのアドバイスをしている姿には、本当に引き込まれます。

The Mirageの「LOVE Theater」の舞台は 360 度あらゆる方向から観覧できる特設ステージで、2,000余の客席に6,000個以上設置されたスピーカーは、史上初となるビートルズのサラウンドサウンドの臨場感を演出し、32台のデジタルプロジェクターが巨大なパノラミックスクリーンと劇場を分割するように現れる巨大半透明スクリーンに、美しいデジタル映像を映し出します。もちろん、シルクのアクロバティックな舞台を支えるクレーンやトラップなどの舞台装置も完璧に装備されています。

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圧巻のショー「The Beatles LOVE」

この作品だけは、何度見てもショーが始まって終わるまで心が揺さぶられ続けるのですが、その中でも特に印象に残っている楽曲と演出に関して。

Because / Get Back
ビートルズの未発表音源をまとめた「Anthology」シリーズに収録されていた「Because」のアカペラバージョンからショーは始まる。美しいコーラスから一転、仕切られていたスクリーンが開き、ビートルズの楽曲の有名なフレーズやリズムを経て、Apple社屋上での「Get Back」のライブ音源に。シルクのアクロバティックなパフォーマンスと映像の演出により、4人がそこにいる感覚。ジョージ・マーティン親子がオーバーダビングやリミックスを重ね、6,000個のスピーカーが表現する臨場感。このオープニングで鳥肌が立ち、ショーに引き込まれる。
Gnik Nus / Something / Blue Jay Way
ジャイルズ・マーティンがジョンの「Sun King」を逆再生させたものを父ジョージに聴かせたところ、非常に気に入って「Gink Nus」が生まれた。ステージではこの音源からそのままジョージの名曲「Something」に入るが、その舞台の美しさは必見。宙を舞う4人の女性ダンサーの中で揺り動くひとりの男性ダンサーが苦悩を表現。半透禍スクリーンに映し出された女性の姿の抽象的なグラフィカルな表現も官能的で美しく、心を奪われる。
Being For The Benefit Of Mr Kite! / I Want You / Helter Skelter
まさしくシルクにうって付けの「Being For The Benefit Of Mr Kite!」は、アルバム「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」でジョンがサーカスのポスターを題材に作った名曲。シルクの本領発揮ともいえる縦横無尽なサーカスのパフォーマンスは圧巻。「I Want You」「Helter Skelter」やその他の音源もごった煮に近いリミックスで演出を盛り上げている。
Strawberry Fields Forever
ジョンのボーカルが印象的な初期のアコースティックなテイク(ヨーコが新たに提供したらしい)が、あのサイケデリックな完成形に進化していくようにリミックスされている。後半は「In My Life」やら「Hello, Goodbye」やらのフレーズが挿入されて賑やかに。ステージでは幻想的でサイケなTea Partyが繰り広げられ、ジョンの描いた"Nothing is Real”な世界観がシルクの創作として表現される。
Within You Without You / Tomorrow Never Knows
サンプリングとループを使用した革新的なサイケデリックサウンドの「Tomorrow Never Knows」のドラムとベースに、同じくインドのインスピレーションによって作られたジョージの曲「Within You Without You」をリミックスして一つの曲に仕立て上げた驚くべき楽曲。ステージでのこの曲の演出も秀逸で、劇場全体が観客ごと一つの巨大な光のシーツで包み込まれてしまう。
Octopus's Garden
ゆったりとした「Good Night」のストリングスに、リンゴの「Octopus's Garden」のボーカルが重なって、徐々に音が付加される。光に包まれた海の中の世界が、シルクの魔法のような演出で見事に表現される。
While My Guitar Gently Weeps
「Anthology」に収録されていた、ジョージのボーカルが儚くも美しいデモテイクバージョンをドミニク・シャンパーニュが気に入り、ジョージ・マーティンが編曲、ストリングスを新たに録音して追加、見事な楽曲が完成した。舞台では、1人の女性ダンサーが切なく踊る姿に、繊細なプロジェクションによって楽曲の世界感が表現される。息を飲む美しさ。
A Day In The Life
フォルクスワーゲンのビートルを象徴的に使い、「A Day In The Life」の不思議な世界観、当時のイギリスのなんともいえない雰囲気を表現した、素晴らしいステージ。圧巻。
Hey Jude / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise) / All You Need Is Love / Good Night
ショーのエンディングに向けて畳み込むように展開される名曲たち。アンコール的にキャストが舞台に集結し、ビートルズの4人のモンタージュが投影され「All You Need Is Love」のメッセージ。もう、涙が溢れて止まらない。ショーは余韻を残しながら、ジョンのおどけた”Good Night”の声で終わる。

YouTubeに「Making "While My Guitar Gently Weeps” (LOVE version)」という映像がアップされてました。「All Together Now」のスペシャルコンテンツとして収録されている、ジョージ&ジャイルズ・マーティンの当時の制作過程に加え、後半は「The Beatles LOVE」10年目のリニューアル時にプロジェクションマッピングの実写映像が話題になったミュージックビデオの一部も追加されています。

世界のエンターテインメントが早く人類の手に戻ってきますように。

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