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『バスツアーが好きだ。』
バスツアーが好きだ。
気軽に観光ができて、それと食事をたらふく食べられるから、ちょっとした自分への褒美として、時折参加する。
冬は蟹の食べ放題、春は花見など。今の時期でいえば、ちょうど桃やぶどうなどのフルーツ狩りのシーズンだ。
私はかれこれ30年以上、とくに恋人も友人もいないので、バスツアーにはいつも一人で参加する。目的は観光とグルメなので、隣り合った人と会話をすることなどはあっても、それ以上に親しくなることはない。
ところが先日、ちょっと困ったことがあった。
例によって日帰りのバスツアーに参加した。おひとり様なので、バスの隣席は見知らぬ人…と思いきや、アパートの隣室の人だった。お察しのとおり異性だ。
向こうも一瞥するや私に気づき、戸惑いを隠せない様子。会釈をするでもなく、座った瞬間から、あらかじめ配られたパンフレットを凝視して離さない。
いっぽう私も狸寝入りを決め込んだ。目的地まではおよそ3時間。途中の休憩も含めると4時間ほど、まずは耐える必要がある。
夢をみた。
隣人とチークダンスを踊る夢。
不思議な幸福感に包まれたまま覚めれば、高速のPA。ちょうど休憩時間のようだ。隣人は手洗いに立っているのだろう、席を外している。
着座したまま、そわそわした気持ちで今度は隣人を待っている私がいる。このバスが出発したときとはまったく別の感情をもって。
車両の外に、戻ってくる隣人の姿が見えた。早くこっちに来てほしい。何か良い話題はないか、何でも構わない、会話を試みよう。
そんなことを思っていたら、なにやら隣人はツアーガイドと話し込んでいる。そしてそのまま、最前列の座席に腰を下ろしてしまった。
休憩の時間を終え、バスは目的地に向けて再出発した。
その後、隣人と私は言葉を交わすこともなく旅程は終わり、また帰りの車中も肩を並べることはなかった。
ターミナル駅で解散し、地下鉄で自室に帰る。
私より少しあとに、ガサゴソと隣室が音を立てる。帰宅したようだ。
隣人がバス酔いする体質だったのか、照れ屋だったのか。私には未だに見当がつかない。