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私の匂いはなるべく違わず覚えていて

存在しないはずの記憶を思い出すことが度々ある。

私はある特定の匂いを嗅ぐと、幼少期知らない人とディズニーランドに行った記憶を思い出す。

特定の匂いによってその匂いに関連した記憶が呼び起こされるという現象は、プルースト現象と呼ばれている。
昔の恋人の香水の匂いを見知らぬ土地で嗅いで、当時の切ない記憶を思い出す。
…みたいなロマンチックな話を、この現象を語る時にひっさげて出てくることが多いが、
私の場合はどちらかというとミステリーだ。
鮮明に映像が浮かぶけれど、自分史を振り返ってもどこにもその情報のない記憶が蘇る。
それはそこそこ怖いことで、少しトラウマっぽくもなる。

私はディズニーランドに行ったことがない。
ユニバーサルスタジオジャパンすら高校生になってからだ。
それが謎に恥ずかしくて、「"そんなに"行かないんだよね〜」と言ったこともあった。

だから、「あの匂い」を嗅ぐ時に思い出すディズニーの思い出が、不思議で不思議で仕方ない。
というか、ディズニーに行ったことがないから、実際ディズニーっぽい景色やキャラクターに会ったことを覚えている訳でなく、ただその匂いを嗅いだ時に思い出す晴れの日のテーマパークっぽい場所の道がディズニーであるということだ。
(もっと不思議なのは、未だにその匂いがなんの匂いか分かっていなくて、一年に一度ほどのたまたまでふと嗅いでしまう時も、結局何かわからないままでモヤモヤしている)

ところで、嘘をつきすぎるとその嘘すら本当だと本人が勘違いしてしまうこともあるらしい。
知らない間に、私も私自身によって記憶を改ざんされてるんじゃないかと恐ろしくなる。

記憶自体、私しか私の記憶をちゃんと覚えていないものだから、信頼がなくてよく疑ってしまう。
覚えていた方がいいことを優先的に、しかも自分の保存していて欲しい理想の状態で覚えているわけで。大事なこともすぐ忘れるし、すぐ勘違いし、しつづけている。
事実が事実たらしめることはとても難しいなと思う。

夢を見ることも不思議な現象だ。
原体験では絶対知らない感触や経験だって、夢によつて生々しく体験できる。

私はよく、背中を刺される夢と自力で短距離低飛行をする夢を見る。
実体験では体験しないことなのに、下手すれば実際の体験よりリアルに感覚に残っている時がある。
(背中を刺される夢なんか、実体験を受けているうちにお亡くなりになって「体験」なんて感覚も無くなるだろうし)

自分の記憶の中でもお気に入りのシーンが、何度も夢や空想でリプレイされて色濃く上書き保存される時もある。
たとえば好きな人を忘れようにも、ただ忘れられないのではなくて、その心地よい夢をもう一度体験したくてリプレイされるから、なかなか抜け出せないところがあるのかもしれない。

現実があやふやになっていく感覚、手につかんだものがそこにあるかわからなくなる感覚、頭の中のことが瓶のようなものに入ってパッケージ化され言語化されていく感覚。
怖いけれど、たまに自分が自分の知覚している(と思っている)ものに挑戦するために、それらの感覚を手にして、現実を崩してみようとしたりする。

休みの日は深く眠って、長く夢を見る。
夢の中で生身の自分が生きて実際に五感を働かせているように過ごす。
逆に、起きてからふわふわと生きてみたりもする。
夢も現実も満足することで、2倍分の充実感を得ている気がする。

今日はどんな夢かなあ〜。

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