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【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Childhood #11

家にいると "友達がいないこと" を夏希に責められているような気持ちになるため、梨沙は隆次の家に逃げ込むようになった。

隆次は週の大半を家で仕事しており、彼の妻となった香弥子はフルタイムで仕事に出ているため、気兼ねなく訪れる事ができた。
隆次の仕事が終わるまで梨沙は大人しくタブレットで絵を描いて過ごす。彼の部屋は蛍光灯がなく薄暗くてどこかミステリアスだが、梨沙にとってはそれがとても心地よい空間だった。

隆次が仕事を終えると算数を教えてくれたり、プログラミングやそれに必要な論理的思考について教えたりしてくれた。
壊滅的に駄目な日本史は、ゲームを通して教えてくれた。

隆次と過ごした時間は、学校よりもためになると当時の梨沙は思った。

隆次が色々教えてくれる代わりに梨沙は似顔絵を描いてあげたが、あまりにも芸術的なそれに隆次はしばしば感嘆した。

「梨沙、すごいセンスだな。僕の顔を腐った卵みたいな色で描くなんて」
「そう? っていうか腐ってないし」
「梨沙は藝大に行くべきだね。本当に」
「ゲイダイ? ね、それってビダイセイとどう違うの?」
「ビダイセイは美術大学の大学生のことだよ。大学名を特定していないから曖昧な範囲を指しているけど、僕が言っているのは『◯◯藝術大学』という具体的な大学名を指しているところが違う」
「どっちがすごいの?」
「◯◯藝術大学は美術を学ぶ大学の中ではトップクラスだから、藝大生の方がビダイセイよりすごい、という言い方ができると思う」
「ふ~ん」

あまりピンとは来なかったものの、褒めてくれているんだろうということは感じられて素直に嬉しかった。

そういえば一度、香弥子の帰りが遅い時に梨沙が料理を作ってあげたことがあったが、梨沙の作る飯は不味いと言われて以来、作るのをやめてしまった。

その食事した時もそうだったが、隆次の部屋に普段テーブルが置かれていない。

「叔父さん、どうしてテーブル置かないの?」
「テーブルはあるよ。人が来た時は食事の時に出しているけど、普段は必要ない」
「面倒くさいじゃん」
「それは梨沙の問題であって、僕は面倒くさくない。兄さんだってウチで食事する時は床に直接皿とか置いて食べるのを "中東風だ" とか言って楽しんでいたし」
「パパは変わってるとこあるから」
「梨沙はその変わり者の娘ということ」
「叔父さんだってそんなパパの弟でしょ」
「僕は変わり者だよ。梨沙もそう言いたいんだろう? わかっているくせに」

梨沙は頬を膨らませるが、不思議と起こる気持ちにはならない。父と血の繋がった兄弟という事が、不思議な親近感を抱かせた。

***

隆次は梨沙はASDの可能性があるが、まだはっきりしないことは遼太郎から聞いて知っている。けれど梨沙や蓮が小さい頃から、多分そうだろうな、と感じている梨沙と蓮は対照的な性格をしているが、共に「普通の子」ではないな、と。

2人とも両親からは愛されている。そこは自分とは大きな違いがある。

しかし彼らに自分との共通点をいくつか感じ、自分と同じような『身内や世間からの疎外感』感じないようにと本気で願うようになった。
その願いは遼太郎と同じ。

だから梨沙が蓮を邪険に扱うような態度や言動をした時は、厳しく接した。

「僕には兄さんしかいなかった。兄さんだけが僕のことをわかってくれた。梨沙と蓮は歳も近いから僕とは感覚が違うかもしれないけど、身近な存在の弟を邪険にするのはやめてほしい」
「叔父さんの場合は男同士だし歳も離れてる。私達は異性で歳が近い。一緒にしないで」
「一緒だよ。年齢男女関係ない。 血の繋がった唯一のきょうだいなんだから」
「わかんない。嫌いなものは嫌いで何が悪いの!?」
「じゃあ言うけど。そういう態度、梨沙のパパは一番嫌うよ。兄さんはそういう理由で自分の両親を嫌っている。梨沙、お祖父ちゃんお祖母ちゃんとあまり会わせてもらえないでしょ? 休みに田舎に帰ろうなんて兄さん言わないよね? 梨沙が蓮にそういう態度を取っていると、いつかパパは梨沙から離れて行っちゃうよ。いいの?」
「…」
「まぁ、自分の親に対しての態度はどうなんだ、というのは兄さん自身の課題だけどね」
「課題?」
「全ての根源は自分の親にあると兄さんは思っているけど、そうではなくて、全ての根源は兄さん自身にあるということ。兄さんは自分自身にもがいている。とりあえず子供たちには悪路を断たなくてはと必死だよね。それがたまに逸脱して、わけわからない事してる時があるけど。兄さんはそれにも気づいているけど、じゃあ最初からそうすればいいのに、が出来ない。
僕はもう家を出た身だから別にいいけど、長男で家を継いだことになってしまった・・・・・・・兄さんにとっては、自分の親との確執をどうにかするのは、兄さんの課題だよ。義姉さんには両親がいないから、梨沙たちにとってお祖父ちゃんお祖母ちゃんと呼べるのはあの家にしかいないのに帰らない、会わせてもらえないなんて、梨沙たちも被害者だよな。それに『田舎』って呼んでいい、立派な田舎・・なのにさ。夏なんてすごいカエルがそこらで鳴くんだぞ」

梨沙は隆次が何を言っているのか、よくわからなかった。

「パパが自分の親と仲悪いなら、私はパパと仲良し。だから弟と仲が悪くたって同じことじゃない?」
「お前何言ってんの? 全然違うだろ。それにパパの真似をしようとするんじゃない。兄さんは間違っているんだから。子供はいつか親から離れていくし、先に死ぬのも普通は親が先。きょうだいは "いざ" という時に頼り合う時が来るもの。パパから嫌われたくなかったら、もっと弟に優しくするんだね」

間違っている、と言われ、また "先に死ぬ" だとか言われて梨沙はムッとした。

「パパが間違ってるって?」
「完璧な存在なわけじゃないんだからさ。そういう不完全なところが兄さんを強くさせているんだよ」
「パパは完璧だよ。言ってることがよくわからない」
「わからなくて結構。とにかく、蓮には思いやりを持って接すること。それは絶対に兄さんも望んでる。これは間違ってない。いいな?」

梨沙は渋々頷いたが、だからといってどうしたらいいかわからない。小さい頃から遼太郎にも同様のことを言われてきたが、具体的にどうすればいいのかわからなかった。

「隆次叔父さん。じゃあどうしたらいいのか、どういう風にすればいいのか、それを教えてくれない?」

隆次はニヤリと笑い「仕方ないな」と言った。

「まずカッとなったりした時は深呼吸するんだ。梨沙、兄さんからもらったものとか、身につけたり持ち歩いたりしてないか?」
「パパからもらったもの…。う~ん、タブレットとか…」
「タブレットはちょっとアレだな…キーホルダーでも何でも、それを見たら兄さんを思い出すようなちょっとしたもの、何かないのかよ」
「…」
「ないなら今度、梨沙にそういうものあげてって俺から頼んでおくよ。で、さっき言ったように気持ちに嫌なスイッチが入った時、それを手にして、深呼吸するんだ。そうしてゆっくり10まで数える。俺はな、兄ちゃんがくれたこの腕時計を見てそうしてるんだ。そうすると頭の中で兄ちゃんがストップをかけてくれる。"Keep calm"ってね。そうするとゆっくり気持ちが引いていくんだ。ヤバいクスリみたいに効果あるぞ」

真剣な眼差しを向ける梨沙に隆次は「次は蓮と一緒に来い。訓練してやる」と続けた。




#12へつづく

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