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船酔いする人は観ちゃだめ(笑)映画 『逆転のトライアングル』

スウェーデンの映画作家リューベン・オストルンドは人間の本質の嫌なところを描くのが得意な監督だ。
どこかのブログで「人間の持つ毒を描く作品群」と紹介している記事もあった。

『フレンチアルプスで起きたこと』は、家族でリゾートに来ていて雪崩に遭遇した際、子供を置いてつい自分だけ逃げてしまった夫が主人公。
大事には至らなかったが、その出来事をきっかけに妻とぎくしゃくと気まずい状態に陥っていく話。

『ザ・スクエア 思いやりの聖域』は、エリート意識の強い美術館のキュレーターがほんの不注意が重なってドツボにはまっていく話。

どれも、観ていてなんとなく居心地が悪くなってくる。
極悪非道の悪人を描いているのではなく、どこにでもいそうな人物を、なんなら自分自身の中にも「あぁそういうところあるかも」と思わせるようなエピソードばかりだから。

今作は第75回カンヌ国際映画祭最高賞のパルムドールを受賞、アカデミー賞も作品賞、監督賞、脚本賞へノミネートされるほど評価が高い作品だが、
そこはリューベン・オストルンド監督。
一筋縄ではいかないこれまた一風変わった物語で、2時間27分の間に物語はとんでもないところに転がっていく。

作品は3部構成になってる。
・売れっ子モデルでインフルエンサーの女性ヤヤと売出し中の同じく男性モデルのカールの物語
・富裕層向け超豪華客船のクルーズでの話
・島への漂流サバイバルと権力構造の逆転の話

こうやって書いてみると、この3つの物語は独立したバラバラの話のオムニバス作品のように見えるが、この流れで話が展開していくからとんでもない。

 また、物語のなかで(特に2番目の超豪華客船クルーズでの話以降)、3つの階層間の区別が厳然としてあることが描かれる。
上流階級の富裕層たち、SNSでのインフルエンサーもここに含まれる
中流階級たち、主にクルーズ船で「お金のために」客をもてなす乗務員だが、彼らは白人だけで構成されている
そして最下層の裏方スタッフ達は非白人だ。

そして、作品タイトルの「トライアングル」もこの3つの階層をおそらく意味しているのだろう。
(英語原題も「Triangle of Sadness」)

オープニングはカールがCMオーディションを受けているシーンから始まる。
ハイブランドのCMの場合はモデルは笑顔を見せてはいけない、
出来るだけ不機嫌そうな顔で、上から庶民を見下ろすような表情であること、
一方、H&Mなどの安いブランドは満面の笑顔で親密さ表す、
ということが演出家から指導されている。

「ハイブランドのモデルは笑顔を見せてはいけない」
雑誌広告などの写真でも確かにそうかもしれない。

そして、ファッションショーでのシーンになる。
女性モデル達の顔に笑顔はなく不機嫌そのものだ。
そういうディレクションがあったのだな。

このシーンからまずいきなり不愉快な感じが出てくる。
前列中央に座ってショーの始まりをまっていた来場者を、何の理由のも説明なく「ここはリザーブだからどいてくれ」と一方的に座席を3席空けさせるスタッフ。
少しは抵抗するが、強固はスタッフの態度にあきらめて座席を譲る来場者。
そこにセレブらしき来場者がきて「4人なので1席足りない」と言い放つ。
スタッフは続き、右に1つづつずれてくれ、と前列に座っている人間達に指示して席を空けさせる。
前列の一番端に座っていたカールは弾き出されて、後ろの方に移動させられる。

セレブはいかなる時でも無条件で優先されるのが当たり前のように行われる。
胸糞悪い。

そして、カールとヤヤがレストランで食事をしているシーンで、カールがヤヤを非難しはじめる。
当たり前のようにカールが支払いをしなければいけないような状況に
「金が惜しくて言ってるんじゃないが、どうして男性が当たり前のように支払うように振る舞うんだ?今日は君が払うと言ってたし、だいたい君の方が稼いでいるじゃないか」
レストランを出てタクシーの中でも、ホテルに戻ってエレベータでも、としきりにヤヤの態度を攻めるカール。
ジェンダー間で無言のうちに決められてきた役割について問題提議しているのであろうことは分かるが、
なんとなくカールの言い草や態度が単にお金を払うのが嫌でごねているように見えてくるような演出も、監督の意地の悪さが出ているようだ。
それにしても、醜い言い争いだ。

そして、2幕目のそれこそお金だけがものを言う超豪華船クルーズに舞台は移る。

若いヤヤとカール以外は、乗客のほとんどが年配の大金持ち達だ。
ロシア人の肥料販売で財を成した大富豪の夫妻、
世界中に手榴弾や地雷をばらまいている武器商人の夫妻、
IT業界で立ち上げた会社を売却して一儲けした成金の中年男性
などなど。

そうした富豪たちをいい気分にさせてたっぷりとチップをもらおう、
全ては金のためだ、マネー、マネー
と出航前のミーティングで意気をあげるサービススタッフ達。

うーん醜い。

そして、話はどんどんとあり得ない方向へ転がっていく。
自室の船長室で酔っ払って全く部屋から出てこない船長
このアル中船長役のウディ・ハレルソンが最高。
こんなことしてたら簡単に首になりそうなものだけど、オーナー船長なのかな?

船長の気まぐれから航海中に一度だけ行われる予定のキャプテンディナーを
わざわざ海が荒れる木曜日にやるということになってから、
悪夢のストーリーへ。
ロシアの大金持ち夫人の何気ない一言で、全乗務員が業務を放り出して海で泳がされることになり、
(金持ちの客の言う事は何事にも最優先される、全ては金のため)
そのため、ディナーの食材は傷み、また嵐のために海は大荒れ、
食中毒と船酔いが重なり、ディナー中でも嘔吐する乗客が続出。
カオスな状態へなっていくが、このシークエンスは観ているこちらも本当に船酔いしそうに気持ち悪くなってくるので要注意。マジで要注意。
やがて、トイレも破裂し汚水が漏れ出してめちゃくちゃ。

かと思ったら、
気がつくとなぜかその後、海賊に客船は襲われて、
乗客の武器商人の会社の手榴弾で爆発も起こり、
(おそらく)船は沈没。

なんとか船外へ脱出した乗客・乗務員数名は島へ漂着。
3幕目の島でのサバイバルの話になる。

船上では、酔っ払いで役に立たない船長や責任回避したがく副船長の代わりに、全ての責任を背負ってサービススタッフ達を統括していた白人女性のポーラが、金持ちの乗客達もコントロールしているような気になっていたが、
いったん船を下りると、食料1つ調達できず、火すら起こせず、
指揮官の座はあっけなく最下層に位置していたはずの非白人女性スタッフにあっけなく奪われる。
タコを素手で捕まえて、火を起こすことができたトイレ係のアビゲイルはサバイバル能力に長けていたからだ。
その時、その場面で必要な能力を持つものこそがトップに立つ。

インターネット上の仮想のSNSワールドではインフルエンサーが、
実社会を模した箱庭としての超豪華クルーズ船では金を持つものが、
そして、現代科学の及ばない野生のサバイバル環境では、地元の国でも同様の暮らしを強いられていたであろう人種たちが、
それぞれ力を持つ。

そして、権力を持たないものは権力を持つものに寄り添うために、自分の持てる力を利用する。
ルックスに恵まれて美しい肉体美を持つ若い男性モデルのカールは、
そのセクシャリティをもって、ある時はヤヤに、ある時はアビゲイルに尽くすことで自身の居場所を確保する。

誰がいつヒエラルキーの頂点に立つのか
誰がその権力を信奉し支えるのか
それらは絶対的なものではなく、たまたま環境とマッチしただけのこと。
資本主義社会の金という指標も、一歩間違えば簡単に吹き飛んでしまう、
そんなことを見せつけてくれる。

そして衝撃のラスト。
無人島だと思われた漂着先は、実は島の反対側は開発された高級リゾート地だということを見つけたヤヤとアビゲイル。
ヤヤは「これで助かった!社会に戻ったらアビゲイルあなたをアシスタントしてい雇ってあげる」
と喜ぶが、アビゲイルはヤヤを背後から襲って殺そうと大きな岩を持ってヤヤに近づく。
アビゲイルにとっては、リアルな実社会では自分が最下層にいて這い上がれないことをよく分かっているので、その日の食事も大変なサバイバルの生活の方が
生きがいを感じているのかもしれない。

さて、アビゲイルはヤヤを殺したのか?
そこは描かれない。
僕はおそらくアビゲイルは殺せなかったのじゃないかと思う。
ここで殺してしまっても、きっといつか見つかってしまうから。
アビゲイルはそこまでは愚かではないだろう。

さらに、その後の本当のラストシーンで謎を残す。
カールが森の中を左から右へ向かって走っているショットで終わる。
それはヤヤとアビゲイルが通った道筋。
何故カールは走っている?そして何処へ行こうとしている?

これまで観た2作品を大きくしのぐ、エンタメでありつつ、
胸糞悪い、最悪(最高)の作品でした。

最後に、ヤヤ役のチャールビ・ディーンが2022年8月に病死しているというニュースを観ました。
どことなくキャメロン・ディアスに似ていてコケティッシュな魅力があり、
今後の今後の活躍が楽しみだったので残念です。

<了>

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