180718_短編

病気の国とねぼすけの巨人

昔むかし、ある所に、とある国がありました。
その国にはとても悪い病が流行っていました。
その病を患ったら、たとえどんな人だろうと、倒れてそのまま数日寝込んで死んでしまいます。
偉い人や頭のいい医者は思いました。
「このままではこの国は病に満たされ、死によってつぶれてしまうだろう」
国民たちの不安は募るばかりです。

その国のとある村には怖い言い伝えがありました。
山奥の廃教会には怪物が現れると。事実 多くの旅人がその廃教会で行方不明になっていた。
時々聞こえてくる不気味な風の音はその怪物のいびきだと言われていた。
昔は子どもが悪い事をすると、その教会に連れて行って捨ててしまうぞと脅されていたものです。
病が流行っている今は、そんな余裕はありません。

その村のはずれに妊婦さんがおりました。
出産まで間近なのに、病にかかって倒れてしまいました。
それでも愛する我が子のためにがんばって生き続け、
ついに娘を出産して息絶えました。
彼女の三人の息子たちは母の死を大変嘆きました。
そして「三人でこの新たに生まれた妹を守ろう」と決心したのです。

妹はなんの問題もなくすくすくと育ちました。
妹は優しい兄たちの事が大好きな、とても良い子です。
しかしどういうことでしょうか、奇妙なことに、その少女の瞳は真っ赤でした。
三人は妹のことを思い、村のはずれでひっそりと住むことにしました。
だけど秘密はいつまでも隠したままに出来ませんでした。
一人の村人が、外で遊ぶ少女の目に気づき、村中に話を広めてしまったのです。

「あぁ、なんて恐ろしい。それはきっと悪魔の子に違いない。捕まえて焼き殺してしまえ!」
と、村人たち。
「その少女は病に倒れた女から生まれたにもかかわらず、元気に生きている。捕まえて解剖してしまえ!」
と、医者と偉い人。
「きっとその少女を生贄として捧げれば、病の苦しみから逃れられる。捕まえて谷底へ落としてしまえ!」
と信者たち。

誰もがたいまつを持って兄弟と妹を追いかけてきます。
三人と一人は必死の思いで森や山を逃げ回ります。なんとしてでも母の形見である妹を守らねば。

最初に三男がつかまりました。
「愛する妹よ、どうか生き延びておくれ」
次に長男が妹を庇って弓矢に撃たれました。
「この身が滅んでも、妹を守り抜かねば」
最後に次男が追い詰められ、国の兵士によって首を切り落とされました。
その時、彼は何を思ったのでしょうか。

妹は一人で、山の奥の廃教会に逃げ込みました。
恐ろしい形相の人々が迫ってきます。
妹はついに逃げる事に疲れてしまい、立つこともできません。
「悪魔め。ついに追い詰めたぞ。」
村人が娘に手をだそうとしたら、その村人の体が突然 宙に浮きました。
そして廃教会の天井に張り付いた一匹の怪物に頭を齧られてしまいました。
怪物が村人の体を掴んで持ち上げたのです。
緑色の肌をした、黄色い目玉と大きな口を持つ怪物。
妹を除き、村人たちは狂ったように騒ぎ出しました。
ただの言い伝えだと思っていた怪物の存在は本当だったのです。
怪物は狂った村人などお構いなしに、一人また一人と人間の頭に齧りつきました。

妹は「お兄ちゃん。早く私を助けに来て」と心の中で願いながらうずくまっていました。
そして怪物が妹に触れようとした、その時です。
廃教会の地下から恐ろしい唸り声が響いてきました。
「うるさいぞ!」
たちまち地面が盛り上がり、ひび割れて、巨人が現れました。
巨人は教会を中から破壊し、大きな手で人々を潰していきます。
妹は、間一髪で巨人の肩に掴まり、空から一部始終を眺めていました。

自分たちを追いかけてきた群集は、まるでアリのようだ。
長男を討った弓矢は遠くから見ればただのホコリ。
次男を襲った兵士の剣は棒切れのように頼りない。
村の家は藁のテントみたいに簡単に吹き飛ぶ。
猛き馬はまるでおもちゃ。
巨人が手を挙げると、恐ろしい人の塊は次々と散っていった。
勇者のごとく巨人に立ち向かおうとした戦士たちは雨粒のように地面に叩きつけられ潰れていった。
幼い妹はただ見ていた。

やがて巨人はひとしきり暴れて疲れたのか、眠りにつきました。
その頃にはもう、病気の国は滅んでしまいました。
巨人が暴れて畑は荒らされ、村は潰れ、人々は狂乱のまま死にました。
少女をのこして、みんな死んでしまったのです。

妹は寝息をたてる巨人の肩で、安心して眠りました。
明日からはもう誰かに怯えて暮らす必要はありません。
だって、自分にはとびきり強いお兄ちゃんがいるのですから。
おやすみなさい。

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