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Gone #最終話

文末にこのお話のイメージ元でもあるBLACKPINK・Roséの「Gone」の動画をリンクしています。良かったら聴いてください。


あたしたちは強く抱きしめ合って、わんわん泣いた。

高校の卒業式も、へたり込んで泣き続けるあたしを抱きしめながら、野島も泣いてた。

あの時と同じ。

なのに、どこでどう変わってしまったんだろう。

 「チェリン」

落ち着いてきた頃、耳元で囁くように野島が言った。

「帰るの、明日にして。もう一日一緒にいよう」
「野島…」
「まだ心配なのもあるし…」
「あるし…なに?」
「うん…」

野島はそれには答えず、抱きしめる腕に力を入れた。

結局その夜は2人身体をくっつけ合って眠った。
真夏なのに、寒さで身を寄せ合うみたいに。

でも、目を閉じるけれど眠ることは出来なかった。

時折目を開くと、その度に野島はじっとあたしの顔を見ていた。

「眠れないの?」

そう問いかけても、寂しそうに微笑むだけだった。

「なんで…そんな顔してるの?」

「思い出してた。中学の運動会で初めてチェリンを見かけた時から、高校の入学式で一目惚れして、弓道部で偶然会った時に、これは運命だ!って一人で浮かれていた時のこととか」

野島はあたしの前髪をいじりながら、慈しむような目であたしを見ながら、ポツポツと話す。

「高校時代のあんなことやこんなこと」
「どんなこと?」

ふざけた感じであたしが訊くと、野島も笑った。

「色々あったじゃん。部活帰りの飯前にドーナツ食べに行ったこととか、試合のこととか、2人で初めて行った初詣とか…」

「うん、懐かしいね」

「俺が言い出したのに。卒業したら離ればなれになることわかっててつき合おうって言ったの、俺なのに」

野島の目は再び悲しく揺れた。

「俺の方がワガママなんだ。俺がチェリンを苦しめてるのに、助けられない。望みを叶えてやれない。こんな俺なんかとチェリンは付き合っちゃいけなかったんだ」

「そんなことない。野島の彼女になれて死んでもいいくらい幸せだし、ずーっとずーっと、誰よりも野島のこと大好き。これからも変わらないよ」

「変わらなきゃダメだ。もっといいやつ、絶対いるから。チェリンはかわいいしカッコいいしスタイルもいいし、勉強は嫌いかもしれないけど頭はいいし…そんな魅力的な子、周りが絶対放っておかないから」

「だから…どうしてそれが野島じゃだめなの…?」

何度も同じ問いかけをしたけど、答えが変わることがないように、野島は泣きそうな顔であたしを見た。

そしてあたしの首元のネックレスを、指でなぞった。

「まだつけてるのか?」
「当たり前でしょ。だってこれだけだもん。普段あたしが野島を感じられるものって」

野島の目が、微かに光った。

そしてあたしの頭を自分の胸に押し付けるように抱え込んだ。

最後の夜。

* * *

翌日。

今日は野島も予定を変更してくれ、2人で部屋で寄り添って過ごした。

遊びに行くわけでもなく、部屋で一緒に朝ご飯を食べてから、電気代を節約するためにクーラーは切って、窓を開けて風を受けながら、野島が買ってきてくれたアイスを食べながら、汗ばむ肌をくっつけて話をした。

過去の話は、切なくなるから、しなかった。
未来の話も、出来なかった。する必要がないから。

だから現在いまの話をした。
大学で勉強していること、部活のこと、バイトのこと、友達のこと…。
野島の新しい彼女の話も聞いた。

高校時代、こんな風によく話した。
部活も一緒だったし、2年生の時は同じクラスだったし、3年生の時にはなくてはならない存在になっていた。

なんて贅沢な毎日だったろうと思う。

でも。

永遠なんて存在しないと、少し大人になった今は理解している。

知ることは、なんて悲しいことなんだろう。

思えば野島には最初から振り回されていたかもしれない。

入学式からあたしのことを好きでいてくれたのに、何も言ってくれなかった。
むしろ年上の大学生と付き合いだして、あたしはショックだった。

全部野島が勝手に、あたしは野島を相手にしないだろうなんて思い込んでいて。
そばにいられる “友達” 関係が崩れることを恐れて、言えなかったって。

一言、たったひとこと言ってくれてたら、3年間ずっと一番近くにいられたのに。

結局、それが叶ったのは卒業まで半年に迫った時だった。
しかもあたしは地元、野島は東京へ進学することになっていた。

焦ったい。

憎たらしい。

今さら、だけど。

でも、まるで高校生に戻ったみたいな無邪気な顔で話す野島を見ていると、そんなもどかしさも憎たらしさも、どこかへ飛んで行ってしまう。

あたしたちは、せめて恋人のまま別れようと、決めた。

* * *

夜になり、新宿のバスターミナル。

出発まで1時間ほどある。

あたしたちは待合室の椅子に並んで座った。

アイツの腕があたしの右腕を抱え込んで、さらに手を強く握りしめている。
あたしはアイツの肩に頭を預け、アイツはあたしの頭の上に自分の頬を載せている。

少しの隙間も、あたしたちの間に与えないかのように。

待合室では、ほとんど言葉はなかった。

秒針が進むたびに、つらくてどうにかなってしまいそうだった。

それを悟るように野島は時折、握った手に力を入れた。

目が合うと、悲しみで皺が寄ったあたしの眉間を、アイツは指ではねて、笑った。

「そんな顔、するな」

泣き笑いする、あたし。

やがてバスが入ってくる。人々が待合室から出て行く。

あたしは立ち上がることが出来なかった。

怖くて。

明日からひとりになると思うと、怖くて。

まるで真っ暗な闇の中から抜け出せない乗り物に乗らなきゃいけないみたいな。

「チェリン」

アイツはあたしの腕を引いた。それでも動けないあたしを、アイツは抱き起こした。

ほとんどの乗客が乗り込み、あたしたちはバスの入口のそばにしばらく佇んだ。

言葉は、何もなかった。

運転手が声をかけ、それを合図にアイツはあたしの背中を押した。

またね、も、さよなら、も、ない。

黙ってアイツは、微笑んだ。

あたしはバスに乗り、自席の窓から覗き込む。

でもすぐに、バスは動き出してしまった。

アイツ、あたしには泣くな、笑っとけって散々言ったくせに。

アイツは、泣いていた。

* * *

走り出したバスの中。

「あの…」

不意に隣の列の女の人に声をかけられる。

あたしは涙を拭って「はい」と顔を向けずに返事した。

「失礼ですけど…もしかして、遠距離ですか?」

彼女は言った。

「ごめんなさい、突然。バスに乗られる前からちょっと見えていて…。私も遠距離なんです。私はこれから会いに行くんですけど…」

あたしは一瞬その人を見たけど、すぐまた顔を背けた。

「つらいですよね、わかります。でもお互い、頑張りましょうね」

小さな声で彼女は言った。あたしは顔を背けたまま「良い旅を」としか言えなかった。

バスのエンジン音。

高速道路を順調なスピードで走って行く。

あたしは目を閉じた。

思い出に浸ってはいけない。
不安で未来を潰してもいけない。

今日、あたしたちが話した時みたいに、現在、いまのことを考えようとした。

想像してみる。

いま、アイツは家路へ向かう電車に一人乗っている。

いま、アイツは乗り換えの地下通路を、大勢の人に紛れて歩いている。
その背筋は真っ直ぐで、歩幅は広くて、ぐいぐい歩いて行く。
誰もが憧れる凛々しさで。

いま、アイツは最寄りの駅を降りて、アパートまでの道を歩いている。

その姿を月が照らし、
道端にアイツの影が落ちる。

あたしはなぜか月の目線で、アイツの頭のつむじを眺めている。

心なしか、駅の雑踏を歩いていた時より、肩が落ちている。
歩幅も少し小さくなって、ゆっくり歩いている。
ぽつりとひとりぼっちの、小さな背中。

虫の音が聞こえる。それ以外はすごく静かな夜道。

やっぱり、アイツのことばかり考えていた。

そのまま、眠りに落ちていた。

なんだかすごく、安らかな気持ち。

このまま目覚めなければ、幸せなのに。
朝なんて来なくていいよ。

生まれて初めてのあたしの愛、全てを捧げた幼い愛は、こうして遠ざかっていった。

永久に。

ハイウェイを走り行くスピードで。



Fin.

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