食事と音楽と男と女 #最終話

「クリスマスは外で飯、食おう」

直人がそう提案してきた。ただ、

「ひざ掛けとか毛布とかダウンとか、防寒できるものなるべくたくさん持ってきて。温かい格好してきて」

というオーダーがあった。
外というのは、本当の外のこと。キャンプだった。

「テント張ってそこに泊まるとか、そこまでガチなのは出来ないけど、キャンピングカー借りようと思って。知り合いからキャンプ道具も借りるから、ちょっと雰囲気変えたクリスマス、過ごそうよ。寒いから嫌だとか、言わないでくれよ」

そう言って直人は笑った。
2人にとって最初のクリスマスから、趣向を凝らしたものを考えてくれた。
「全然いいけど…なんでまた?」

そう訊いても直人はエヘヘと含んだ笑いをするだけで、答えてくれなかった。

* * * * * * * * * *

家の近くまで来てもらい、家の中にある防寒具は思いつくものほとんど詰め込んだ。

車に乗り込んで、私自身も珍しくて車内を見回すと、キャンプにはあまり関係のなさそうなものが目に入った。
「あ…、あれ、ギター?」
「もうバレたか」
そう言って直人は笑った。

「買ったんだ。自分へのクリスマスプレゼント。紗織に歌ってもらうためにも」
「えぇ、本当に?」
直人はニヤニヤしながらギアを入れて「じゃ、行きますか」と言った。

「クリスマスだけどベタじゃない曲がいいかな」
そう言って流してくれたのは、CMでも聞いたことのある曲だった。

「これはファレル・ウィリアムスの "Happy" って曲。スマートでカッコいい。彼の曲の中では一番好きかな」

直人は店にいるときの選曲もそうだったように「ベタなもの」があまり好きではないらしい。だからクリスマスもどこかのレストラン、ではなかったのかな、と。

東京から2時間半ほど走り、山の麓の広い広いキャンプ場についた。
思ったよりもキャンプをしている人は多く、人気があるんだなと改めて思った。

「じゃあ明るいうちに、周りの迷惑にならないうちに」

そう言って直人はクルマの中からギターを取り出してきた。
「実は少し前に買って、こっそり練習してたんだ」

そう言って弾き出したのは、大橋トリオの「Lady」だった。

顔を上げずに手元を見たまま歌う直人のしなやかな声が、曲にピッタリと合っていた。

大好きな曲でもあったし、私は泣きそうになった。
「ギターアレンジも、いいね。いつの間にそこまでやり込んでいたの?」
「内緒。仕事はサボってないからな」

引き続き爪弾き出したのは、あの曲。
”星影の小径" だった。
私は抵抗なく、自然に歌を口にしていた。

傾き始める太陽に星が見え始め、冷たくシンとした空気が取り囲み、弦の音色が響く。

「歌ってくれてありがとう、紗織」
直人は嬉しそうに目を細めた。
「やっぱり紗織の声はいいよ。すごく合う。Ann Sallyとはまた違って、透明な感じがする」
「なんか恥ずかしい」
「そんなことないよ」

直人は「手がかじかむ前に、日が落ちきる前に」と言って再び弾き始めた。
私も以前ヘビロテで聴いていた、くるりの「Baby I Love You」。

「久しぶりに真面目に好きになったっていい方はおかしいけど、紗織は人を好きになる純粋な気持ちを思い出させてくれたっていうか。この前久々にくるりのこの歌聞いて、ビビっときちゃってさ」

そう言って私を見た直人の目は、今までで一番、柔らかで優しかった。
「ありがと…」

「よし、飯にしよ。火をおこすよ」

食べるものは全て直人が仕込んでくれていた。
「いつの間に…仕事忙しかったでしょう?」
「俺はプログラムより料理の方が得意かもしれない」

ビーフシチューにハッセルバックポテト、バゲット、そしてSyrahワイン。

「あ、ワイン開けるなら、ちょっと待って」

私はプレゼントの包みを渡した。「すぐ開けてみて」
「おぉ、かわいいじゃん!」

それは脚の短い、スタックできるワイングラス。
「直人の家にRIEDELのグラスがあるのは知ってたから、シーンに合わせて、カジュアルに飲む日があってもいいのかなって思って。今回キャンプに行くって言うから、丁度いいかなって思ったの」
「いい! じゃあこれ使おう」

グラスにSyrahが注がれる。

「俺からのプレゼントも、今開けて欲しいやつなんだよね」
そう言って直人が包みを差し出した。

それはリネンにくるまった、柳宗理のカトラリーだった。
「それ、自分の家で使ってというよりは、俺の家用にしてほしい。俺も同じの使ってるから」

直人のその言葉には、少し感動した。
ちょっと前にそれとなく言われた時は、意地張って転がり込むようなことはしなかったけれど、今は素直に嬉しかった。

「なんか示し合わせてないのに、同じようなニュアンスのもの用意してるって、私たちすごくない?」
「そうだよ。考えてること一緒なんだよ、たぶん」

私たちは料理とワインを、美味しく頂いた。
焚き火の炎が暖かく、寒さを感じなかった。

「直人の仕事…予定通りリリースできそうなの?」
私から仕事の話を振ることは殆どなかったので、直人は一瞬意外な顔をしたけれど、すぐに答えた。
「いや、遅れると思うよ。当初は3月って言ってたけど、5月も危ないんじゃないかなぁ」
「元カノとは…色々やりとりしてるの?」

私は素直に訊いた。気になっていること。
この前中村くんに言われたこと。

ナオトさんは、全部受け止めてくれると思います。

直人はそれにも答えた。「してるよ。あいつも苦労してるな。チームリーダーを自ら買って出たらしいんだけど、報告が愚痴っぽいから、一喝したことあってさ」
「そうなの…」
「まぁ最初は何か下心があって申し出たのかもしれないけど、今は割と真面目に動いてるよ」

そう言いながら、直人の手が伸びて私の頭を撫でた。

「心配無用」
「わかってる」
「ホントに?」

直人が私の顔を覗き込む。私は黙って頷いた。

「この前中村くんに言われたの。何でも直人さんに話したらいいって。直人さんは全部受け止めてくれると思いますって」
「あいつ、そんなこと言ったのか」
「だから私、変に自分の気持を抑え込んで、歪んだ感情を生まないようにしようと思った。気になることは訊く。その代わり、答えてくれたことも、そのまま真っ直ぐ受け止める。自分で勝手に解釈変えないって」

私の頭にあった手が頬を撫でた。「そっか」

「中村くん、今度2人で店に来てくださいって言ってた。僕は2人のためにワインや料理を提供していきますって」
「あいつ、戦いを放棄するつもりなのか?」
「どうかな」

直人は遠い目をした。そして遠くを見つめたまま言った。
「紗織はいいの?」

「えっ? いいの…って?」
「紗織は俺でいいの?」

私は余計な言葉を並べないように一呼吸置いて、答えた。

「もちろん。直人は…私で、いいの?」

「もちろん」
落ち着いた声で、直人も答えた。

クルマの中から大きなブランケットを取り出して私の肩にかけ、自分もくるまるようにして隣に身を寄せた。

焚き火の炎以上の暖かさを感じていた。

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END


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