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NASA の Artemis I,巨大ロケット SLS の打ち上げ迫る

 NASA の有人月探査計画 Artemis の先陣,Artemis I という一大イベントがいよいよ目前に迫っています。先日 SLS の打ち上げ場移動前の最終チェックを通過し(参照),まさに今発射場への移動が行われているところです(【2022/8/17 21:50 追記】Kennedy Space Center の射場 39B への移動が無事完了したようです)。
 こんな機会見逃すわけにはいかないので徹底解説!……と言いたいところですが,Artemis 計画は非常に巨大で開発も多岐にわたっており,にもかかわらず筆者が忙しいため,解説記事を書く余裕がありません……。
 そこで本記事では Artemis 計画,そして今回の Artemis I についてその概要だけ簡単にまとめようと思います。なお,幸いにもshun吉さんという方がこの Artemis I について詳しく解説してくださる予定とのことなので,詳しくはこちらの記事の続きに期待しましょう(他人任せでごめんなさい)。

Artemis 計画とは?

 Artemis 計画は,米航空宇宙局 (National Aeronautics and Space Administration, NASA) が主導する長期的な月面有人探査計画です。NASA が主導していますが,欧州宇宙機関 (European Space Agency, ESA) はじめ,カナダ宇宙庁 (Canadian Space Agency, CSA) や日本の宇宙航空研究開発機構 (Japan Aerospace Exploration Agency, JAXA) なども関わっており,また NASA は民間企業も積極的に活用しようとしています。
 月面の有人探査はかつて NASA の Apollo 計画で行われていましたが,50 年前,1972 年の Apollo 17 を最後に人類が月に降り立つことはありませんでした。Artemis 計画では再び月に人を送り込むことを目指しますが,Apollo 計画の頃とは異なり,民間企業の支援や月周回有人拠点 Gateway などのインフラ整備も行うことで持続的に月を探査・利用できるようにします。Apollo 計画の最終目標が月に人を送ることだったのに対し,Artemis 計画にとってそれは最初の一歩に過ぎず,最終的には火星の有人探査を目指しています。

 ミッションの目的は下の動画によくまとめられています。

 月に人を送るために,Artemis 計画では新たに巨大ロケット Space Launch System (SLS) ,有人宇宙船 Orion などが開発されてきました。さらに将来的にはこれらを活用して,月周回有人拠点 Gateway や月面基地の建設も計画されています。現在地球の低軌道には国際宇宙ステーション (International Space Station, ISS) がありますが,Gateway はそれの月軌道版となります。
 具体的なミッションは後述の Artemis I に始まり,SLS/Orion による初の有人飛行試験を行う Artemis II(2024 年打ち上げ予定),そして続く Artemis III(2025 年打ち上げ予定)で女性や有色人種を含む宇宙飛行士を月の南極域に着陸させる予定です。Artemis IV 以降も計画が進めれられており,Gateway の建設や Gateway への宇宙飛行士の輸送,また Gateway からの月着陸などが想定されています。

Gateway と Orion のイメージ図 (Credit: NASA/Alberto Bertolin)

 ちなみに Artemis という名前はギリシャ神話における月の女神に由来しており,彼女は Apollo と双子です。

Artemis I とは?

概要

 Artemis I は,有人月着陸に向けて開発されてきたシステムの無人試験を行います。有人宇宙船 Orion,それを打ち上げるロケット SLS,さらに打ち上げ場や管制室などの地上システム(主に Kennedy Space Center)で実際に有人飛行が可能かどうか,まずは人を乗せずに実験を行います。
 このミッションのシーケンスや軌道の概形を下に示しました。ミッションはおよそ 40 日間に渡ります。

Artemis I のミッション概要 (Credit: NASA)

【2022/8/25 追記】
 こちらのこちらの動画では,ミッションのコンセプトが CG 付きでわかりやすく紹介されています。

打ち上げから月まで

 Orion はまず,SLS の第 1 段や固体ロケットブースター (solid rocket booster, SRB) の燃焼によって地球周回軌道(概要図⑤)に投入されます。その後,第 2 段にあたる中間極低温推進ステージ (interim cryogenic propulsion stage, ICPS) により地球周回軌道を脱出し月遷移軌道へと投入されます(概要図⑥)。

SLS (Block 1) のイメージ図 (Credit: NASA)

月にて

  Orion は月周回軌道への投入や地球帰還軌道への遷移の際に月スイングバイを行い,その際に月の高度 100 km 付近を通過します(概要図⑨⑬)。月周回軌道では,地球から 450,000 km 離れたところ,月の 64,000 km 向こう側まで到達します(概要図⑪)。これは Apollo 13 の記録を塗り替え,有人用の宇宙機としては最も遠くへ行くこととなります。

Orion のイメージ図 (Credit: NASA/Liam Yanulis)

再び地球へ

 月から地球に戻ってきた Orion は地球の大気圏に突入し,ヒートシールドやパラシュートでの減速を経て,太平洋の San Diego 沖に着水します。着水後は Orion 回収用に設計された台座が搭載された海軍の船で回収が行われます。Artemis II 以降では人が安全に地球に帰ってくる必要があるため,月に行くだけでなく,再突入や回収まで着実に実施できなくてはなりません。

Orion の再突入のイメージ図 (Credit: NASA/Liam Yanulis)

CubeSat

 Artemis I では主ペイロードである Orion の他に,CubeSat と呼ばれる超小型衛星が 10 機搭載されます。CubeSat はその名の通り "キューブ" サイズの衛星で,10 cm 四方の立方体を 1 単位(1U)としています。Artemis I に搭載されるのは 6U サイズになります(NASA の要求から,今回のものは厳密には 11.6 cm × 23.9 cm × 36.6 cm,最大重量は 14 kg 程度)。

SLS の Orion stage adapter に固定された 10 機の CubeSat (Credit: NASA/Cory Huston)

 NASA は当初アメリカから 10 機,国際枠として 3 機の計 13 機を選定しましたが,最終的に開発されたのは 10 機でした。国際枠のうち 2 機は日本で,JAXA と東大が開発した OMOTENASHI と EQUULEUS です(これらの説明はまたどこかの機会で……)。月軌道に投入される相乗り機会を生かした野心的なミッションが多く,月の水資源を探査したり,月に着陸したり,酵母を利用して宇宙放射線の生命への影響を調べたりなどと多岐に渡り,どれも興味深いです。

Artemis I で SLS に搭載される CubeSat の一覧 (Credit: NASA/Kevin O’Brien)

スケジュール

 SLS の最初の打ち上げは元々 2018 年と言われていましたが,何度も延期が繰り返され,いよいよ今度こそ打ち上がるという状況です。執筆時現在の打ち上げウィンドウは日本時間で以下の通りです。お見逃しなく!

  • 8月29日 21:33 ~ 23:33

    • この場合,地球への帰還は 10月10日の予定

    • 【2022/8/30 追記】エンジントラブルにより中止

  • 9月3日 1:48 ~ 3:48(バックアップ)

    • この場合,地球への帰還は 10月11日の予定

    • 【2022/8/31 追記】この回はスキップ

  • 【2022/8/31 追記】9月4日 3:17 ~ 5:17

    • 2 回目の打ち上げ機会として 8月31日に発表

    • 【2022/9/4 追記】エンジントラブルにより中止

  • 9月6日 6:12 ~ 7:42(バックアップ)

    • この場合,地球への帰還は 10月17日の予定

    • 【2022/9/4 追記】この回はスキップ

  • 【2022/9/13 追記】9月28日 0:37 ~ 1:47

コメント

 簡単にまとめると言いながら,これだけ情報を絞っても 4000 字を超えてしまいました……。SLS や Orion,それどころか CubeSat ひとつとってもいくらでも深掘りできますが,していたら本当にキリがないですね。

 SLS の打ち上げは何度も延期が繰り返されてきたので,いよいよかと思うと感慨深いです。
 SpaceX は失敗を何度も繰り返すことで設計や信頼性を向上させ急成長を果たしてきました。開発サイクルを増やすというのは非常に大切なことで,CubeSat のような超小型衛星も安価に実現できるためにこれに貢献してきました。一方で SLS のような巨大なシステムを,税金で賄っている国家機関が何度も飛ばすということはできず,失敗も許されません。そのため慎重に開発が進められ何度も試験を行い,遅れにも繋がりました。
 逆に言えば,これだけしっかりと準備してきたのだから,失敗の確率も十分下がっているということです。NASA のこれまでの実績を踏まえても,きっと成功させてくれると信じています。
 とはいえこれだけの巨大ロケットの開発は Apollo 計画の Saturn V 以来なのも事実。だからこそ,まずは無人でテストをするのです。Artemis II 以降のためにも,Artemis I がうまくいくことを願っています。

 ヘッダーの画像にも似てますが,私は下の写真が好きです。打ち上げが迫った SLS と,その目的地である月とのツーショット。SLS と Orion の初飛行,そして Artemis 計画が切り開く有人宇宙探査の新時代に期待が高まります!

SLS と満月 (Credit: NASA/Cory Huston)

リンク

 Artemis,Artemis I についてのより詳しい情報は以下の公式サイトや Press Kit にたくさん溢れています。紹介しきれていないこともまだまだたくさんあるので,是非こちらもご覧ください。

 また,各公式 Twitter が最新情報を流していますので,気になる方はこちらもチェックを!


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