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原作勢ではない自分が『惑星のさみだれ』のアニメを存分に楽しめてしまったという話

本記事は、『惑星ほしのさみだれ』(以下『さみだれ』と表記)という2022年夏から秋にかけてアニメ放送がなされた作品についての個人的な考察記事である。

本作品の原作は2005年4月から2010年8月までにおいて、水上悟志先生により「ヤングキングアワーズ」にて連載がなされ人気を博した作品であり、コミックスは全10巻で刊行されている。
つまり、もう10年以上前に連載が終了した作品であり、原作ファンにとってはまさかの、そして念願叶ってのアニメ化だったのである。

しかし、どうやら原作ファンからの今回のアニメの出来に対する評価はお世辞にも良いものではないようで、Google検索でも以下のような検索候補が上位に表示される残念な結果になってしまっているようだ。

※2023年1月2日現在

こと原作ファンの立場からは、「原作が原点にして頂点』というハードルを乗り越えることは並大抵のことではないというのは、それなりの年月に渡りアニメの感想の執筆を継続している自分にとっても大いに実感できるところであり、近年では『フルーツバスケット』(以下『フルバ』と表記)が自分にとってさみだれファンの気持ちを一番近しく理解できる作品になるだろうか。

『フルバ』は、言わずと知れた少女漫画界のレジェンドであり、自分も全巻コミックスを所持している「人生で1、2を争うほど夢中になった少女漫画」とも言える作品である。
また、2007年に「もっとも売れている少女マンガ」として、ギネスブックに認定されたというのも有名な逸話だ。
そんな国内外を問わず熱烈なファンを多く有する作品が、2019年から2021年にかけて5クールに渡り、まさかの念願叶っての「全編アニメ化」がなされたわけであるが、その情報を最初に知った時の自分を含めたフルバファンの歓喜はいかほどであったかは想像に難くないだろう。
しかし、結果的には今回のアニメ化は自分にとって満足できる内容には至らなかった。

もちろん、近年のアニメ市場が非常に厳しい状態に置かれているのは理解しているつもりであるし、そんな状況の中で長期にわたり原作の頭から終わりまで「全編アニメ化」をしてくれたということ自体には海よりも深く感謝している。
それを考慮しても、特に中盤から終盤にかけての原作の良さに甘えて淡々とストーリーを消化するだけの作画・演出面に甘さの見られる(と感じてしまう)作りには残念な気分になってしまい、特に自分が一番のお気に入りだったキャラにまつわる重要なシーンが割愛・改変されてしまっていたのには大いに失望した。

おそらく、さみだれファンにとっての今回のアニメ化もおおよそこれと同じ心境であったのではないだろうか。

『フルバ』もそうであったのだが、原作が既にひと昔前に連載終了した作品においては、ファンの作品に対する想い入れも相応の期間を経て熟成され、その作品に対する「聖域化」は年月を追うごとに加速する一方だろう。
そんなファンのストーリーに没入したかつての思い出であったり、作中のキャラに対する熱い想いであったり、作品が終わってしまった虚脱感と同時に無事完結してくれたことへの作者への感謝の気持ちなどで形成された高い高いハードルを乗り越えることは並大抵のことではなく、制作陣にとってもそのような作品のアニメ化は相応の覚悟を持ってファンの情熱を受け止める気概を持って挑まなくてはいけないプロジェクトであったはずである。

そのような原作ファンの期待に応えられなかったというのが、今回の『さみだれ』のアニメ化に対する厳しい評価に繋がっているのだろう。


さて、それらを前提として、ここからは今回の『さみだれ』のアニメ化に対する冷静な批評をしていきたいと思う。

結論から申し上げると、存分に楽しめた。
いや楽しめてしまったというべきか。

自分は毎クールごとにアニメランキングの記事を投稿しているのだが、『さみだれ』については、「11位(2022年夏・評価A+)」→「2位(2022年秋・評価S)」と大健闘しており、この結果からも分かるとおり特に後半クールの展開についてはその熱さと勢いに毎回心震わせ時に涙していたのである。


記事のタイトルにも示したように、自分は『さみだれ』の原作はアニメ化前は僭越ながら全く存じ上げていなかった。
だからこその結論であることには、もはや疑いようはないだろう。

ちなみに、あまりにもアニメが熱かったので「アニメの最新話に追いつかないように」後追いで原作も読み進めていったのだが、こちらも結論から言うと直ちにアニメの出来に失望するような事態は起きなかった。

まず、原作ファンからの多大なる反論と反感を覚悟の上で申し上げると、『さみだれ』のアニメに初見時から感じていた「作画の荒さ」については、原作の絵柄からしてそこまで「絵の上手さ」をウリにしている作品であるとは感じられず、アニメの作画ともそこまで大差が付いていると評するには至らなかった。
もちろん、だからこそ(それこそ『進撃の巨人』のように)今回のアニメ化で原作よりも劇的にクオリティの上がった作画を期待していたファンも多かったかもしれない。
ただ、原作基準で考えるなら自分にとっては十分許容範囲のレベルに収まっており、これに関してはむしろ原作の絵柄を知ったことでアニメを若干擁護する気分にすらなってしまった。

念のため申し添えると、自分も原作の絵柄の方が100万倍は素晴らしい絵柄であるというのは一切否定しない。
特に、中盤から終盤にかけては作者の画力も上がり、非常に見応えのある質量と情報量を有する絵柄にどんどん進化していった。
なお、白道八宵はくどうやよいだけは、原作では他と比べて浮いているように見えるほど気合の入った作画がなされており、これは確実にアニメのキャラデザでは表現できていなかったと認めるところである。


そして、問題の演出面である。
これに関しては、おそらく原作ファンが最も失望した部分であろう。

これについても、アニメで初めてそれに触れるという都合上、原作ファンが指摘するところの重要シーンの時系列の入れ替え、シリーズ構成における各話やパートの区切り方のまずさ、原作にはあったシーンそのものの割愛などについては、そこまでの悪い印象はなかった…というか気付けなかった。
最初の印象がそうであったので、後から原作でそれらを知ってもそこまで当初の印象が変わるものではなく、「あ、そうだったのね…」ぐらいに収まってしまったというのが正直なところである。
とはいえ、夕日の大学の同級生である火渡さんの出番がまるまるカットされていたのはかなり残念ではあったが…。

また、自分が『フルバ』のアニメにしばしば感じていた台詞やシーンにおける間の取り方や情感の演出が物足りないという点に関しても、『さみだれ』の物語の主軸はバトルものである都合上そこまで重視されるものでもなく、勢いにまかせた進行でもそこまで粗として表層化しにくかったというのもあったかと思う。

ここで、あるシーンを例に出してみたい。

お分かりいただけただろうか。
この作品、このように原作の構図をそのままアニメに流用して使用しているシーンが非常に多いのである。

ある意味、原作に忠実と言えるので歓迎すべきことなのかもしれないが、漫画の「コマ割り」だからこそ映える演出も、アニメという常に一定の画面サイズに縛られる媒体ではその実力を十二分に発揮できないことも多い。

こういうことは、原作が漫画である作品については往々にしてあることなのだが、こと本作品については作者のコマ割り技術が卓越しており作品の魅力の形成に大きく貢献していることもあり、その落差がより激しく目立ってしまっているのである。


そしてそれが、こうした漫画ならではの「見開き」の演出であった場合はなおさらである。
特に原作の終盤はこうした見開きによる迫力のあるシーンが多かったので、アニメではその魅力を完全には表現し切れていなかったのは言うまでもない。
その代わりに、アニメでは漫画の表現ではできなかった動きを駆使する形などでの演出も可能であり、制作陣にはそういった工夫でなんとか原作の魅力を再現しようとしてくれる姿勢を原作ファンは求めるものなのだが、本作品についてはその情熱をなかなか感じることができなかったのは原作ファンにとっては残念であったに違いない。

ただ、これらについてもアニメが初見であれば弱点として浮き彫りになりにくかったというのは繰り返し述べてきたところと同様である。


最後に、ある意味一番それらの弱点を覆い隠してくれたのは、原作が良すぎてストーリーそのものの魅力で他の全てを帳消しにできてしまったという点である。

演出の是非は置いておいても、朝比奈家の絆にアニメでもここは大いに感動した。


ここもすごく良かった。
自分は太陽と雪待の年少組カップリングが大のお気に入りだったので、後日談ではニヤニヤが止まらなかった。


実際、本作品の演出は少し古臭く、いわゆる”クサい”台詞も多いのかもしれない。
ただ、これだけ真っ正面から熱い台詞、展開を語ってもその情熱がダイレクトに読者・視聴者の心に伝わってくる物語の構成は、まさしく非凡という他ない。

そういった熱い作品であるので、原作ファンの期待も大いに高まり、そして後の落胆にも繋がったのだろう。
原作を完読した後では、自分だって例えば本作品を『僕のヒーローアカデミア』のアニメを手掛けるボンズに制作してもらえていたらなどと考えないこともない。
しかし、まずは『惑星のさみだれ』をアニメ化してくれて、この素晴らしい作品に出会うきっかけをくれたことに感謝したい。


―――こうして…ぼく達は少し大人になった


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