【連載小説】Gone #4
あれからアイツはほとんど電話に出てくれなくなった。
たまにメッセージが来ては、試験中だから連絡出来ない、と言う。
明らかに避けられている、というか、嫌がられている。
無理もない。あたし、酷いことしたし、酷いこと言ったから。
だから夏休みに入ってすぐ、東京へ出てきた。
夜行バスの中では全然眠れなかったけれど、頭は異様に冴えていた。
新宿駅から乗り換えて、アイツの住む街までメトロで行く。
東京に来る前に、あたしは伸ばしていた髪をバッサリ肩まで切って、それまで桜色にしていたカラーも、ブラウンに染め直した。
アイツ、高校の入学式からあたしの髪を気に入ってくれていて、キレイだとかいい匂いがするって、よく撫でてくれてた。
だから卒業後もずっとキープしていた。傷んだ毛先をちょいちょい切りつつ、またアイツに撫でてもらえる日が来る様に、祈りを込めてお手入れしていた。
でも今は、逆にこうすることで気を引こうなんて、浅はかな考えをしていた。
なんて言うかな。驚くかな。似合わないって笑うかな。
笑ってくれるなら、全然それでいいやって、思っていた。
* * *
朝8時過ぎ。いるかどうかわからないけれど、家まで突撃することにした。
メッセージは一応入れてあるけれど、返事はなかった。
朝から8月の暑い日差しが照りつける。近くの公園からか、蝉がやかましい。
アパートのドアの前で深呼吸をして、ノックをする。
応答はない。
ドアに耳をそば立ててみる。
何も聞こえない。
「野島? いないの?」
小声で問いかけるが、やはり応答はない。
「出かけてる…?」
アイツの朝が早いことは珍しいわけでもない。部活の朝練とか朝活とか、アイツはそういう時間を有効活用している。
ため息をついて部屋の前から離れる。周りの住人に怪しまれてもいけない。
だけど、さてどうしようか、と思う。
部活だとしても大学の道場がどこにあるか知らない。
こっちに他の知り合いもいないし。
駅で待っていることも考えたけど、そもそも大学のキャンパスは徒歩圏内で、どういう時に駅を使うのか、あまりよくわかっていない。
こっちに来てからのアイツのこと、ほとんど何も知らないと思い知って、悲しくなった。
ふと、あの日…あたしの誕生日の翌日にアイツが電話で話したことを思い出した。
アイツもあたしに会いにこうやって来ていたけど、あたしは電話を無視し続けて、帰りも無闇に遅くなって、結局すれ違ってしまったこと。
今のあたし、あの時のアイツと同じ。
それなら、そんな天罰はいくらでも受けるから。今日会えなくてもいいから。
どうか今までみたいに話したり、笑い合ったりする日が戻るようにと、ただそれだけを祈った。
* * *
近くの公園に移動する。
自販機で水を買って、ベンチに座って一息で半分ほど飲み干す。
木々の緑の隙間から日差しが乱反射する。
こっちの蝉はミンミン蝉ばかりということに、改めて違う場所にいることを思い知らされる。
日差しが少し高くなる。
親子連れが一組二組訪れ、水鉄砲を持って子供が遊び始めた。
その光景に目を逸らすと、視線の先にまさかの姿があった。
相手もこちらを見ている。
「野島…」
立ち上がったけれどすぐに足が動かない。
アイツはボサボサの頭して自転車にまたがって、厳しい目つきでこちらを見ていた。
「チェリン…」
恐る恐るアイツの方へ歩み寄る。アイツも公園の入口まで自転車を引いてきた。
「突然、ごめんね」
前もって連絡しているから突然なわけではないけれど、それでも下手に出ずにはいられない。
「一瞬誰だかわからなかった。似てるなと思って足を止めたら」
「あぁ、髪? 似合わないかな…?」
「いや…でも別人みたいだ」
野島はまだ呆然としている。
「どうしても謝りたくて、この前のこと。本当にごめん」
「あぁ…いいよ、もう」
“もう” という言葉に引っかかった。
「朝こっち着いて部屋に行ったんだけど、留守だったみたいだから、どうしようかと思ってここに来たんだ。まさか会えると思わなかった」
「俺も、まさか、だな。友達の家に行ってたから」
「そうなんだ…」
「悪いけどこの後も予定があるんだ。一緒にはいられない」
「夜までずっと? あたし、帰りのチケットまだ買ってないから、何時でも待てるよ」
「夜までずっとだ。それにもう部屋には呼べない」
ちょうどその時、風がアイツの背後から吹いてきて、強い違和感を覚えた。
花とかじゃない、人工的な、甘ったるい香り。
強い、反吐が出るような、香水の匂い。
それがアイツの身体から発していることを理解するまで、少し間があった。
たぶん、受け入れたくなかったから。本能が拒絶したから。
なぜそんな香りがアイツから漂うのかを。
第5話へつづく
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