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初めての彼氏で、夫で、今は異国で暮らす君へ

夫とわたしは、大学の同級生だ。夫は中学からエスカレーター、わたしは高校まで公立で育った生粋の下町っ子。付属組でワイワイ集まっているのを眺めつつ、わたしは「一生関わり合うことのないだろう、手塩にかけられたお坊ちゃんたちだな」と思ったのだ。

大学入学時のわたしは、イタく尖っていた。「夫はいらないけど子どもは欲しい」と、精子バンクの利用を真剣に検討する女子高生だった。また、家業を営む家に生まれた長女で、下に弟が2人いたこともあり、いかに家がわたしにお金をかけなくて済むか、祖父母と母の折り合いをつけるか、母の愚痴をどうやり過ごすか、そんなことばかり考えて育った。

だから、お金も時間もかけて育ってきた彼らがうらやましくもあり、また、蔑んでもいた。苦労は買ってでもしろ、憎まれっ子世に憚る。頭の中で、呪文のようにそう唱えていた。

大学2年の夏、なぜか彼と話す機会が増えて、方面が同じだという理由で一緒に帰るようになった。彼は、明るくて楽しかった。2000年代当時、「クール」がもてはやされる風潮の中、彼は何事にもアツかった。それが同級生の琴線に触れ、意見の衝突が起こることもあれど、全体的に彼は「愛されキャラ」だった。

「愛されキャラ」という時点で、わたしとは違った。わたしは、礼儀の良さがかえって仰々しくなってしまい、先輩ともうまく距離が詰めなかった。彼は、先輩からも後輩からも、よくイジられた。この人は、人気者なんだなぁ、と羨ましく思った。

飲み会の帰り道。浴びるように飲まされた彼と、同じ道を歩いて帰る。ガードレールのない薄暗い道を、車が走った。

「あぶないよ」

そう言ってわたしの腕を引っ張り、歩道側を譲ってくれた。身長165センチはあるわたしを、いとも容易く自分の方にたぐりよせた彼の腕に、はずみで体が触れる。肩の位置がまるで違う。びっくりして彼を見る。フェイスラインの整った横顔が、斜め上にあった。

わたしは、こんなことで、恋に落ちた。


そんなこんなで、この「彼」が、将来のわたしの夫である。
いささか美化しすぎたきらいはあるが(思い出とはそういうもの……)、彼もわたしも、若かった。何も知らない、未来には夢ばかりの、若者だった。

大学時代から付き合って15年が経った。
途中でわたしたちは、社会人になり、遠距離恋愛をし、結婚をして、親になった。
喧嘩もしたし、たくさん泣いた。激しい口論になったこともあった。
わたしたちは、ずいぶん、遠くまできてしまった。

彼は、わたしの「明るく元気で、何事にも一生懸命なところが好きだ」と言った。
わたしも彼の、一生懸命なところが好きだった。そして、わたしにはいつだって、優しかった。

いま、わたしの夫は日本を離れ仕事をしている。半年間は会えない。
先日、彼は久しぶりにパスポートを交換した。手元にできあがった写真と過去のそれを見比べて、笑った。顔つきがまるで違う。ああ、あなたは「お坊ちゃん」から「お父さん」になったんだね。

お坊ちゃんだから、世の苦労を知らないから、すぐにへこたれるだろうと蔑んでいたけれど、大学入学当初のわたしの予想に反して、彼はいつも、強かった。隠そうとしなかった。「王道こそ正道」を地で行くひとだ。小細工をしないでぶつかっていく姿を、非効率だなと評価しつつも、素敵だなと思う。

わたしは、今、一生懸命に生きている。彼が15年前に「明るく元気で一生懸命なところが好きだ」と言った通りに、今のわたしは、あの頃よりも覚悟をもって、毎日暮らしている。今朝も夫とテレビ電話を交わした。彼は優しくわたしの名前を呼ぶ。

「無理してない?」

彼氏彼女の関係じゃなくなったから、甘やかしてはもらえない。だけども夫は、あの頃と同じ声で、わたしを気遣う。

彼を見送る時に、わたしは言った、「うちの事は守ります」。わたしたちは、もう、学生じゃない。家族をしょった父と母である。だけど、わたしたちは変わらない。一生懸命に、互いを思い合って生きる。

#私のパートナー


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