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【実況】陰キャ障害物走(種目:眉毛サロン)

春の薫風に生え乱れた長い眉毛が揺れております。

新しい季節の到来を告げる柔らかい風が、ここ東京でも爽やかにつむじを巻いています。

さあ、そんな群青色の風をまとって、一人の陰キャが出走準備に入りました。

栁田凌――この道30年のベテラン陰キャです。

そんな彼が今回挑戦するのが「眉毛サロン」。

一対一の超至近距離で長時間行われる施術は高いコミュニケーションスキルが求められます。

もはや「陽キャサロン」と呼んでも過言ではないコミュニケーションの大関門、果たして陰キャが乗り越えることができるのか?世紀の挑戦がいま始まろうとしています。

改めまして、実況は私、我修院尊敬(がしゅういんそんけい)がお送りいたします。

さて、男性でも体毛を整えるのが当たり前となった昨今。

また、コロナ禍におきまして、眉毛やまつげを整えるアイサロンが急速な需要の高まりを見せております。

「マスクをしていても目元だけは綺麗に見せたい」。

そんな時代の悩みに応えるように、若年層を中心に人気を博すようになりました。

今回出走する栁田選手も、「1度くらいちゃんとした眉毛の自分を見てみたい」と初出走を決めたそうです。

さあ、そんな栁田選手。いま、サロンに続くエレベーターのボタンにゆっくりと指をかけました。やや緊張した面持ちでしょうか。

陰キャでも眉毛サロンへっていいのか。

そんな一抹の不安を滲ませております。静かに瞑目し、呼吸を整えます。

「いいやそれでも、俺は美しい眉毛が欲しいんだ」

そんな表情でいま、エレベーターを降り、入口にたどり着きました。目の前には真っ白なアンティーク調の扉が立ちはだかります。陰キャにとってこの純白の扉がどれほどの脅威であるのか、想像を絶するところであります。

大きな、大きな扉。そのドアノブに、いま手をかけました。さあいよいよ、この扉を開ければ出走がスタートいたします。

出走開始

さあいまゆっくりと扉が開かれました!これから数々の障害が柳田選手の行く手を阻みます。果たして精神を保ったまま眉毛サロンを乗り切ることが出来るのでしょうか。

おっと柳田選手、丁寧です。扉が大きな音をたてないような配慮でしょう。両手でドアノブを持ってゆっくりと扉を閉じました。開始から堅実なプレーを見せています。非常に落ち着いていますね。

「いらっしゃいませ~。靴を履き替えておあがりください」。

早速待ち構えているのは今回の鬼門であります「きれいなおねえさん」です。

デニムと白Tシャツというシンプルな装い。その上から大きめのエプロンをかけております。淡いベージュのマスクの上には可愛らしい小さな目が躍っております。
さらにその上には……やはり美しい眉毛だ。しっかりと整えられつつ、やりすぎていない自然なアーチです。

おぉっとここで!眉毛がハの字になりました!眉毛と手をつないだように目尻もぐっと下がります!
序盤から陰キャの精神を錯乱しにかかります!このハの字が厄介です。

「……予約した、栁田です」。

栁田選手。やや狼狽している様子です。ただ名前はきちんと伝えることが出来ました。なんとかくぐり抜けたという感じでしょうか。しかし退店までこの脅威が牙を剥くことになります。波乱の予感です。

「栁田さんですね~。こちら奥の部屋へどうぞ~」。

あぁっと、ここは少し運が悪かったでしょうか。奥の部屋に通されてしました。

逃げ道を失う不安感は陰キャにとって大きなアドバンテージになります。あぁぁ柳田選手。苦悶の表情を浮かべております。悟られまいと必死に笑顔を取り繕ってはいますが、それが逆に不自然です。梅干しのようなすっぱい表情。大丈夫でしょうか。

「……」。

無言でおねえさんの後をついていきます。とてつもない猫背です。陰キャ暦30年のこの男の背中。矜持と哀愁に満ちています。陽キャの洗礼を浴びて、いつもより縮こまっているでしょうか。しかし残念ながら我々は見守ることしかできません。

待ち受けているのは6畳ほどの個室、その中央には革張りの真っ白いソファが置かれています。壁、床、ソファ。見渡す限りの白です。白というのは清潔さや純粋さを表す一方で、緊張や空虚、冷やかさを象徴する色でもあります。
陰キャはネガティブな要素を拾ってしまう特徴があります。このへんが選手にどう影響してくるか。

「どうぞ、おかけくださ~い」。

あぁっと栁田選手、キョロキョロと視線を漂わせております。これはよくありません。あぁぁぁっとこれは!汗!汗です!顔周りから汗がにじんでおります!

急に室内に入った寒暖差と緊張で異常発汗がとまりません!どうする!?

おっとここで?ポケットから取り出したのは……ハンカチだぁぁっつ!!!

柳田選手、今回はハンカチを準備しておりました!なんとか額の汗を拭います。
すこしヒヤリとするシーンでしたが、ここは落ち着いて処理をしていきます。柳田選手、発汗対策はバッチリでした。

「今回初めてですよね?どんな感じにしたいですかー?」

きれいなおねえさんの攻撃が続きます。可愛らしい笑顔がボディブローのようにじわじわと体力を削っていきます。栁田選手、目線をはずしてなんとか対応しています。

おっとしかしこれは……いい匂いだぁぁっっっ!

横からはなんか甘くていい匂いのフックが飛んできます!この攻撃が栁田選手の顔面をもろにとらえる!これはひとたまりもありません!

「えぇっと、あの、なんとか良い感じにしちゃってください」。

栁田選手、かなり参っている様子です。「しちゃってください」という語尾で何とか陽キャバイブスに寄せようとしていますが、キモすぎます。

しかも中身が全くない返事、「あなたとは会話する意思がありません」と受け取られかねません。「あなたのこと理解できそうもないから、好きにしてよ」という怠惰で傲慢な態度が鼻につきます。さすが陰キャ日本代表との呼び声高い実力を垣間見せていきます。

寄り添ったようでふうでいて確実に線引きをする。陰キャ特有の卑屈な距離感を保っていきます。

「あははっ。わかりました。じゃあ、かっこいい系と可愛い系だったらどっちがいいですか?」。

「……かっこいい系で」。

ドヤ顔で答えていくうぅぅ!かなりキモいですが、なんとか調子を取り戻してきた様子です。

「わかりました!それじゃ早速始めていきますね~!」

さあここから、おねえさんがさらに近づいていきます。パーソナルスペースがどんどん侵されていきます。柳田選手、果たして乗り切ることが出来るでしょうか。

ここで眉ペンシルとファンデーションが取り出されました。この二つでまずは形を決めていこうというわけですね。おねえさん、さすがはプロです。ほとんど迷いのない所作でどんどんと眉の形を決めていきます。あれよあれよという間に……終わったようです。

「こんな感じでどうですかー?」

栁田選手に手鏡が渡されます。

「お、おぉぉ!いいですねぇ⤴⤴」。

あぁぁぁっっっと柳田選手!!声がうわずってしまいました!!!店員さんが喜びそうなリアクションを想像して無理にテンションをあげてしまったかぁぁっっ!!

柳田選手、自分でも不自然だという自覚があるのでしょうか。顔がひん曲がっています。「こんなとき、どんな顔をしていいのかわからないの」とでも言いたげな表情だぁぁっっ。視聴者の「笑えばいいと思うよ」という声が聞こえてきそうです。

「はい!あとからパーマで調整したりとか、伸びてきたときに違う感じにしたりとかもできますので、その時は教えてくださいね!」。

ここで”ハの字”だぁぁっ!おねえさんの連続攻撃が続きます。

「それじゃ実際に整えていきますね!椅子倒すので深くもたれかかってくださーい」。

ウイーンという駆動音とともに椅子がゆっくり倒れていきます。

栁田選手、ちょっとモジモジ落ち着かない様子ですね。これはきっと陰キャがゆっくりと倒れてくる画を俯瞰的に想像してしまっているのでしょう。たしかに見るに堪えません。

ここでおねえさん、背もたれの後ろに回り込みます。柳田選手の視界は天井しか見えていないという状況です。これはかなり不安感を煽られます。

「これから毛抜いていくのでちょっとちくちくしますよ~」。

ここでおねえさん、小さな椅子を持ってきました。その椅子を……な、な、なんと!柳田選手の頭部の真上に持ってきました!!

そこにいま、腰かけます!!すると!?!?おねえさんのおなかが栁田選手の頭頂部にぐいぐいめり込んでいきます!!!すさまじい攻撃です!!!栁田選手、絶体絶命ぃぃぃぃっっっ!!!

「……」。

栁田選手、ピクリともしません!これはおそらく気持ち悪いことを想像して現実逃避しようという作戦のようです。「僕、気持ち悪いこと考えるのだけは得意なんですよ」と事前インタビューで語っておりますように、頭の中では放送もままならない気持ち悪い映像が流れているに違いありません。
なんとか自分の得意な形に持ち込もうという狙いですね。

「きょうはお休みなんですか?」

あぁぁっっと!!相手の意図を読んでいるかの如く、意識を現実へと引きずり戻していきます。栁田選手、なかなか自分の土俵で戦わせてもらえません。

「そうですそうです、このへんプラプラっとしてて……」。

これはいけません、このへんぷらぷらなどと嘘をついてしまいました。
つく必要のない小さな嘘も陰キャ特有の性格です。端々でベテラン陰キャらしさを見せていきます。

「きょうは何されてたんですか?」

「えっと、昼前に起きて、家でアニメ観て……そんな感じです」。

ここは正直に言うことができました。しかし、休日が陰キャすぎるぞぉぉっっ!!

「あ、私も休みの日そんな感じです!けっこうオタク?なので」。

三度の”ハの字”だぁっっ!しかもこれは「共感」に見せかけた「配慮」です!これに乗ってはいけません!!二の句をどう出るかぁっ!?

「え、そうなんですね。なんか好きな作品とかありますか?」

栁田選手、ここは冷静に対処しました。「アニメ好き」を自称する女子にはさんざん痛めつけられてきたのかもしれません。まずは好きな作品で相手の熱量を図ろうという策略です。これはファインプレーです。

「あたしちょっと昔のジャンプ系が好きなんですよ。ナルトとかブリーチとかワンピとか!お兄ちゃんの影響で。最近もナルト見返して泣きました(笑)」。

「あ、いいですよね!僕めちゃくちゃ世代なので、わかります」。

おやおや……柳田選手、警戒心が薄れてしまいましたね。大丈夫でしょうか。

「ほんとですか!私イタチがめっちゃ好きで。なんていうか、お兄ちゃんキャラが好きなんですよね。でもなぜか私が好きなキャラクター、途中で死んじゃうこと多いんですよ。イタチもそうじゃないですか。この前そのシーン見返して泣きました」。

「許せサスケ。ですよね?」

あぁぁぁぁぁぁっっっっっっと!!!!柳田選手、誘いに乗ってしまいましたぁぁぁぁっっっ!!!!気持ちよくモノマネしていますが、全然似ておりません!!!!

「そうですそうです!!あそこハンパないです!!!え、お兄さん、好きなキャラクターいますか?」

「うーん、イタチといえばじゃないですけど、鬼鮫とか好きですね。雨でずぶ濡れのイタチを気遣って、「お体に触りますよ……」って言うシーン知ってますか?人間味のある悪役っていいですよね」。

「あーめっちゃわかります」。

だぁぁぁぁぁっっっ!!!おねえさん、絶対わかっていません!!!こうなることは読めていたはずだがぁぁぁっっ!?
栁田選手、しっかり落ち込んでいます!!!この男、どこまで馬鹿なんだっっ!!

「あ、でも、このサロンで働いてる子たちもアニメ好きな子多くて。なんか気分上げたいなって時とかは、それこそ平成アニメソングメドレーとか流してます!『ウィーアー!』とか流れてくるとやっぱアガりますよ!『プリキュア』とかも流れちゃうんですけど(笑)」。

「『ウィーアー!』定番ですよね。ワンピだったら『Shining ray』とか好きです」。

「あーめっちゃわかります」。

「そうだな……ブリーチだったら『*(アスタリスク)』はいいですね。オレンジレンジはやっぱり世代なので。あと『サンキュー!!』も好きです。HOME MADE 家族の」。

「あーめっちゃわかります」。

なんという惨劇でしょう!!おねえさんの声がみるみる冷めていきます!栁田選手、もちろんこれに気づいているはずです。ですがもはや引き返せないということかぁぁっっ。

「あなたが会話を振ってくれたおかげで私は楽しいです」という芝居がやめらないようです!なんという自己愛の奴隷でしょう!!だがもう喋らないでくれぇぇっっ!!

「はい、終わりました~!あっという間でしたね!背もたれ起こしていきま~す」。

おっと、ここでようやく施術が終わったようです。またウイーンという駆動音とともに陰キャが起き上がってきます。

「はい!仕上がりこんな感じでーす!」

ここでおねえさんから手鏡を渡されます。自分の眉毛を確認します。こ、これは……

めちゃくちゃ綺麗です!!整っています!!
眉毛だけがびっちり整列していて、不覚にも笑ってしまいます。
なんなんだこの生物は~~っ!

「それじゃ、お会計こちらで頂いちゃいますね。税込みで7,700円になります!」

これは高いですねぇぇ。柳田選手、放心状態です。はいという簡素な返事でさっさとお会計を済ませていきます。一刻も早く退店したい、そんな様子です。

「はい!ではちょうどいただきました!どうもありがとうございました!次回来店はラインからでも簡単にできるので、試してみてくださいね!」

おねえさんも必要な情報だけをアナウンスしていますね。相当な気苦労だったことでしょう。両者ともに帰ることだけを目指しているという状況です。

「……ありがとうございました」。

柳田選手、すさまじい早さで荷物をまとめます。立ち上がってから玄関までの移動が実にスムーズで無駄がありません。ここで靴を履き替えて……退店しました!
終了です!!

さあ果たして、柳田選手の精神状態はどうかっっ!!


……だめだぁぁぁぁぁぁぁっ!!

やはり「あーめっちゃわかります(わかってない)」が効いたかぁっ!

もう眉毛サロンには行けない、そんなことを独り言ちて、とぼとぼと帰路につきました。

大きな敗因としては「頭頂部に当りっぱなしの柔らかいお腹」そしてやはり「自称アニメ好き女子の罠」にはまってしまったことが挙げられます。今回は残念ながら惨敗という結果に終わってしまいました。

ですが、陰キャの障害はまだまだ続きます。
またいつか乗り越えられる日を楽しみに待ちましょう。

それでは、また次の実況でお会いしましょう。

さようなら。

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