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新米記者が見た検察②深夜の牛丼

禅問答

毎日、午後4時が憂鬱だった。

検察を担当する記者たちは東京地裁にある記者クラブに詰めていた。4時になると、おもむろに地下通路をわたって真向いの検察庁舎にむかう。検察幹部の部屋を訪ね、取材するためだ。

ここで、東京高検のR刑事部長と筆者とのやり取りを再現しよう。東京高検刑事部長といえば、いまでいうと、黒川高検検事長の直属の部下にあたる重要なポジション。ちなみR刑事部長は現在、経済事件を取り締まる公的組織のトップを務めている。

筆者「■■の事件、読売に▼▼みたいな供述が載っていました。これは収賄の証拠につながる供述ですよね?」

R刑事部長「捜査中のため、お答えできません」

筆者「そろそろ■■の事件、地方の応援検事を呼ぶ必要あるんじゃないですか?」

R刑事部長「捜査中のため、お答えできません」

こんな禅問答が5分、10分とつづく。かれが応じる話題といえば、趣味の競馬ぐらいだった。

このモジャモジャ頭のR刑事部長、虫取り少年のような青いリュックサックを背負って通勤しており、なんともいえない愛嬌ある人物なのだが、いかんせん口はかたかった。

ヒラ検事を開拓せよ

ではどのようにして各メディアは捜査状況を仕入れていたのだろう。幹部の口がかたいのだから、ほかに活路を見出すしかない。狙ったのが、ヒラ検事だ。

捜査の第一線にいるヒラ検事は、検察幹部のような、事件全体への視野はないが、特定の業務には詳しい。たとえば帳簿を洗い出す作業だ。こうした地道な仕事は贈収賄や脱税といった犯罪の解明に不可欠だった。

かくして筆者に指令がくだる。

「ヒラ検事の自宅を割り出し、取材せよ」

尾行

当時、全検事の顔写真付きの名簿一覧があった。筆者はお近づきになりたい検事の顔写真をケータイのカメラに納め、帰路を待ち伏せすることにした。

東京・五反田にある特捜部の分庁舎や、東京・霞が関の本庁舎が舞台だった。付近の電信柱の陰に身を忍ばしながら、ケータイ画面に目を落としつつ、お目当ての人物をじっと待つ。

「あ、なんとなく写真と似ているけど、目がぱっちりし過ぎだ、違うな」

「いや、髪型がちょっと短いけど、このひとじゃないだろうか」

といった具合に。確信を持てたら、適度な距離を保ちながら後をつける。同じ電車に乗り、ばれぬよう自宅までお供する。表札をみて胸をなでおろす。やりきれない思い出だが、筆者の1年目は尾行の記憶ばかりだ。

牛丼店にて

あれは池袋駅発の西武線の最終電車だったとおもう。目的の男性検事を視界にとらえたまま、同じ車両に乗り込んだ。

とある駅で降り、男性検事は駅前の牛丼店に入った。筆者は物陰に隠れて店の出入りを見張っていた。時計の針は深夜1時をまわっていた。

しばらくたって、なにげなく店内の様子をのぞきこんだとき、思わず目を疑った。

ちょうど、「ドラゴンボールZ」の漫画本にあった、孫悟空のむちゃくちゃな食べっぷりと同じ光景が広がっていたからだ。男性検事の前に、牛丼店の一般的な食事では考えられないほどの皿が並んでいた。牛丼3杯、卵、豚汁、サラダ、その他なにか、ぐらいあったのではないか。異様だった。

どんぶりをかき込む男性検事は、なにかに取り憑かれているようにみえた。

激務の果てに

かれの直属の上司は、前回記事で紹介した「鬼軍曹」こと東京地検特捜部のX副部長だった。「特捜部には盆も正月もないからさ」が口ぐせの苛烈な人物だ。強いプレッシャーを受けているのだろう。深夜の過食に走る原因がわかる気がした。

筆者が担当から離れて以降、検察は相次いで不祥事にみまわれた。大阪の特捜部では村木厚子・厚労次官を郵便不正事件で逮捕したが、現場の検事が証拠を改ざんする前代未聞の事態が発覚した。東京の特捜部も政治家・小沢一郎に対する強引な捜査で、あたかも検察が政治に介入したかのような印象を世間にあたえた。

牛丼店の光景と検察不祥事を短絡的に結びつけるつもりはないが、これだけはいえる。暗転する組織には必ず予兆があるということを。


◇今後の連載予定◇

第3回「居酒屋での誘惑」

第4回「黒川さんのこと」






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