見出し画像

蜜蜂 第3話

心地よく風が優しく吹きぬけた。黄昏時で、全てが優しく、僕たちを包んでいる気がした。

「翔さん、同じように感じてる?」
「…何を?」
「こんなに、優しい気持ちになれる事があるんだなってこと」
「あぁ…」

そうなんだ。菜緒と僕は、まるで何かの糸で繋がっているかのように、同じ感覚を持ち合わせていた。
似た者同士っていうのかな、根本的な部分が一緒っていうか。

この公園から見えるマンションの4階の、菜緒の家の灯りがついた。

「さぁ、そろそろ帰った方がいいよ」
「まだ全然遅くないじゃない」
「家の人、帰って来てるよ。夕飯の手伝いとか、色々やることあるんじゃないのか?」
「私がやらなくても、弟がやっているわよ」
「普通、そういうのは女の子がやるもんだろ?」
「普通ってなに?翔さんは、さっさと私を帰したいの?」

僕は何も言えなくなった。黙り込んだ後、菜緒は僕の腕を振り払って立ち上がった。

「そうよね。翔さんにはちゃんとした彼女がいるのに、私が束縛しちゃいけないわよね。」

菜緒の口調は強かった。

「さようならっ」

そう言って芝生の丘を駆け下り、ベーッと舌を出した。そして停めてあった自転車に素早くまたがると、あっという間に去って行った。

やれやれ、と僕はもう一度仰向けに寝転んだ。空にはまばらに星が顔を見せ始めている。

僕は確かに、恋人である彩花の事が好きだった。幼い頃から近くにいたから、自分を作る必要がない。素のままでいい。

しかし、2人で逢う時間は、菜緒との方が濃密に感じられた。

現に僕は、こうして菜緒と逢うための時間をかなり割いていた。

魅かれているのだ、明らかに。恋人とは全く違った感情で。

---------------------------------------------
つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?