一郎さんを明るく介護

夫は44才で脊髄小脳変性症になり15年が経ちました。現在59歳。症状は徐々に進んて…

一郎さんを明るく介護

夫は44才で脊髄小脳変性症になり15年が経ちました。現在59歳。症状は徐々に進んで要介護5。そんな中でも「食べたい」に貪欲な一郎さん。介護に笑顔を!いつでも心から笑える私たちでいたい。介護の日常と妻の視点から思うことを綴ります。一郎さんの還暦記念に写真展をやります。

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「一郎さん家の明るい介護」写真展を開催します

多系統萎縮症になり15年が経過しました。現在、要介護5になった一郎さん。 お陰さまで、5月に還暦を迎えることとなりました。 これを記念して一郎さんの介護の日常を写した写真で写真展をGWにみなとみらいで開催することに決めました。 誰にとっても身近なものとなっている「介護」。 漠然とした不安や心配、辛く大変なイメージの介護に対して、「こんな家族もいるんだ」という事を多くの方に体感していただきたいという想いで企画しました。 多系統萎縮症という指定難病を患い15年が経過し、現在

    • 写真展をやると決めました

      写真展をすることに決めました  「一郎さん家の人々」 ベタなタイトルどうでしょう 一郎さんが多系統萎縮症と診断され 自宅療養が始まったのが15年前 そして誤嚥性肺炎で半年間入院 喋れない、動けない要介護5状態で退院 生活がガラッと変わり どうなってしまうのか不安でしたが そんな生活がもうすぐ3年になります   介護って一人では厳しいです ひとりでやろうとしたならば きっと潰れます 実際にやっているのは 私がメインだとしても たくさんの人々に助けられながら 笑顔を

      • フォトメッセージ

        • あなたは自由よ自由なのよ

          あなたは自由よ 自由なのよ たとえ肉体は忙しくても あれもしなきゃ これもしなきゃ やることがいっぱいだったとしても あなたは自由よ 心までそこに縛られないで 心は自由でしょ 何を考えてもいいし 想像してもいいの 心は自由にイメージを飛ばしてみてもいいのよ そこに縛られないで 心は自由なのよ 自分を歓ばせてあげて ・ ・ ・ 過去に書いたノートを見返していたら上記の文章が書いてあった。2019年5月4日(土)7:27と記してあった 誰かの言った言葉なのか

        「一郎さん家の明るい介護」写真展を開催します

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        • 介護しながら感じていること
          3本

        記事

          東京都障害者休養ホーム事業の助成を使ってホテルに宿泊してみよう

          東京都障害者休養ホーム事業とは まずはじめに、東京都障害者休養ホーム事業とは何なのか? ネットで検索してみました。 「障害者(児)が家族や仲間とくつろげる保養施設を指定し、この施設を利用した人の宿泊利用料の一部を助成する制度」とあります。 そんな制度があることを初めて知りました。 利用するホテルのHPに 東京都障害者休養ホーム事業の助成制度をご利用頂けます。 たまたまこの一文が目に入ったから 知っている人だけが利用できるんですよね。 難病になっていろいろと手続きする時に

          東京都障害者休養ホーム事業の助成を使ってホテルに宿泊してみよう

          あなたの可能性がお金に変わる

          こんにちは、今日は本の紹介をしたいと思います。 本というよりも、この本を書いた山口朋子(MOMO)さんを紹介したいと思っています。 と言うのは、こんな生き方もあるってことを教えてくれた方だから。 私にとって3つのビックリ!!がありました。 MOMOさんとの出会いは、かれこれ10年以上前になるのかな MOMOさんが主催していた『彩塾』に受講生として参加したのがはじまりです。これからは、インターネットの時代だからスキルをつけておいた方がいいと思ったのです。 その時には既に一

          あなたの可能性がお金に変わる

          制限があるからこそ行動出来るのかもしれない

          制限があると、いろいろと制約がかかり選択の幅が狭くなるような気がしていた。動きたいのに動けない。そんなジレンマを感じていた。 自宅での介護はある意味制限がある状態だ。好きな時に時間を気にせずに家を空けれない窮屈さがある。 だけど最近、制限があるから選択肢が狭まるのではなく、制限があるからこそ選択肢の精度が上がるのではないかって思うようになった。 一足早く咲く菜の花を見に 吾妻山公園へ 2年前にSNSの投稿で、この公園のことを知ってから、一足早く咲く菜の花を楽しみに出か

          制限があるからこそ行動出来るのかもしれない

          自分の好きにこれまで以上に忠実に

          自分の望む方向に進んでいきたい そして自分の本質を生きていきたい そんな風に益々思うようになってきた そもそも「本質」とは何なのか、 言葉の意味を調べてみると こう書いてあった。 そのものとして欠くことができない、 最も大事な根本の性質・要素 ということは、 私としてあるために絶対に必要な要素 であると言える 何が好きで 何が嫌いなのか 何をやりたくて 何をやりたくないのか どんな時に嬉しい、楽しい、幸せを感じるのか どんなことが、 悲しみ、怒り、悔しさを感じるのか

          自分の好きにこれまで以上に忠実に

          あなたの中にある可能性や魅力はあなたの旨味である

          私は写真を撮っている。朝日や夕焼けなど、自然が見せてくれる光と色どりのある風景を撮ることが何よりも楽しい。 もっと赤くなって欲しいなぁとか、雲が移動してくれたらいいのにとか思うこともあるけれど、こちらの意図どおりにはならないしコントロールできないのが自然というもの。だから目の前に広がる景色をそのまま撮っている。 自分で意図して作り出せないからこそ、心震えるシーンに出会えた時がたまらなく嬉しい。心が満たされる幸せの時間なのだ。 これって実は、人物を撮る時にも全く同じなんだと

          あなたの中にある可能性や魅力はあなたの旨味である

          介護中のリフレッシュ法

          現在私は夫を自宅で介護している。 だんだんと進行していく病気で、病名がついてから今年で13年目になる。 昨年の2月から半年間の入院で、状態が一気に変化し要介護5へ。 昨年の9月から自宅介護ががっつり始まったのである。 要介護5というと、日常における全ての事を介助なしでは出来ないという状態である。着替えから歯磨きはもちろん、食べ物を口に運ぶ事さえも出来なくなった。着替え、髭剃り、歯磨き、食事、オムツ交換など何かをしたい時には付きっきりの介助が必要なのである。 何かをする時に

          介護中のリフレッシュ法

          夫を自宅介護中ですが

          いずれ迎える生命の終わりのために、どう生きるのか? そんな風に思うようになったのは、夫が病気になってから。漠然と考えていた「死」がぐんと身近な事となった。 夫は「多系統萎縮症」という小脳や脳幹部分が萎縮していく原因不明の難病を患っている。44歳で発病。徐々に進行し13年が過ぎた。現在は要介護5になり、全ての事を介助なしでは出来ない状態になった。 夫の姿を通して「いのちの期限」をそして「自分を生きていく」ことを真剣に考えるようになった。限られた時間の中で私はいったい何がした

          夫を自宅介護中ですが

          縁の下の力持ち

          華やかな真紅の曼珠沙華に ついつい目がいってしまうけれど その下で黙って立っている茎の姿も見てほしい しゅっとして美しいではないか 細いからだで 大きな花を支えている 寄りかかることなく 1本1本が自立している 首を垂れることなく 凛として立っていれるのは この茎の存在があるからこそ 潔く、力強い そんなところについ目が行ってしまう

          突然のまさかのために残された家族がしておいた方がいい事

          「どういたしましょうか?」 担当者さんに促され、パンプレットを見つめる父と姉と私。それぞれ、無言でじっとパンフレットを見つめていた。そこには小さな写真とそれぞれの特徴や素材などが書かれた説明文が載っていた。 「うーーーん」 決して楽しい買い物ではない。母の葬儀のために今ここで決めてしまわないといけないのだから。 「祭壇はどれにいたしましょうか? 今は花祭壇が人気でございます」 写真をみると、華やかな花たちが一面に飾られとても綺麗だった。お花が好きな母だったのでそれもいい

          突然のまさかのために残された家族がしておいた方がいい事

          不満なく、我慢なく、そして後悔のない介護のために

          「うんうん、そうなのね」
 「へぇ~そうなんだ」 
投げかけた言葉を素直に返す。それだけでいいのだ。 その言葉の奥に何があるの?どういう意図でそんなこと言うのか? ついつい深読みをしていまう私。だが、そんな詮索はいらなかったのだ。 そう思ったから、ただ言っただけ。 言葉の裏などないし、深い意味などそこにはなかったのだ。 だから私は「ふーん、そうなんだ」と答えるのが一番いいのだ。 夫婦の会話はシンプルでいいのだ。 結婚22年目にしてやっとこさ気がついた。 スムーズに流れる

          不満なく、我慢なく、そして後悔のない介護のために

          なぜ私が警察の取り調べを受けたのか?あの日の取調室での出来事

          「じゃ、こちらにお座りください」 担当者に促されて狭い部屋に通された。 そこは、広さ一畳分くらいだろうか? パタンと閉められたドアには鏡がついていた。 「あ、これはマジックミラーなのかしら」 そんなことを思いながら部屋をぐるりと見渡した。 スチール机一つとパイプ椅子二つ、それだけしかない殺風景な部屋だった。 私はとある警察署の取調室にいる。 刑事ドラマで見るような犯人を取り囲み問いただす様なスペースはない。 「では、話を聞かせてもらいますかね」 向かいに座った

          なぜ私が警察の取り調べを受けたのか?あの日の取調室での出来事

          自由に羽ばたく鳥のように

          大空に羽ばたく鳥のような雲 この風景がふと頭に浮かんだ 遮るもののないどこまでも広がる風景 ここは4年前に訪れた出雲の空 大きな羽を広げた鳥になり 大空を駆け巡る龍になり 好きな様に形を変えて どこまでも自由にのびやかに そんな遮るもののない風景に私は憧れる 都会暮らしは何かと気ぜわしい いつも何かに追われている様な気がして だんだん窮屈になって来る そんな時は空を飛んで 遮るもののない風景に会いに行こう こころを自由に開放しよう

          自由に羽ばたく鳥のように