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もし2週間後に世界が終わるとしたら〜『世界の終わりから』

この映画のポスターアートワークの印象が強烈だった。

紀里谷和明の監督作品、これが引退作品だという。

紀里谷和明のことも殆ど知らないし、作品も全く観ていない。
あのタツノコプロの『新造人間キャシャーン』を実写化した『CASSHERN』も、
江口洋介が石川五右衛門に扮したこれもポスターイメージが印象的な『GOEMON』も、
ハリウッド・デビューを飾ったという『ラスト・ナイツ』も、
何も観ていなかった。

宇多田ヒカルの元夫でPVを多く手掛けていた映像アーティスト。
本当に申し訳ないがそれくらいの印象しかなかったからだろうか。
その独特の映像センスが評価されているということは何となく聞こえてきていた。
そして、紀里谷和明監督作品がどうやら一部のファン以外にはあまり好意的に受け止められていなかったこともなんとなく耳に入ってきて、
それが勝手な憶測と決めつけになり「映画は観なくていいかな」なんて思っていたのだろうか。

他にはこの映画について何を知っていただろうか。
アートワークになっている女子高校生?が主人公らしいこと。
彼女が世界の終わりを救う鍵になっているらしいこと。
それだけ。

伊東蒼さんというこの女優のことも知らなかった。
直近の出演作の『さがす』も『空白』もまだ未見だったから。
このアートワークでは気づかなかったが、どこかで観た顔だなとは思っていたが、『どうする家康』に北川景子扮するお市に仕える侍女役だったという。
確かにそうだ。
このどこか儚げでいかにも幸薄そうで頼りなげな作り笑顔の印象はこの映画でも同じだったので思い出した。

だけどそうした印象とは違って、このポスターアートワークの彼女の印象は強烈だった。
そして、「紀里谷和明の引退作品」というセンセーショナルな報道とあいまって、配信で来ていたタイミングで「よし観てみようか」という気になった。

鑑賞後、遅まきながらこんな才能がいたのかと驚いた。
そして、これが引退作だというのがとても残念だとも思った。

135分という2時間を超える上映時間だったが、少しもダレるところはなく物語世界に引っ張られていった。

まさに映像アーティストとしてのこだわりが感じられる隅々まで目が行き届いているであろう作り込んだ映像世界。

「どこを切り取ってもMVみたい」
そういう言い方が良いのか悪いのか分からないが、少なくとも悪い意味では感じなかった。
タイプは全然違うが、ドゥニ・ヴィルヌーヴ作品の印象と同じものも感じた。

物語の本筋とは違うが、意外と豪華な役者の皆さんについては言いたいことが沢山あった。
夏木マリがまるで千と千尋の神隠しの湯婆婆と一緒じゃないか、と思ったこと、
冒頭、理科(細かい科目は分からない)の授業で話していたのが岩井俊二ではないのか?と驚きつつも、そういえば紀里谷和明とどことなく似た印象もあるなと納得したこと、
ユキ役の子役の増田光桜ちゃんが伊東蒼と似ているなと思ったこと、
伊東蒼は困り顔だけでなく笑顔の役も観てみたいなと思ったこと、
毎熊克哉にはある意味色が付いていなかったので、江崎が味方なのか敵なのかすぐには分からなかったのは良かったなと思ったこと、
朝比奈彩が最初は誰だか分からなかったが印象的な役でちゃんと女優をしていた良かったなと思ったこと(彼女は子供ばんどのうじきつよしと出ていたNHKの『チャリダー』MCとしてしか知らなかったから)
高橋克典の悪役は珍しいけれど意外にアリだなと思ったこと、
北村一輝と冨永愛はやはり唯一無二の個性だなと確信したこと、

それでも、この映画にはそんなちっぽけな小ネタ感想を吹っ飛ばすようなパワーが作品自体にあった。

正直、物語はとっちらかったところもあったような気はするが、それ以上にこの作品に込めた紀里谷和明の想いは伝わってきた。
それが本当に彼が込めた想いだったのかどうかは分からないけれど。

凄まじいまでのこの世界への憎しみ、人間への諦め

「こんな世界なんて滅んでしまえばいい」

これが間もなく60才を迎える同世代の監督だというのが驚きだった。
その感性の若さに嫉妬と羨望も湧いた。

だけど、同世代ならではの表現だというところもあった。
現代社会への矛盾や欺瞞、どうしようもなさにただ拳を振り上げて怒るのではなく、全体的に寂寥感の方が勝っているところとか。

そして、引退作品としてこの作品を選んだんだということにあらためて思い至った。

こんな世界は一回終わってしまえばいいけれど、
この世界とは違う、もう一つのあったかもしれない別の世界、
別の未来へと希望も託したい。
その希望や想いをカセットテープというアナログ装置に吹き込んで。
そういう僅かな希望が最後のシークエンスにあったのが救いだ。

「こんなクズのような世界でも、それでもこの世界を愛したい」
そんなユキとハナとソラの話だ。

紀里谷和明監督の青臭いとも言われるかもしれない感性が感染したのか、
最後は不覚にも涙がこぼれてしまった。

<了>

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