⑫-2『事件現場清掃人 死と生を看取る者』
前回の記事の続きです!
(文献情報は前回の記事にあります)
第2章 自ら命を絶つ人々
◆P62 特殊清掃の現場で数多く遭遇するのが、自殺の現場。
自殺の割合は、体感的には全体の3割程度らしい。
自殺の現場は、ほかの孤独死の場合よりも発見が早いという特徴がある。
理由は、自殺と言う手段を選ぶまでの間、仕事や経済面、人間関係といった悩みを抱えているわけなので、死の直前まで人とのかかわりが生じているためである。
亡くなってから数年後に見つかるご遺体もあるなか、自殺の場合は長くても数週間、早ければその日のうちに発見されることもある。
清掃作業としては、早く片付く場合が多い。
早期に発見されれば、遺体の痛みは少なく、腐敗臭や汚れもそこまでひどくはならないためである。また、ある程度遺品整理されていることも多く、部屋自体がきれいな場合もある。
だが、遺族の反応は、見ていても苦しいものがある。
◆P65 浴室の10円カミソリ
ある晩秋の昼下がり。携帯電話に事務所あての電話が転送された。
「父が死んだと聞いてすぐに駆け付けたのですが、警察の人からは現場は見ない方がいいと言われ、どんな様子かわからないのです」
女性の声だった。直感的に自殺ではないかと察した。
指示された住所には古い団地があり、入り口で20代ほどの女性が待っていた。
「来てくださって本当にありがとうございます」
部屋に上がると、生臭い血の臭い。
廊下には血痕があり、浴槽へと続いている。
警察が遺体を搬送する間に、ぽたぽたと滴り落ちたものと思われた。
浴室の曇りガラスには、無数の赤い点と、手の跡。
扉を開けると、浴槽内は血で染まった真っ赤な水。
壁面には、ふろ椅子を起点として、天井まで達した血しぶきの跡。
死の間際にもがきくるしんだのか、血まみれの手で触ったとおもわれる跡が、浴室内のいたるところについていた。
首の動脈を切っての自殺だった。
依頼主に見積もり金額を伝えると、すぐに作業をしてほしいとのこと。
車に資材は積んでいたため、そのまま作業を開始した。
現場は死後半日ほど。
腐敗もしていなければ、虫も発生していない。
まずは洗浄剤のスプレーと雑巾で、廊下からつながっている血痕をふき取る。
そして塩を一つまみ、「お疲れ様でした」と声をかけてから、浴槽の中へ。
配管を詰まらせるような遺物はなかったため、そのまま浴槽内の赤い血は流した。
シャンプー、石鹸、洗面器など、血しぶきのかかった残留物を処分していく。
浴室の片隅に、血に染まった10円カミソリがある。
ピンク色の柄は血液でぬれ、親指と人差し指の指紋がくっきりと残されていた。
警察は、現場検証で事件性がないと判断すると、現場に凶器をそのまま置いていくのだ。
故人は60代、妻とも標津して団地で一人暮らし。
依頼人の女性は、遺品整理は自分でやるといった。
◆P70 自殺の覚悟
自殺があった部屋には独特の雰囲気がある。
身辺整理をしてから亡くなるためか、時が止まったかのような静かな雰囲気がある。
場合によっては、写真や手紙など思い出の品が全く出てこない(おそらく処分ししまった)こともあるという。
「計画自殺」の場合もある。
その部屋の主は、認知症を患っていた母とともに、ぶらさがり健康器に首を吊って亡くなっていた。
その際に、部屋を汚さないよう紙おむつを履き、床にはブルーシートまで敷いていた。
人は縊死すると肛門が緩み、汚物が漏れ出ることを知っていたと思われた。
しかも、自殺した本人は、葬儀や墓、著者にも見積もりを依頼し、その連絡先を妹さん(依頼主となった)に伝えてから自殺したのだった。
その現場では、部屋の片隅にあったカレンダーの裏に、母親の書き残したメモがあり、日を追うごとに認知症委の症状が進行して親子中がうまくいかなくなっていた様子が伝わってきたという。
衝動的な自殺現場もある。
自慰行為の最中になくなったと考えられるケースがこれまでいくつかあったという。
首つり自殺と聞くと、椅子の上に立って高い場所から垂らしたロープに首を変えるシーンを思い浮かべる人が多いと思うが、実際に、特殊清掃の現場で見つかるのも、ぶら下がり健康気や和室の鴨居、ロフトなどにひもをかけた形跡だ。
まれに、ドアノブにかけた紐やタオルで首を吊って亡くなったという現場に出くわすこともある。
なぜか下半身だけ裸だったりというケースもたびたびあるという。
◆P73 遺書に残された「謝罪」と「恨み」
自殺現場の遺品整理を行っていると、遺書が見つかることがある。
故人からのメッセージは大きく2つに分かれる。
それは、「謝罪」と「恨み」である。
謝罪のメッセージとは、生きていることに限界を感じてしをえらんだことを詫びる言葉だ。
志半ばで挫折した人、重病を患い絶望した人、取り返しのつかない過ちを犯した人――。
そこには、感謝の気持ちが込められていることもある。
一人暮らしをしていた若者が自殺し、「先立つ不孝をお許しください」とおう親にあてた遺書が見つかることはこれまで何度もあったという。
一方、恨みのメッセージには、相手を責める言葉が書かれている。
つまり、「あなたのせいで私は命を絶つのだ」という意思表示や自己顕示である。
恨みのメッセージがでてきたときには、遺族に「決していいことは書いてありませんが、読みますか?」と聞くことにしているという。受け取り拒否されれば、神社などしかるべき場所で燃やすという。
遺書は、法的な文書である遺言書とは異なり、私的なメッセージのため、遺族がよまなければならなという義務はない。
◆P81 記憶の清掃
亡くなったのは、閑静な住宅街の一軒家に住む、高齢の夫婦。
同居していた40代の娘さんが第一発見者だったが心労のため動けず、依頼をしてきたのは親戚の男性だった。
夫はうつ病を患っており、妻のある一言に激高、出刃包丁でめった刺しにした挙句、自分の首を切ったのだった。
その件はテレビでも報道されており、現場は野次馬と警察に囲まれたものものしい雰囲気だった。
敷地の周囲に張られたロープをくぐり家に入ると、そこは血の海。
キッチンは血に濡れ、床にスリッパの跡がある。続くリビングには素足の跡しかなかったため、包丁を手にした夫に追われるうちにスリッパが脱げ、素足のまま慌ててリビングに逃げ込んだものと思われた。
血痕が広範囲に及んでいたため、通常の特殊清掃に加えて、全面的なリフォームが必要だった。
しかし、殺人事件のため検死後まもなく遺体が家に戻されるとのことで、すべての仕事を済ませるには時間がない。
「表面上の清掃だけでも良いですか?」と娘さんに許可を取ったうえで、引き出しの中の生活用品や食器などにとんだ血などを、できる限りふき取った。
「これで十分です。ありがとうございます」
生活が落ち着いたら、また業者に依頼するつもりだと話していた。
盆暮れになると、これまで手掛けてきた自殺現場の依頼主から贈り物が届くことも。
はじめはありがたく受け取ってはいても、3回も続けば遠慮するようにしているという。
理由は、毎回そのお礼の品を贈るということは、そのたびにつらい自殺の記憶も思い出すことになると思うからだそう。
第3章 生きづらさの果てに
★P92 紐で囲われた遺体跡のある家。
「嫁の実家で父が亡くなったので清掃してほしい」という依頼が入った。
立派な一軒家で、ふたりの遺族が著者を向かえ入れた。
状況としては、母親はすでに他界し、父と娘で二人暮らしだったという。
孤独死ではなかった。彼女は30代で、誰もが知る大企業に勤めていた。
しかし、話を聞いてみても、どうも話がかみ合わない。
「お父様はどこで亡くなられたのですか?」と尋ねると、人の形にしておかれた紐を指さして、
「ドラマだと、死体の周りにチョークで線を書くでしょう?なのに警察が手を抜いてやらなかったから、私が紐を買ってきて、お父さんの周りを囲んだんです」と言う。
指さす先には、人型の黒いシミがある。
遺体があったのは居間。死後数週間は経っていると思われた。
義兄の話によると、父親と連絡が取れず心配して様子を見に行ったところ、居間で倒れるようにして亡くなっていた。
ところが娘は、「しばらく前からお父さんが動かなくなった。お風呂も入っていないから臭いんだよ」と言ったのだという。
2階にあった彼女の部屋は几帳面に整理整頓されていて、本棚に並ぶ参考書からは、学生時代成績優秀であったことが見て取れたという。
◆P95 母子が暮らす家で起きた孤独死
現場は、古い一軒家。
母親は息子とのコミュニケーションを一切拒絶し、決して自分の部屋へいれなかった。
同じ屋根の下、若い母と20代の息子が互いに干渉せず、別の部屋でそれぞれ暮らすという状況で、母親がなくなった。
息子からの電話では「ごみの処理をしてほしい」という依頼だった。
しかし、玄関のドアを開けると明らかに死臭がする。
母親の部屋は、ひどい状況で、生活ごみが何層にも重なって山のようになっていた。
おそらく病死だったのだろう、ごみの山の上に敷かれた布団に、遺体の跡があった。
驚くべきは、周囲の壁の様子。そこには、人を恨み、ねたむ言葉を書きなぐった紙が一面に貼られ、一部は壁に直接書かれたりもしていた。
この母親は、精神疾患んい苦しみ、世を呪い、ひとり亡くなっていったのだった。
◆P97 片付けられない女子のゴミ部屋
音楽にかかわる仕事をしているか細い30代の女性。
部屋中に大量のごみ袋、大量の衣類が乱雑に放置され、足の踏み場がないほどに積み重なっていた。
夜の仕事をしている女性の部屋がごみ屋敷になっていることはよくあるというが、その女性は会社勤めをしていた。
下着を数日穿いてはそのまま脱ぎ捨て、また新品の下着を購入する。
におうのは嫌だからゴミはまとめる。でもどうしてもごみ収集の時間に間に合わせられない。
そんな毎日を送っていると、部屋にはどんどん衣類とゴミが溜まっていく。いよいと限界に達し、依頼をしてきたのだという。
それ以来、女性はたびたび連絡をしてくれるようになったという。
まるで脱皮を繰り返すように、今も部屋が限界に達するたびに、清掃と引っ越しを繰り返しているのだとか。
◆P100 ゴミ屋敷から“発掘”されるもの
特殊清掃の現場では、部屋がごみや物であふれている場合が少なくない。
その場合、特殊清掃や遺品整理に加え、大量の廃棄物の処理を行うことになる。
欠かせないのは、玄関やキッチン、浴室を先に片付けること。
まずはごみを置く場所を確保してから、人の背丈ほどに積み上げられた残置物をスコップで“掘って”いく。
掘ってはゴミ袋にいれ、置き場がなくなったらトラックの荷台に運んでを何度も繰り返し、最終的には2トントラック10台分の量になることもある。
ゴミの山を掘っていると、思わぬものが出てくることがあるという。
ある現場では、尋常でない量の抗うつ剤が出てきた。
また、銃器が出てきた現場も二度経験したという。
ひとつは、狩猟免許を持っている個人の部屋の金庫。
もうひとつは、大量のごみの中から。まさか本物とは思わなかったそうだが、銃口を見てみると、モデルガンならあるはずの銃口をふさぐ板がなかったらしい。
慌てて警察に連絡すると、結果その拳銃は本物で、著者の指紋しか出てこなかったために事情聴取を受けることになったという。
またある現場では、ごみの山から遺体が出てきたという。
依頼内容は、「住人が夜逃げしたから残置物を処分してほしい」とのこと。
部屋はまさにごみ屋敷、トイレの中にさえゴミがあふれ、ドアが閉まらないほどだった。
片付けをすすめ、あとは押し入れの中を残すのみに。
そのふすまをあけたとき、ミイラ化した遺体があったのだ。
「夜逃げした主人が見つかりました。押し入れの中で」
と、依頼主に電話した。
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