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【連載小説】鳩のすむ家 #12 〜"Guilty"シリーズ


【前回のお話】

【こちらの後日談】

かつ#8の裏面のお話です。

~純代


秋から冬へ。

ハロウィンが終わると一晩にして街はクリスマスに切り替わる。
11月から年の瀬に向けて一気に加速し、そしてクリスマスが過ぎればまた一瞬にして正月モードに切り替わっていく。名残を楽しむ事をシャットアウトされ先に先に急かすように。
日本人ってそもそも、名残や余韻を嗜む民族ではなかっただろうか…なんて、私は正月モードの、急に和になるところと、新しい年が始まる憂鬱さが合間って好きではないだけなのだが。


対してクリスマス前のこのそわそわ・ワクワクした雰囲気は昔から好きだけれど、どこか落ち着かなさを覚えたりもする。この華やぐプリズムの先にあるのは光なのか、闇なのかー。

空に向かって一つ息を吐いて、待ち合わせのいつもの店に速歩きで向かった。


月に1~2度くらいの割合で来ているビストロ。こちらもこの前来たときはカボチャ料理があったけれど、今はロテサリーチキン。

野島くんはこの急きたてる季節、何を思って過ごしているのだろう、なんてふと思う。
けれど彼は、1年中考えている事はあまり変わらなそうな気もする。そういう意味では彼にそういう情緒を感じる事はない。もちろん、暑いだの寒いだの言うし、服装も変わるけれど…しかもまぁまぁオシャレだし…。小物使いとかさりげなくて、本物のお洒落上手を匂わせる。持ち物はちゃんとしろって、上司に叩き込まれたって言ってた。

「よ。今日は遅かったな」

カウンターの隅に座っていた野島くんが手を挙げる。もうすっかり常連さんで、予約すると毎回この位置を用意しておいてくれるようになった。料理を用意する店長さんに軽く会釈をする。

「野島くんは最近先に着いてること多いよね」
「俺はもう暇な身分だから」
「暇ってことはないでしょう」
「内勤は仕事の予定が立てやすいからな」

企画営業部営業第一課から異動して、今は部付スタッフとなって後輩の指導をしたり、案件の進捗管理などをやっているという。やり甲斐はなくはないらしいけれど「まぁ、つまらないね。直接数字上げてる感なくて」とも言った。

「でも第一課、これまで右肩上がりだった課全体の営業成績が、横ばいが続いてるって聞いたよ。やっぱり野島くんが抜けた影響は大きいんだろうね」

そう言うと、ちょっとしてやったり顔になる。単純なところもあるのだ、この男。

「そうなんだ。売上バンバン上げる営業マンを量産しろってのが俺に下った命令だからな。売上が横ばいでは困るんだ」
「その任務にさ、3年目の野島くんが抜擢される事自体がすごいんだけど」

そういった教育係って、若くても普通は4~5年目の仕事ではないだろうか。だってノウハウがいるでしょ。現にその世代の先輩たちだって現場を回っているのだし、野島くん以上にノウハウ積んでいるはずなのに。

「3年目はもう若手の顔するなってことだよ」
「きびしー」
「俺はいいけどな。年次関係なく対等に扱ってもらえるなら」

ま、野島くんは最初からそういう考え方の人だったからね。

「とは言え、面倒くさい奴もいるけどな」
「そうなの? 一番面倒くさそうな野島くんが言うんだから相当だね」

そう言うと彼は私の首を絞めるマネをした。

「わ~た~し~は~じ~じ~つ~を~言ったまで~ゲホゲホ」
「年功序列を気にする奴とかさ、いるんだよ」
「普通、気にしていいと思うけどね」
「違うだろ。営業なんて殊更、会社への貢献度だろ。だから売上が全てだ。歳だとか年次だとかじゃない」
「会社への貢献度って、一見優等生発言だけど」
「俺はそういう意味だったら会社にとって優等生だと思うぞ」
「何故か野島くんが名乗ると胡散臭いというか、こそばゆいというか」

私は再び首を絞められた。

「まー見てろ。12月度は挽回させる。以降最低半年は右肩上がりにさせる。有言実行となったら俺は役職に就く」
「え、ほんと?」
「課長に直談判した」

そういってグビグビグビ、とグラスのワインを煽った。
何と言うか呆れるを通り越して…なんでこの人はこんな会社でサラリーマンしているのか、と以前から感じる疑問が頭をもたげる。超有名大企業でも絶対この調子で、トップを目指せたと思うのに。

「それで、のんでくれたの、課長」
「やれるもんならやってみろ、と言われた」
「もしそうなったら、同期の中でも超出世頭だ」
「出来る奴は他にもいるし、油断はできない。とはいえ、負けるつもりもない」
「ね…やっぱり誰よりも先に上に上がるとかって、思ってるんだ」

野島くんはちらりと私を見る。

「ダラダラ仕事するつもりはないだけだ」
「あ…っそ…」

なんと言うか、チャラそうでチャラくなく、金が全ての成金でもなく…変わっているなとは思うけど。
そういう矛盾が、不思議とこの人が妙に男っぽく感じる部分だ。

私が変な顔をして見ていたせいか、野島くんは小さく笑うと私の鼻を小突いた。
照れ臭さを隠すべく顔を背けると、店の片隅に飾られた大きなクリスマスツリーが目に入った。安っぽい電飾の一切ない、シックなツリーだった。

「野島くん…今年のクリスマス…どうするの?」

愚問かな、とは思いつつ。

「え? どうするって?」
「だからその…何か予定」
「クリスマスだからって何だよ。俺は無宗教だけど」
「出たでた」
「何が出たでた、だよ」
「俺は無宗教だからそんなの関係ありませーんって人」
「何が悪い」
「情緒がないのよ」
「情緒? クリスマスってだけで束の間浮かれる事がか?」

…全く。その通りではあるんだけどさ。

「いいじゃない、束の間浮かれたって。桜を愛でたり紅葉を愛でたり、日本人は季節の瞬間を楽しむ情緒ってもんがあるでしょ?」
「あー、そういうことね。そうだ。だったら今、俺の家の近くのイチョウ並木がいい感じだよ。ジャーミイある通りで、なかなか見応えあると思う」
「ジャーミイ?」
「モスクだよ。規模の大きなモスクをジャーミイって呼ぶらしい。すごいんだよ。そこだけ日本じゃないみたいでさ。アザーンっていう、祈りの前の呼びかけみたいな放送も流れてくるしさ」
「へぇ…それが野島くんの家の近くにあるんだ。いいな、見てみたい」
「見に行く?」
「え、今から?」
「束の間の情緒に浮かれたいんだろ?」

そういうことだっけ? と少し疑問に思いながらも店を出て、紅葉を楽しむためにジャーミイに向かって大通り沿いをのんびり歩くことになった。
都内は色づくイチョウ並木がたくさんあり、夜空の藍との補色が見事だった。

「少し寒いけど、いいね、秋の夜のお散歩」
「うん」

こういう時、手を繋げたらいいな、思う。何となくそういうのは憚られる、微妙な私たち。
それでも私のことは野島くんにとっては『特別』なんだってさ。
友達以上恋人未満。都合のいい言葉があるものよ全く。

「でさ、クリスマス」
「ん?」
「無宗教で何もないなら、ご飯食べに行こうよ」
「いいけど」
「プレゼント交換も」
「えぇ~? まぁ…いいけど」

よし、約束取り付けた。
内心ホッとしたところで、急に野島くんの足が止まり、それに躓きそうになる。

「? どしたの?」

すると彼は突如、私を置いて駆け出した。誰かの名前を呼びながら。
その方向に目をやると…女の子が逃げるように走り去るところだった。

「野島くん!? どこ行くの!?」

私の叫びに彼はクルリと振り向いたかと思うと

「悪い。これで部屋、行ってて」

と私に向かって何かを投げた。突然だったし、暗い夜道でよく見えず取り損ね地面に落ちたそれは…鍵だった。

「え…ちょ…」

けれどもう野島くんは女の子を追いかけて行ってしまった。

ちょっと…部屋行っててって…。

っていうか、えっ。
部屋?
野島くんの、部屋?
行っててって…行ったこと、一度もないんだけど!

女は自分の部屋には入れないって、前に言ってたのに…自分は相手の部屋に行って、コトを済ませたら絶対泊まらずに帰るって。
頑なに、女の人には来てほしくないんだろうって。

…それとも、最近は懇意にしている子がいるとか? 私を、部屋に出入りしている誰かと勘違いしたわけ!?
えぇぇ? どれだけバカなの!?

…いっぺんに、色んな考えが錯綜する。
一旦深呼吸して、整理する。

まず事実は1つ。
私は野島くんの家がどこにあるか詳細までは知らない。

そしてそれに伴い困ることがもう1つ。
これがもしマスターキーだったら、このままだと野島くんも家に入れないということ。

もう…本当に何考えてるの。あの男は…。






#13へつづく





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