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社会人冒険者、ピクニックでHP回復

現実はクソゲーだ。このMMORPGにはいまや、日本サーバーだけで1億2千万人をこえる人々がログインしているが、そのほとんどが魔王軍に蹂躙される日々を送っている。

魔王軍勢は非常に手ごわい。
学校の先生、親、上司、友達、恋人、近所のおばはん、満員電車のサラリーマン、不愛想な店員、頭のねじが外れた政治家等々、強力なモンスターが我々の行く手を阻む。

彼らの攻撃は残忍かつ狡猾だ。
ある者は一般ユーザーに化け、こちらが背後を見せているその隙に猛毒の呪文を唱える。

――「相変わらずだね」。
モンスターはじっと私の冒険を観察し、かつ私に観察していることを気取られぬよう冒険者に化け、この呪文の効力が最大化する機会を生涯をかけて伺い続ける。
そして「今だ」という瞬間に渾身の力を解き放ち、口端を歪めて、「相変わらずだね」を唱えるのである。

この呪文の直撃を喰らった冒険者は数週間にわたってHPが削られることになる。ちなみに一定確率で石化するチートっぷりだ。

またある者は”あなたの為を思って”というミスリル級の甲冑を身に纏い、体当たりを仕掛けてくる。

――「だから言ったじゃん」。
この手のモンスターは親身という絶対防御の構えで、あらゆる攻撃を跳ね返す。お前の策略には乗らぬぞ、ともがいたところで、最後にはカウンター呪文「だから言ったじゃん」で正面から突き飛ばされる。つうこんのいちげきは免れない。

冒険者たちのHPは、もうとっくに限界かもしれない。かくいう私も日々血を流しながら冒険を続ける始末である。

なんとかしなければ、事態は一刻を争う。

そうして私は藁にもすがる思いで、ピクニックを始めたのである。

なるべくコストをかけたくない


HPを回復するには自然に触れるのが一番だ。
日本というワールドにはありがたいことに川や森林といった自然豊かなスポットが溢れている。ここへ行くほかない。

とはいえ、郊外へキャンプや川下りに行くまでのスタミナはもう私には残されていない。体力的な問題もしかり、金銭的にも正直余裕がない。

なるべくお金をかけず、労力もかけたくない。とすると選択肢は限られてくる。

そうだ、公園へ行こう。

最低限の下準備


公園でなにをするか?メシを食うのだ。木漏れ日の揺れるベンチに腰掛ける。メシを食う。茶を飲む。なかなか乙なものではないか。さすればHPは自然と回復しよう。

とはいえ弁当を用意するのは骨が折れる。料理スキルもろくにない雑魚冒険者の私が用意できるのは、せいぜいにぎり飯と卵焼きぐらいのもんだ。

いいや、にぎりめ飯という選択は実は妙案かもしれない。
要は自分で作ったものであることが美味しさを生むのだ。しかも労力もお金もかけずスキルもいらず、なんとか用意できてしかも美味しい。そうじゃん、とりあえず握っとけばいいんじゃん。お、お、おむすびが、たべたいんだなぁ(裸)。

もちもの

  • おにぎり

  • 卵焼き

  • 鶴瓶のお茶 500ml

  • カメラ

道具屋で惣菜を調達


おにぎりを用意しているときに思った。あれ、これお腹いっぱいにならなくね?

そこで私は公園までの道のりにある道具屋で惣菜を買うことにした。

春巻き。厚揚げ。ハンバーグ。陳列された種々のおかずによだれが出る。この世界、道具屋だけはすごい。神々しく光るラインナップで私が選んだものは以下である。

途中で買っちゃったもの

  • からあげ

  • 黒ごま団子

  • かりんとう

いや~やっぱ甘いもの欲しいよね。うん、わかる。
糖分はあれですよ、ストレスを軽減させる効果があるんですよ。知らんけど。おなかのぜい肉も若干気になるところだが、太陽の紫外線に当ててしまえばカロリーゼロなので大丈夫。

途中で買うなら最初から手ぶらで行けばよかったかもしれない。まぁその分お金かけずに済んだから良しとしよう。

いざ公園のベンチへ


さて、家から15分くらいの道のりを経てようやくやってきた。
夏というにはまだ早い季節だが、晴れ間が差すとぐっと気温が上がる。昔はこんなに暑くなかったのに……。

汗ばんだ額を拭いながら木陰のベンチに腰掛ける。ふぅ、きもちいい。
時折風が吹くたび、サーッと葉が揺れる音がする。
HPがぐんぐん上昇していく。

さて、かくもあるけば腹が減るものである。さっそくメシを食おう。

ひゃ~豪華。こんなんでいいんですよこんなんで。
ぱくぱくぱくぱく。食べ始めたら箸が止まらなくない。おにぎり、卵焼き、からあげ、おにぎり。気が付けば口の中が食べ物でパンパンになっていた。
ほんとリスみたいな食い方やめたい。もぐもぐ食べ進めて、ものの数分で完食した。

食べ終わったら何もしない。遠くを眺めてぼーっとする。これがなかなか難しい。

私の敬愛するくまのプー氏がこんなセリフを遺している。

Doing nothing often leads to the very best kind of something.
(なにもしないことは、しばしば最高の何かにつながる)

「プーと大人になった僕」

疲弊した冒険者は往々にして、何かしなければと思い過ぎである。
でもそれがなんになろう?我々がいかにして動いたところで世界は変わりゃしない。

思えば私は昔から、思考に疲れると人前でもぼーっとするクセがあった。あーでもない、こーでもないと考える。結論が出ない。すると、とたんにスイッチが切れたように無になる。

そんな姿を見た人々から「いま何考えてんの?」と問われることがあった。私は素直に「いや、なにも」と返すのだが、目の前の相手にはそれが言葉通りに伝わらない。私がなにか思案していて、その内容を胸の内に秘めていると決めつけて評価する。

すると彼らはこう考える。
良からぬことを考えていたのか、言っても伝わらないと高をくくっているのか、単に面倒くさがっているのか。いずれにしても、この人は信用できない。

「ふーん」といった音のない返事で、じっとりした目をこちらに向ける。つい今まで頭が空っぽだった私は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で立ちすくむ。

そんな光景がよくあった。なんだったんだあれ。やっぱクソゲーだわ。

話がだいぶ横道にそれたが、ここは公園、誰に何を思われるでもない。ひたすらぼーっとしよう。そのうち「最高の何か」がやってくるはずだ。

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