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Gone #2


年が明けて、バレンタインが近づく。

あたしは冬休みにバイトをしまくって、貯めたお金でまた東京へ行くつもりだった。

「ね、バレンタインの時、会いに行ってもいいでしょ?」
『その時のためだけにわざわざ来るの、大変じゃん。バイト代だってもったいないよ』
「そのためにバイトしてんの! 野島に会うために働いてんの! だって夏休み以来会ってないんだよ? もう我慢出来ないよ! 野島が来てくれないならあたしが行くから!」

そう言ってもアイツは喜んでくれるというより、どこか後ろ向きだった。

すっきりしない気持ちにまま、電話を切った。

* * *

そんな風にちょっと強引に行った2月の東京。

地元では雪が降る。
でも、東京は暖かいと感じた。

アイツは新宿駅まで迎えに来てくれることになっていたけれど、こっそり少し前に東京入りして、表参道へチョコレートを買いに行った。
地元で用意するのはなんだか田舎くさくて、嫌だったから。

でも慣れない街でピンとくるものを探すのは難しかった。
どれもすごく高くて、びっくりした。

それでも奮発したけれど、無理に背伸びしている気がして、あまり満足できなかった。
あたしはアイツと離れた、遠い世界で暮らしているんだって、何となく寂しく思った。

ふと、高校時代のバレンタインを思い出す。

1年生の時、アイツに渡そうと用意したけれど、渡せなかった。
アイツが同じ部活の女の子を泣かしているのを、偶然見てしまったから。

2年生の時、同じクラスだったけれどアイツは大学生と付き合っていた。だから、はなから用意しなかった。

3年生の時、初めて渡した。
アイツは東京に行くことになって、離れ離れになることが、わかっていた。

ため息をついて、新宿駅へ向かう電車に乗った。

人が大勢あふれている中央東口改札の向こうに、その姿を確認する。

半年振りに会ったアイツはますます細くなって、急に大人っぽくなったように見えた。
都会のせいだろうか。

高校弓道部の主将時代に見せていた精悍さ・厳しさが、今は板についている感じがした。

そして落ちくぼんだその目は静かで、鋭い。

珍しく緊張して、いつもの調子で話すことが出来なかった。

眩しい。
こんなやつがあたしの彼氏だなんて。

「今日はずいぶん大人しいじゃん?」
「うん…なんか久しぶりだし…瘦せたよね。ちゃんと食べてる? あ、背伸びた?」
「俺? 背はそんなに変わってないと思うよ」

そう言って笑った顔も、あたしが知ってる顔とは少し違う。

なんだろ、胸が苦しい。

野島は大学の弓道部にドイツからの留学生がいるといい、その縁もあって去年の暮れ辺りからドイツの文化交流をする施設でもアルバイトをしていると言った。ドイツ語も教わっているという。


「ドイツ語…すご…。あたしなんか英語だけでも精一杯なのに」
「チェリン、英語得意だったもんな。英語が出来たら他の外国語も習得しやすいんじゃない?」
「無理無理。ほんとに今でもいっぱいいっぱいなんだから。でもいくつバイト掛け持ちしてるの? やり過ぎなんじゃない」
「大丈夫。賄いがついてたりして、結構助かってるんだ」

新宿駅近くのカフェでチョコレートを渡し、お茶をしながら近況を話す。

本当はすぐにでも野島の部屋に行けると思っていたので、少しもどかしかった。

「どっか晩飯食いに行く?」

日が暮れてきた頃、野島が言った。

「野島の部屋に行ってそこで食べるの、だめ?」
「部屋? せっかくこっちまで出てきたんだから、どっか東京っぽいところで食べたらいいかなって思ってたんだけど」
「うん、それも嬉しいけど、移動でちょっと疲れちゃったから、ゆっくり出来たらいいなって思って…」

そう言うと野島は思案顔になって「今部屋がものすごく散らかっているから、飯を食う雰囲気じゃないんだよね」と言った。

「あたしが行くこと話してたんだから、ちょっとぐらい片付けておいてくれたっていいじゃん。それってあたしが泊まるスペースもないの?」
「まぁ、そうなんだけどね」
「じゃあ、あたしが片付け手伝うからさ」

そう言うと野島は渋々と席を立った。

* * *

野島の部屋は、言った通り本当に散らかっていた。

まだ1年生なのに専門分野の本やドイツ語の教材、プログラム言語の本、バイト先の塾の教材や教科書など、本の量だけ見たら小説家か弁護士でも目指してるんですかって言いたくなるくらい。

「あんまり本を一箇所にかためると、床が抜けるんじゃないかって思って。ボロアパートだから」

あながち、嘘ではないと思った。

でも部屋にすぐに呼びたがらなかった理由がこれで、あたしは心底安心していた。

とりあえず、カテゴリごとに本を山積みにして並べていった。

途中、野島があたしの首元のネックレスに気づいた。

「チェリン、それって…」
「あ、うん。もらったやつ」

人差し指でチェーンの部分をひっかけて見せると、野島も人差し指でチェーンに触れた。
その時、アイツは目を細めて微笑むような、悲しむような、微妙な表情をした。

2人でしばらく作業をしていたら、何とか寝そべるくらいのスペースは片付いてきた。

あたしはドイツ語で書かれた本を手に取り、パラパラとめくった。

「野島、これも原文のまま読むことが出来るの?」

その本を見て野島は「あ」と言った。少し気まずそうな顔をしている。

「なに? なんかあった?」
「いや、それ借り物なんだ…」
「あ、大丈夫。汚してないから」
「そうじゃなくて」

野島はその本を『我が闘争』の原文書籍だと言った。ドイツ人の友人から借りたという。

「『我が闘争』ってあのヒトラーの、やばいやつ?」
「やばいかどうかは。でもどうしても原文で読んでみたくて」
「ふーん」

スペースが出来たので野島はお茶を淹れるといって席を立った。

あたしは机の上に何となく目をやった。

リボンと包み紙が目に入る。

近づいてそれを手にとった。中身はなかったが、カードが付いていた。
ドイツ語でメッセージが書かれている。

Danke schön!! Alles Liebe♡

ありがとう、ってことくらいはわかる。その後はわからない。

文末にはかわいらしいハートマークのサインがあった。

あたしは、弓道部にいるドイツ人は男性だと思っていた。
もちろん、それは合っていたのだけれど。

でもその人に紹介された、ドイツと日本のハーフの女の子と交流があることは、この時はまだ知らなかった。



第3話へ続く


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