マガジンのカバー画像

34
運営しているクリエイター

2022年4月の記事一覧

母の日

真っ赤なカーネーションを一本買って

茎をそのまま片手で握りながら歩いた

真っ直ぐ前を見ながら歩いている間

常に視界の隅に赤がチラついた

気がついたら固く握りしめた手の中で

茎が折れ花びらが解けていたから

川瀬に投げ入れた

それはポトリと落ちて

水底の小石に何度か引っかかりながら

どこか遠くに流れていった

ともだち

ともだち

お風呂上がりに抱え込んだ

まるい膝を付き合わし

裸足のつま先をじっと見下ろす

興味なんてないのに

占い番組を見たふりをしながら

すぐ近くに君の気配を感じる。

ひび割れから染み出す雨だれのように

ポツリポツリと溢す本音

おとこでもおんなでもない

少し低い声が耳に響き

踏んでいた薄氷が溶けていく

雨の日は

雨の日は

濡れたアスファルトとタイヤが擦れる音が遠くから響く

車体が切り裂きながら進む冷たい風の軌跡は白く烟る

文庫本越しのコーヒーカップの縁がぼやけて見える

1秒の間隔が少しだけ長くなって

5分と10分の間を行ったり来たりしながら

君の横顔が絵画のように縫いとめられる

額に吹く微風

陽だまりで温められたような

温かい春の風に吹かれて

前髪がおでこを撫でた。

寝たふりをした小さな私の

額にかかった髪をかき分けて

微かに触れる母の指先のように

それは優しかった。

空気くらげ

空気くらげ

空気くらげは空気中をただよう

目の前を横切る半透明の体で

ふわりと視界が遮られ

コンタクトを外したときのように

街灯の光が滲んで淡く広がる

あちらでもこちらでも

空気クラゲはゆらゆらたゆたう

皆一様に視界がぼやけて

すこし優しくなれるのだ

相席

相席

電車のボックス席は膝が触れ合いそうなほど窮屈だ。

だが誰もそれを疎ましく思う様子もなくなだらかな空気が漂っている。

関西の桜は一定のリズムで呼吸をしている。

吐く息がまとわり人々の歩みを緩めさせる。

肩が右に、左に、緩やかに揺れる。

みぎに ひだりに

みぎに ひだりに